2022年09月09日掲載

「人を活かすマネジメント」常識・非常識 - 第10回・完 優秀な若手人材は、高給で採用するべき?

前川孝雄 まえかわ たかお
株式会社FeelWorks 代表取締役/青山学院大学 兼任講師

1.新卒年収1000万円も。年収は20代で微増、40~50代は大幅減

 近年、大企業を中心に、高度なIT人材やグローバル人材の獲得競争が過熱し、高額な給与で優秀な若手の採用に乗り出す例も出ている。
 NECでは、2019年に新卒人材に年収1000万円を支給する人事制度を導入。当初は研究職が対象だったが、今後はさらに幅広い職種に同様の採用を広げていくとのこと。同社トップは「ジョブ型が進むと新卒・中途採用共に年齢に関わらずジョブによって報酬を決めることになります。これが世の中の大きな流れだと思います」と述べている(NEC森田社長に聞く「新卒年収1000万円施策」の効果/ ITmedia ビジネスオンライン・トップインタビュー、2021年12月13日)
 また、三菱UFJ銀行も、2022年の新卒採用から一部に能力に応じた給与制度を導入。デジタル技術などの専門人材に対し、大卒1年目から年収1000万円以上を支給する可能性があるとして話題となった。終身雇用・年功序列による日本型雇用の代表格であった企業で給与制度が激変しつつある。
 日本企業全体の流れを確認するために、厚生労働省の「賃金構造基本統計調査」で大学卒・男性労働者の標準労働者(学校卒業後直ちに企業に就職し、同一企業に継続勤務しているとみなされる労働者)に焦点を当てて世代別の賃金(企業規模計)の推移を見ると、2001(平成13)年と20年後の2021(令和3)年の平均年収を比べると、20代が368万3000円から379万5000円となり、11万2000円とわずかながら増えているのに対し、40~50代では949万1000円から850万5000円へと98万7000円も減っている。給与水準は20代で増え、40~50代で減っていることが見て取れる。
 平成の30年間、日本企業全体の給与は上がっていないといわれるが、その中身はミドルの給与を抑制しつつ、若手へとシフトしてきた傾向が現れている。メンバーシップ型の年功型賃金から、年齢や勤続年数(経験)にかかわらず、仕事や能力にウエートを移し、最近では職務に応じて支払うジョブ型を意識し、制度を見直す動きも進みつつある。結果として、優秀な若手を高給で迎える例も出始めてきた。

2.《マネジメントの非常識》高額給与のみが働くインセンティブ!?

 若手世代の側も、もはや日本企業の終身雇用・年功型賃金の仕組みが瓦解しつつあることは察知している。正確には、年功型賃金のパラダイムを知らない。そこで企業側は、優秀な若手の採用に当たっては、高額な給与でしっかり報い、インセンティブを高めることが重要との認識を強めている。しかし、それは絶対的に有効なのだろうか。
 先日、大手IT企業の経営者から、次のような悩みを打ち明けられた。熾烈(しれつ)なグローバル競争に勝ち残るべく、ICTやAIなど最先端知識を持つ若手人材を、通常の給与体系とは別建てにして年俸1000万円で募集した。しかし、結果として即戦力人材は採れなかった。理由はシンプルで、海外の大手IT企業は、その2~3倍の報酬で募集をかけていたからだ。さらに悩ましいのは、既存の社員から不満が噴出しモチベーションが低下するなど、職場の空気の悪化に悩んでいるという。
 すなわち、高額な給与での人材獲得競争に本気で臨もうとするなら、既存社員も含む全社的な給与制度改革を考慮しなければならない。また、グローバルでの待遇競争に打ち勝つには、年収1000万円でも不足する事態への準備もいる。昨今の円安基調が続けばなおさらだ。こうした覚悟が必要だが、果たして企業は対応可能なのだろうか。
 また、幸いにも意中の人材が採用できたとしても、給与の高さで選ばれた企業は、より給与の高い企業に人材を奪われるリスクも覚悟しなければいけない。高度人材の獲得競争では、より財力のある企業がさらに高い条件で社員の引き抜きを狙うからだ。高額な給与に惹かれた社員は、当然、さらに高待遇の企業に転職する可能性が高いだろう。
 給与を働くインセンティブの優先順位の上位に位置づけるならば、「金の切れ目が縁の切れ目」の経営に陥るリスクがあるのだ。

3.《マネジメントの新常識①》やる気の構造を理解しよう

 そこで、働く人の動機づけについて考えてみよう。
 [図表1]は、アメリカの心理学者F.ハーズバーグが提唱した「動機づけ・衛生理論」を基に筆者が加筆して「働きがい」と「働きやすさ」の関係を表したものだ。ハーズバーグは、職場の労働環境、労働条件、人間関係、給与等を「衛生要因」とした。いわば「働きやすさ」を整えるものだが、これらをいくら充実させても、働く個々人の不満足は減るものの、満足を増やすことは難しいとされる。また、一度得た権益に人はすぐに慣れてしまい、これが低下すれば不満を強く感じる傾向がある。高給で採用した人材のモチベーション維持に当たり、考えさせられる点だ。
 これに対し、仕事内容そのもの、責任、顧客や同僚・上司からの承認、達成感などを「動機づけ要因」とし、これらが増せば仕事の満足度は高まるとした。つまり、「働きがい」が向上するのだ。

[図表1]「働きやすさ」の整備から「働きがい」の創出へ

[注]フレデリック・ハーズバーグの二要因理論(動機づけ・衛生理論)を基に著者が作成

 高額な給与や福利厚生を含む待遇アップ、また近年進められている長時間労働の是正や年次有給休暇の取得促進などの働き方改革も「衛生要因」の改善といえる。しかし、より重要なのは「動機づけ要因」だ。「働く」とは、文字どおり「人のために動く」こと。そして「働きがい」とは「人のために動く喜び」だ。顧客満足や社会への貢献を目指す仕事に使命感と責任感を持って主体的に打ち込むことが、価値のある仕事を創り出し、「働きがい」を得ることに結びつく。
 では、社員の働きがいを創出し続けるためには、どうすればよいか。これには、アメリカの心理学者エドワード・L・デシが提唱した「内発的動機づけ」に着目したい。[図表2]は、その理論を筆者なりに意訳し加筆したものである。
 人の動機づけには「外発的動機づけ」と「内発的動機づけ」の2種類がある。外からのアメとムチで「やる気」を高めようとするのが「外発的動機づけ」である。仕事に当てはめるなら、組織が設定した目標を部下に申し渡し、一方的に説得して実行させる場合だ。部下は納得のいかない目標を前に無能感を持ち、他者(組織)による統制と上司の管理によって「やらされ感」が蔓延(まんえん)する。

[図表2]「やる気」の構造を理解する

[注]エドワード・L・デシの理論を基に著者が作成

 これに対し、大切にしたいのが、デシが主張した自分の内面から「やる気」が高まる「内発的動機づけ」である。まず上司は部下と業績目標の上位概念となる仕事の目的をしっかり共有し、納得感を持たせる。その上で目的実現に向けた目標と行動計画を部下自らが立てることを促し、有能感(自分にできるという自信)を持たせる。デシは、この有能感と自己統制が内発的動機づけに重要であると主張する。そして、部下の自律的な仕事ぶりを見守りながら、要所要所で必要な支援を行う。こうして部下は内発的に動機づけられ、「やる気」が醸成されるのだ。

4.《マネジメントの新常識②》組織ビジョンと仕事の機会で働きがいを高めよう

 以上を踏まえ、優秀な人材の採用と活躍に向けて、有効なインセンティブを高めるためには、日本企業がこれまで培ってきた二つの長所を活かすことが大切である。
 第1は、一人ひとりの社員が、自社の経営理念やビジョンに誇りを持ち、日々の仕事を貴重な自分の人生の時間を費やすだけの価値あるものと考え、働きがいを実感できるようにすることだ。現代は、貧困や格差拡大を前に、アメリカの主要経済団体であるビジネス・ラウンドテーブルですら株主至上主義の見直しを表明している。日本企業は、もともと「三方よし」(売り手よし、買い手よし、世間よし)の考え方に象徴されるステークホルダー重視の経営が特徴である。近年SDGsやESG投資が注目される中で、優秀な若手ほど社会貢献意識が高く、企業の社会的な姿勢に敏感だ。未来を担う世代が将来にわたって働きがいを持ち続けられる企業と評価されることが、良い人材を惹きつける条件になるのだ。
 第2は、日本企業の強みであった経験値のない若者を一人前に育てる企業内人材育成に磨きをかけ、仕事を通じて人が育つ現場をより強固にしていくことである。私は大学で教鞭を執って10年以上になるが、学生や新社会人の若者たちは、高い給与が得られるのは喜ばしいものの、それが将来にわたって保障されるとは考えていない。たとえAIに長けた今の自分は1000万円の高給を得られたとしても、その知識や技術が陳腐化してしまえば、リスキリングできていない中高年人材と同様、たちどころにリストラされることに気づいている。だからこそ、人生100年時代に長く働き続けるために、常に自分の市場価値を向上させることが大切だと感じている。そのため、仕事を通して成長し続けられる会社や仕事に就くことが重要だと考えているのだ。
 組織の掲げる魅力あるビジョンと成長できる仕事の機会で、働きがいを提供し続けられること。優秀な若手の獲得と定着のためには、この点にこそ注力すべきだ。

前川 孝雄 まえかわ たかお
株式会社FeelWorks代表取締役/青山学院大学兼任講師
人を育て活かす「上司力®」提唱の第一人者。(株)リクルートを経て、2008年に人材育成の専門家集団(株)FeelWorks創業。「日本の上司を元気にする」をビジョンに掲げ、「上司力®研修」「50代からの働き方研修」「eラーニング・上司と部下が一緒に学ぶ、バワハラ予防講座」「新入社員のはたらく心得」等で、400社以上を支援。2011年から青山学院大学兼任講師。2017年(株)働きがい創造研究所設立。情報経営イノベーション専門職大学客員教授、(一社)企業研究会 研究協力委員、(一社)ウーマンエンパワー協会 理事等も兼職。連載や講演活動も多数。
著書は『本物の「上司力」』(大和出版)、『ダイバーシティの教科書』(総合法令出版)、『50歳からの逆転キャリア戦略』(PHP研究所)、『「働きがいあふれる」チームのつくり方』(ベストセラーズ)、『一生働きたい職場のつくり方』(実業之日本社)、『「仕事を続けられる人」と「仕事を失う人」の習慣』(明日香出版社)、『50歳からの幸せな独立戦略』(PHP研究所)、等30冊以上。近刊は『人を活かす経営の新常識』(FeelWorks、2021年9月)および『50歳からの人生が変わる痛快! 「学び」戦略』(PHP研究所、2021年11月)