2022年06月08日掲載

キャリアコンサルティング―押さえておきたい関連情報 - 第1回 キャリア自律をどう後押しするか ~人事やキャリアの世界だけを見ていてはいけない~

浅野浩美 あさの ひろみ
事業創造大学院大学
事業創造研究科教授

 2022年5月13日、「人的資本経営の実現に向けた検討会 報告書~人材版伊藤レポート2.0~」が取りまとめられ、公表された。同レポートは、情報開示と関連づけられて報道されることも多く、そこに目が行きがちかもしれないが、ヒトへの投資は、キャリアと大いに関係する。
 キャリアについての相談などの専門家であるキャリアコンサルタントは、これをどのように捉えればよいのだろう。また、人事パーソンが、キャリアコンサルタントたちに伝えるべきことはあるだろうか。

 人的資本という言葉自体は、経済学の世界では、以前からよく使われてきた。ゲーリー・S・ベッカーが1975年に著した人的資本についての著書は、教育による効用を理論的・経験的に分析したもので、名著として知られる。日本語版のはしがきにベッカーが寄せた「十分な意欲をもち、教育・職場訓練・健康・その他の人的資本に十分投資を行い、経済制度が妨げることがなければ、どのような個人でも国でも繁栄することができる」という言葉は、今読んでも感動的だ。
 『平成27年労働経済の分析』『平成28年労働経済の分析』などでも、人的資本と生産性の関係についてページを割いて論じている。「各国の貨幣換算値なので単純に投資水準の比較ができないことに留意が必要であるが、米国では無形資産投資が堅調に進んでいるのに対し、我が国ではその動きはやや鈍い」、「企業が行う人的資本投資については、(中略)いわゆるOJTを含まないことには留意が必要ではあるが、(中略)将来的に我が国の人的資本が十分に蓄積されないおそれがある」などと指摘しているのである。

 2020年に公表された「人材版伊藤レポート」は、企業価値の持続的向上につながる人材戦略を策定・実行することを経営陣に求めたもので、「3つの視点(Perspectives)」と「5つの共通要素(Common Factors)」を提示した[図表]

■3つの視点(Perspectives)

①経営戦略と連動しているか、

②目指すべきビジネスモデルや経営戦略と現時点での人材や人材戦略との間のギャップを把握できているか、

③人材戦略が実行されるプロセスの中で、組織や個人の行動変容を促し、企業文化として定着しているか、

■5つの共通要素(Common Factors)

①動的な人材ポートフォリオ

②知・経験のダイバーシティ&インクルージョン

③リスキル・学び直し

④従業員エンゲージメント

⑤時間や場所にとらわれない働き方

[図表]人材戦略に求められる3つの視点・5つの共通要素(3P・5Fモデル)

資料出所:経済産業省「持続的な企業価値の向上と人的資本に関する研究会報告書~人材版伊藤レポート~」(2020年9月)

 「キャリアコンサルティング」という言葉自体は、含まれていないが、「個と組織の関係性」について、「相互依存」から「個の自律・活性化」へと変革を図る必要があるとされているなど、キャリアコンサルティングと関わりが深い。
 「企業は、画一的なキャリアパスを用意するのではなく、多様な働き方を可能にするとともに、働き手の自律的なキャリア形成、スキルアップ・スキルシフトを後押しすることが求められ」、「個人は、キャリアを企業に委ねるのではなく、キャリアオーナーシップを持ち、自らの主体的な意思で働く企業を選択することが求められる。同時に、人生100年時代の中で、社会で活躍する期間が長くなることも見据え、社会人になった後も継続的な学び直し、時代にあったスキルセットを身につけることが求められる」などといった記載もなされている。
 これらの文言は、企業領域で活動するキャリアコンサルタントにとって、なじみ深いものであろう。そもそも、キャリアコンサルティングは、経済社会の変化により、個人が生涯を通じ、主体的にキャリア形成を行うことが重要となり、支援の必要性が増してきたことなどから、施策として推進していくこととなったものである。キャリアコンサルタントは、キャリア自律の推進役となることを期待され、「学び直し」についても支援を行っていくことが求められている。
 「人材版伊藤レポート」は、人事やキャリアの世界の外から、ヒトの問題を指摘し、情報開示など資本市場の力なども借りて、その重要性を経営層に訴えかけるものである。また、「人材版伊藤レポート2.0」のほうは、人的資本を重視した経営を具体化し、実践していくために、取り組み事例を提示したものである。
 ヒトに投資することは、人的資源管理の基本である。そのヒトが、自律的にキャリア形成を行う必要性も高まっている。しかし、それが分かっていても、また、企業から掛け声をかけられても、それだけで人が自律的になるわけではない。また、事業内容や環境によって取り組むべきことは異なる。専門性を有する者たちが実現に向けて、力を合わせ、さまざまなレベル、さまざまなやり方で、組織を巻き込みつつ、後押ししていくことが必要だ。
 キャリアコンサルタント、人事パーソンの方には、企業にとって重要な資産である人的資本に関わり、その力を引き出すことに、当事者として関わっていることを、これまで以上に意識していただきたい。さらに、人事やキャリアの世界にだけいるのではなく、その外の広い世界にも目を向けていただきたいと思う。

【引用文献】

・経済産業省(2022)「人的資本経営の実現に向けた検討会報告書~人材版伊藤レポート2.0~」.

・経済産業省(2020)「持続的な企業価値の向上と人的資本に関する研究会報告書~人材版伊藤レポート~」.

・Becker, G. S. (1975). Human capital: A theoretical and empirical analysis, with special reference to education. University of Chicago press.(ゲーリー・S.ベッカー 著、佐野陽子訳(1976)『人的資本―教育を中心とした理論的・経験的分析』東洋経済新報社.)

浅野浩美 あさの ひろみ
事業創造大学院大学 事業創造研究科教授
厚生労働省で、人材育成、キャリアコンサルティング、就職支援、女性活躍支援等の政策の企画立案、実施に当たる。この間、職業能力開発局キャリア形成支援室長としてキャリアコンサルティング施策を拡充・前進させたほか、職業安定局総務課首席職業指導官としてハローワークの職業相談・職業紹介業務を統括、また、栃木労働局長として働き方改革を推進した。
社会保険労務士、国家資格キャリアコンサルタント、1級キャリアコンサルティング技能士、産業カウンセラー。日本キャリアデザイン学会理事、人材育成学会理事、経営情報学会理事、国際戦略経営研究学会理事、NPO法人日本人材マネジメント協会執行役員など。
筑波大学大学院ビジネス科学研究科博士後期課程修了。修士(経営学)、博士(システムズ・マネジメント)。法政大学キャリアデザイン学研究科非常勤講師、産業技術大学院大学産業技術研究科非常勤講師、成蹊大学非常勤講師など。
専門は、人的資源管理論、キャリア論

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