公開日 2022.02.24 深瀬勝範(Fフロンティア 代表取締役・社会保険労務士)
人的資本経営(じんてきしほんけいえい)
人材を「資本」として捉え、その価値を最大限に引き出すことで、中長期的な企業価値向上につなげる経営の在り方。
人材を資本と捉える考え方は、18世紀にアダム・スミスが『国富論』に記述した一節が起源とされており、1960年代にアメリカの経済学者ゲイリー・ベッカー※らが、その考え方を「人的資本(Human Capital)」として再定義したことにより、広く知られるようになった。
従来は「人的資源(Human Resource)」という表現が多く用いられ、そこでは、人材は「企業が事業活動のために使用する労働力」であり、人材にかかる費用は「今期支出したコスト」と捉えられていた。人的資本の考え方が提唱されると、人材は「知識、スキル、経験を保有し、事業活動における価値創造の源泉」とされ、人材にかける費用は、「企業の成長に向けての投資」と捉えられるようになった。
事業活動のグローバル化やデジタル化が進む中で、世界中から優秀な人材を調達し、その人材が持つ知識やスキルを有効活用する必要性が高まってきたことから、近年、欧米企業においては、従来の人事労務管理から人的資本経営へ移行する動きが強まっている。
日本においては、経済産業省の「持続的な企業価値の向上と人的資本に関する研究会」が2020年9月に公表した報告書(通称「人材版伊藤レポート」)により、ビジネスモデル、経営戦略と人材戦略とを連動させることの重要性、および経営陣、取締役会、投資家が果たすべき役割などが示され、企業における人的資本経営の実践を促している。
人的資本経営により中長期的に企業価値が向上すれば、その企業に投資した株主もメリットを享受できる。一方、離職率が高い、人材育成が行われていないなど人的資本の問題を抱える企業は、将来的に企業価値が低下し、株主に損失をもたらす恐れがある。こうしたことから、2015年頃から、投資家は企業に対して人的資本の情報開示を求めるようになってきた。
例えば、国際的な非営利機関であるGRI (Global Reporting Initiative)やSASB(Sustainability Accounting Standards Board)などは、ESG情報(社会や環境などに関する企業の取り組みなどの情報)の一部に、離職率や研修時間などの人的資本に関する情報を盛り込み、それらの開示を企業に求めている。また、ISO(International Organization For Standardization)は、2018年12月に「ISO30414(人的資本の情報開示に関するガイドライン)」を策定し、開示するべき人的資本情報の項目を示している。
このように、近年、世界中で人的資本に対する関心が高まってきたことから、今後、日本企業においても、人的資本経営および人的資本の情報開示に向けた取り組みが積極的に行われていくものと考えられる。
※ゲイリー・ベッカーは、著書『Human Capital』(1964年)の中で、人間を教育・訓練となどの「投資」を受けると価値が向上する「資本」と捉えた分析を行い、それは当時の経済学や社会学に大きな影響を与えた。その功績により、ベッカーは、1992年にノーベル経済学賞を受賞している。
参考:経済産業省「持続的な企業価値の向上と人的資本に関する研究会 報告書 ~人材版伊藤レポート~」
https://www.meti.go.jp/shingikai/economy/kigyo_kachi_kojo/20200930_report.html