2021年11月26日掲載

Point of view - 第193回 岸畑聖月 ―助産師の視点を生かした新しい時代の"母性性経営手法"

助産師の視点を生かした新しい時代の"母性性経営手法"

岸畑聖月 きしはた みづき
株式会社With Midwife 代表取締役

1991年生まれ 香川県出身
闘病の経験と、ネグレクトを目にしたことから助産師を志す。「これからの時代、助産師の価値を最大化するシステムが必要」と考え、助産学と経営学を学ぶため京都大学大学院へ進学。卒業後は助産師として関西最大の産科で臨床を経験。課題解決は急務であると起業のプランを前倒し、臨床を継続しながら2019年に株式会社With Midwifeを設立。メイン事業の顧問助産師サービス「The CARE」は竹中工務店グループやタカラベルモントグループなど大企業を中心に導入されている。
HP:https://withmidwife.jp/

 私たちは2019年に創業したばかりの、日本では珍しい助産師のみで運営する会社だ。もちろん代表である私も、助産師というバックグラウンドを持つ。今回は、"産むことを助ける"助産師が、"産業を助ける"ため企業に介入したからこそ見えてきた視点で、"母性性経営手法"について解説したいと思う。

そもそも助産師とは

 今回の話をする前に、ぜひ本稿を読む皆さんには助産師について正しく知っていただきたい。一般的には、"病院の中で出産を助けるだけの人"と思われがちだが、それは誤った認識である。本来、助産師は出産だけではなく、産前産後や月経、更年期などを含む女性の健康、性教育や妊活の支援、メンタルケアやジェンダーに至るまで幅広い知見を持つ専門職である。このような本来のポテンシャルとイメージの認識にずれが生じ始めたのは戦後のこと。当時、ほとんどの出産は自宅で行われていたにもかかわらず、戦後に占領軍としてGHQを設けたアメリカには、産婆(助産師)制度やその文化がなかったため自宅分娩は野蛮だとされてしまった。その結果、GHQ担当官は強権を発動し日本産婆会を解散させるとともに、自宅分娩を病院分娩に移行するように指示を出した。
 前述したように、産婆は出産だけでなくそのコミュニティーの子育てや夫婦関係の相談、子どもへの性教育などを担う社会的存在であった。しかし、その中でも稼ぎ頭の「出産」が病院に移行したことで病院に就職せざるを得なくなり、日本のお産は1960年代には半数以上が病院分娩に切り替わり、今では自宅分娩は1%にも満たない。現在日本では、育児不安や産後うつ、不妊や望まない妊娠などの社会課題が深刻化しているが、出産以外の周辺領域(性教育や子育て)を地域で守る人がいなくなった結果だともいえる。

現代社会の最も強固なコミュニティー(共同体)は"企業"

 私たち株式会社With Midwifeは、いのちにまつわる社会課題を解決するべく助産師をもう一度地域社会へ還元するために創業した。ここで重要なのは、今の日本は地域のコミュニティー(共同体)が希薄化しており、ただ単に以前のような産婆の存在として地域社会に戻れば社会課題が解決するわけではないことだ。いつもそばにいたはずの助産師。その存在価値を変えないために、私たちが変わり続ける。助産師として、現代社会の課題を解決するために、当社は"企業に助産師が存在する"という新しい形を選択した。
 地域のコミュニティーが希薄化する一方で、女性を含む多くの人が働くようになり就業率・労働力率ともに上昇したことから、暮らしの中で「働く場所や環境」が与える影響が大きくなっていることは皆さんも実感するところではないだろうか。会社という組織に入って初めて社会人となり、先輩が後輩を教え学びが生まれ、働きながら子を産み育てる人がいれば、旅立っていく人もいる。そういった、人生におけるあらゆるライフステージの変化が起こり続ける組織の中で、共に同じ目標を持って働く人たちのコミュニティーである企業は、広い視野で見ると、今の日本で最も強固なコミュニティーだと思えてくる。
 助産師は特定のコミュニティーのいのちを守る存在である。だからこそ、私たちは顧問助産師という形で企業に存在し、そこで生じる命の誕生や営み、別れを支えることを選択した。それが助産師を地域社会へ戻し社会課題を解決するための第一歩だと確信している。私たちの取り組みは顧問助産師サービス「The CARE」として、新しい概念にもかかわらずたった2年で大企業を中心に30社以上に導入され、多くのメディアでも報道されている。

拡大家族へと昇華させる"母性性経営手法"

 株式会社With Midwifeとして助産師の眼を持ってさまざまな企業と接するうちに感じたことが一つある。それは、企業の経営手法は父性性経営手法から母性性経営手法への過渡期であるということだ。SDGsやダイバーシティ&インクルージョンなど社会全体でも感じることができるが、この父性性経営手法・母性性経営手法を少し説明したい。なお、ここでいう母性や父性は、その両面をすべての人が抱えており、ただ単に性別のことではないと理解してほしい。
 例えば父性性は、一匹狼、大黒柱、成長志向、個人の高い能力を重視し、社会の模範や規則に従い、競争や戦いを好む傾向にある。戦後の高度経済成長の時期にはとても重要な性質であったと感じる。一方、母性性は他者への愛や共感、調和や均衡、他者比較ではなくその存在を肯定し、自我の解放や自立心を促し、安心感や安寧の場を重視する傾向にある。誰一人も取り残さない持続可能な社会の実現を目指す現代には重要な視点である。
 このような両者の性質を見比べ、さまざまな経営者や社会の流れに接したときに、今の社会は父性性から母性性へ転換しつつあることを感じる。つまり、今の社会の流れに取り残されず先を読むためには、日本でもこの"母性性経営手法"を多くの経営者が学び、うまく自社の経営に取り入れていく必要がある。
 世界に視野を広げても、女性の管理者が増え、国のトップに立つリーダーも母性性を強く持つ人が評価され始めた。例えば、コロナ禍でも注目されたニュージーランドの首相、ジャシンダ・アーダーン氏は2019年の50人の死者が出たニュージーランドでの銃撃事件に際し、「They are us.(彼ら〔殺されたムスリムたち〕は私たち〔ニュージーランド国民〕だ)」と強調し、思いやりや共感、愛を持って対応することを主張した。このように、自分がリーダーであるコミュニティーを一種の拡大家族としてとらえ、母親のように個を守り、肯定し、協調を保ち拡大していく在り方が今求められている。
 いかがだろうか。私の経営を見て多くの人は当社を拡大家族あるいは拡張家族と呼ぶ。社会の急速で多様な変化に翻弄されず、強い確信と絆を持ってしなやかに前に進んでいく。そんな持続可能な組織づくりができるよう、私自身もさらに学び、感じていきたい。