2021年10月22日掲載

Point of view - 第191回 佐野創太 ―「会社辞めたい」社員の本音とは何か? ケアできている企業は「従業員ジャーニー」をつくっている

「会社辞めたい」社員の本音とは何か? ケアできている企業は「従業員ジャーニー」をつくっている

佐野創太 さの そうた
「退職学TM」の研究家

1000名以上の「退職と働き方相談」と自身の退職体験で体系化した「退職後も声をかけられる最高の会社の辞め方」を発信している一方、社員と信頼関係をつくる「退職者コミュニケーション」を企業に提供。慶應義塾大学法学部政治学科卒、現 株式会社パソナJOB HUBで転職エージェントや採用、新規事業担当を経て現職。2022年1月に新著を出版予定。
HP:https://taishokugaku.com/

「どうして社員は会社を辞めてしまうのだろうか?」
 この問いは、社員の採用だけでなく活躍と定着まで願い、仕組みをつくっている会社の人事部の方々にとっては、持病の頭痛のようなものだ。この問いに悩んだ結果、「退職は起きるものだ」と開き直ることもあれば、「アルムナイ(退職者とのネットワーク)をつくれば退職後も関係をつくれる」と前向きに考え始めている企業もある。
 でも、そもそもの「退職の真因」が分からなければ、退職者への姿勢は決められないだろう。

 そこで本寄稿では「会社を辞めたい社員の本音」をテーマに、「社員の退職を防げている企業は何をしているのか」をお伝えする。それは私が「退職学TM」の研究家として実施している、1000名以上の退職段階からの働き方の相談から見えてきたことだ。相談者は20代から50代、大企業から中小企業、ベンチャー企業の出身者まで幅広い。職種や業界も多岐にわたっている。人事部の皆さまと退職者とのコミュニケーションをデザインする中で教えていただいたこともある。
 「退職の真因」を探ることで、離職防止やリテンション、新入社員や中途社員の定着を促す施策の参考にしていただければ幸いだ。

退職理由は一つではない。
社員は「ループ」しながら退職していく

 しかし、ここで一つの疑問が浮かぶ。人事部はすべてとは言わないまでも、「ある程度の退職理由」を理解しているのではないだろうか?

 企業によっては、退職者にアンケートを取って退職理由や相談者の有無を聞いている。これは確かに有効だ。アルムナイをつくって、何気ない会話から退職理由を拾い上げている企業もある。こうすれば、アンケートには現れない退職理由が聞けるであろう。退職理由は「会社の改善点を教えてくれる先生」だ。
 それでも私は「それは本当の退職理由ではない」と断言する。なぜ言い切れるのであろうか? 理由はシンプルだ。そもそも退職は「たった一つの理由で決めるものではない」からだ。いわば社員は「ループして退職」する。これが1000名以上の退職段階からの働き方相談を実施して見えてきた傾向だ。

 確かにパワハラやセクハラや法律違反の放置などは、「退職に至る決定的かつたった一つの理由」になる。ただし、それに関しては多くの企業が対策を講じている。それでも退職者が出るから、人事部としては困っているのだ。

 改めて問う。「ループする」とは何だろうか? 社員は「辞めようかな。いや、頑張ろう」と行ったり来たりしながら、少しずつ退職に近づき、最後の一押しとして「事件」が起きるのである。その事件が「人間関係」や「給料などの待遇」「他にやりたい仕事が見つかった」などの形になる。最近は「両親の介護のため」や「体力に限界が来た」などプライベートの理由も増えた。
 しかし、社員は「一直線で退職」はしない。
 だから、ある大手企業の人事部の方からは「給料を見直しても退職率は変わらなかった」や「コミュニケーションを円滑にしても離職率は下がらなかった」と教えていただいた。一つの要因は潰せても、根っこにある原因は残り続ける。雑草のように「退職の芽」は成長を続けてしまうのだ。

「会社辞めようかな」のループを断ち切る有効策は、
「従業員ジャーニー」の作成と適時の対処である

 では、社員の「会社辞めようかな」のループを断ち切っている企業は何をしているのだろうか? こうした企業では、「従業員ジャーニー」とでも呼べる「入社から活躍、定着、退職」までのロードマップをつくることから始めている。そして、落ち込むタイミングでコミュニケーションの量と質を高めている。

 ここで貴社の社員を思い浮かべてほしい。これはある企業でも実践した方法だ。新卒採用をしている企業の人事担当者ならば新卒入社者を、中途採用のみの会社の人事担当者であれば中途採用者を思い浮かべてみてほしい。
 その社員が「入社前から入社後まで、どんな仕事をして、その中でどんな喜びや挫折を感じ、プライベートではどんなライフイベントを経験するか」を想像していただけるだろうか? ロードマップを自社の「退職者が多い年齢」までつくってみることで、「退職者に共通の心の流れ」が見えて来ないだろうか?

 ある会社の若手社員は、入社1年目から3年目までは自分の仕事に集中するよりも、雑事や先輩社員の手伝いが中心だった。その結果、「3年目になる手前」で「もっと成長できる環境で働きたい」という理由で退職する社員が多い一方、その「3年目の谷」を超えた社員の定着率は高い。
 この企業は「入社前に会社の実像をどう伝えるか」と「3年目以降にどんな仕事や成長、待遇が待っているか」のコミュニケーションの量と質を改善することで、ループに陥る社員を救い上げることに成功した。

◆    ◆

 今回は「会社を辞めたい社員の本音」をテーマに「退職の真因」を探った。それは「たった一つの決定的な要因」なのではなく、「どうしようかな、辞めようかな。いや、でも……」とループするものであった。こうした実情は、退職者アンケートでは見えてこないし、そもそも退職者自身も「『会社辞めようかな』のループにはまり込んだ結果、退職した」とは考えていない。退職を決意するときは、ある種の「興奮状態」にある。
 「会社辞めようかな」のループをケアしても、退職者はゼロにはならない。社員が替わりのいない一人の人間である以上、退職は起こり得ることであろう。それでも、きちんと退職までケアしてくれた会社を、社員は忘れることはない。そんな社員は、退職後に知り合いを紹介して入社に結び付けてくれることも、取引先になることも、出戻りすることだってあるかもしれない。これらはすべて、筆者が働き方の相談を受ける中で見てきた実話だ。

 実際にパーソル総合研究所の調査結果では、「アルムナイ経済圏」は概算で年間1兆1500億円、「元同僚」との取引を除いた「離職した会社との取引のみの市場規模」に限っても概算で年間4400億円となっている。このように、「退職者は会社に実利をもたらす」と気づいた企業は、積極的な「退職者コミュニケーション」を始めている。
 企業と社員のコミュニケーションは、「入社・活躍・定着まで」であれば、多くの企業がすでに取り組んでいる。しかし、このすべての効果を最大化も台無しにもするのが「退職者コミュニケーション」だ。そして、「退職者コミュニケーション」に有効な施策の一つが「従業員ジャーニー」の作成である。ぜひ職場で明日の話題にしていただければ幸いだ。
 「退職者とのコミュニケーションの量と質」は、「自社の社員との信頼関係の強さを知る指標」になるだろう。