2021年09月24日掲載

Point of view - 第189回 髙橋 潔 ―「コロナ敗戦」で問われるリーダーシップ

「コロナ敗戦」で問われるリーダーシップ

髙橋 潔 たかはし きよし
立命館大学総合心理学部 教授

立命館大学総合心理学部教授。神戸大学名誉教授。産業・組織心理学と組織行動論を専門とする。経営行動科学学会前会長、日本労務学会常任理事、人材育成学会常任理事、産業・組織心理学会理事などを歴任。主要著書として『ゼロから考えるリーダーシップ』(東洋経済新報社、2020年)、『経営とワークライフに生かそう!産業・組織心理学 改訂版』(有斐閣、2020年)、『人事評価の総合科学』(白桃書房、2010年)などがある。

「コロナ敗戦」と負け犬根性

 「コロナ敗戦」という言葉がある。無謀な作戦で多数の犠牲者を出した第2次世界大戦末期になぞらえて、新型コロナウイルス感染拡大に対する場当たり的な政府と行政の活動が、こう呼ばれている。COVID-19は世界的な災禍であるにもかかわらず、わが国では、どこよりも戦争の記憶と強く結び付く。戦後76年の時が止まっているかのように、人も組織も社会も、われわれが生まれる前と少しも変わっていないようである。そんな錯覚さえ覚える。
 新型コロナウイルス感染症で(第1次世界大戦と第2次世界大戦とベトナム戦争を合わせた戦死者数を超える)60万人以上の死者を数えたアメリカでは、決して「敗戦」という言葉は使わない。COVID-19は必ず勝たねばならない戦いであり、敗戦などあり得ないのだ。
 しかし、「コロナ敗戦」は、政権や指導部だけに責任が帰せられる問題ではない。日本の産業界が全体として、自信と勤勉さを失ったことが、その背景に横たわっている。「失われた10年」が「30年」になり、なまけ癖と言い訳癖が蔓延(まんえん)してしまったから、国際競争に勝とうとする意欲もなくなった。30年間で染み付いてしまった負け犬根性を変えていかなければ、この国に未来はない!(でも、老後はある)。それがリーダーに求められるものだ。

平時と有事(非常時)とのリーダーシップの違い

 社会が大きく動くときには、「平時」と「有事(非常時)」という区分けがよく使われる。平時であれば、リーダーシップといっても、それほど大ごとにはならず、管理監督型の行動で事足りる。理性的に物事を判断し、計画立案を行い、粛々と業務を執行していく。やるべきことを確実に、ミスなくこなす。リーダーというより、優秀な官吏やマネジャーのほうが適任だ。
 実行が優先されるから、事前に根回しを怠らず、トラブルの種を未然に摘んでおくのがよい。かつては、勤勉さと責任感が日本人の価値観として浸透していたから、計画さえ伝えれば、組織が自動機械のように無難に仕事をこなしていくことができた。それが機能しない。
 官房長官時代には、「安倍に菅あり」とか「官邸の守護神」といわれ、その手腕は折り紙付きだった菅総理。それがどうだろう。優秀なマネジャーがリーダーとしては期待外れという不運な事例は、リーダーシップとマネジメントの役割の違いをはっきりと示している。
 非常時になれば、専制型のリーダーシップが必要となる。20年前のアメリカの9.11同時多発テロや、それに続くアフガン戦争・イラク戦争で、アメリカはジョージ・W・ブッシュを戦時大統領として認め、強大な権力を一極に集中させた。
 国民の安全を守るとか、軍事作戦を成功裏に展開するとか、会社を倒産から救うといった単純で分かりやすい非常時であれば、指示命令系統を一元化するのは理に(かな)っており、迅速かつ臨機応変な意思決定をもたらすトップダウンの専制も、ぎりぎり許される。生まれたばかりのスタートアップ企業であれば、創業者がぐいぐい引っ張って、自社が提供する商品や企業の価値を高めていくことに邁進(まいしん)すればよい。しかし、往々にして「ワンマン」や「独裁者」とあだ名を付けられてしまうし、トップの決定に誤りがあると、その影響も取り返しのつかないほど大きいものとなる。

激動時のリーダーシップとダイアローグ

 (有事を含め)状況が激しく変化し、影響を受ける利害関係者が多数にわたる激動時には、どのようなリーダーシップが求められるのか? 激動時というのは、相互に矛盾する複数の課題を同時に解決しなければならない。影響をもろに受けるステークホルダーも多彩で、共通の利害は見いだしにくいから、鶴の一声も多数決も役に立たない。
 例えば、新型コロナウイルスの感染拡大を防止しながら人流と経済を活性化させるとか、利益を犠牲にして顧客のニーズに応えるとか、経営難に陥った取引先に恩義があるからという理由で救済に乗り出すとか、高齢の顧客とLGBTの顧客に同時に対応するとか、利だけで判断すれば頭を抱えてしまうような、矛盾した経営課題に直面する。にっちもさっちもいかない「どん詰まり」の状況を考えてみればよい。
 そんなときに、経営専門職大学院(MBA)を修了し、頭が切れて(ブッチャーではない)クールな(「ちょいワル」という意味ではない)経営者が、自慢のネゴシエーション力を発揮しても、どん詰まりからは抜け出せないだろう。必要なのは、組織の長でありながら、現場の人々の声をよく聴き、自分の考えを押し付けることなく、共感に至るまで丁寧に話をするダイアローグ(対話)である。「ダイアローグ(DIALOGUE+)」と聞いて、8人の女性声優ユニットを思い浮かべた人は、ザンネンでした。

リーダーになる覚悟

 メダルラッシュに沸いたTOKYO2020。そのクライマックスを飾ったのは、侍ジャパンである。就任に当たって稲葉篤紀監督は、「このオリンピックで野球人生をかけるという覚悟がないと、絶対に引き受けられない」と答えた。メンバーを選ぶに当たっても、「日本代表に対しての思いが強い選手じゃなければ、国際試合は戦っていけない。いい選手を集めるより、日本代表で勝ちたいという思いが強い集合体でありたい」と語っている。
 選ばれたからリーダーになるのではない。リーダーになるには覚悟がいる。そして、強い思いが組織をつくる。それがこの国と組織のリーダーに欠けていたピース(一片)を浮かび上がらせる。