2020年02月14日掲載

緊急解説:人事が取り組む新型コロナウイルス感染症(COVID‐19)対策 - 第2回 こんな時こそ、ヘルスリテラシーの向上を!


亀田高志 かめだ たかし
株式会社健康企業 代表・医師

もしもあなたが発熱したら…

 この記事を読んでおられる読者の方々には少々不躾(ぶしつけ)かもしれないが、次の質問に対してどう感じられるだろうか?

 "もしもあなたが、朝目覚めたときに発熱を感じ、咳が出続けたら、どうしますか?"

 どういった心境になるか、どのように対応するのかをじっくりと考えていただきたい。

◇ "さて、どうしよう?! 困ったな"とパニックないし思考停止になる?
◇ 前の週に外国人観光客らしいグループとランチで一緒だったことを思い出す?
◇ 同居家族がいたら、起こして症状を話す?
◇ お子さんがいれば登園や登校をどうする?
◇ 職場の誰に連絡を入れる?
◇ 自宅で静養する?
◇ 心当たりのクリニックや病院に出かける?
◇ 少し遅れて出勤することにして、途中のドラッグストアに立ち寄る?
◇ 解熱剤を飲むなどして何食わぬ顔で出勤してしまう?
◇ 勇気を出して保健所に電話してみる?

 日頃から夫婦仲に問題を抱えている場合、具合が悪いことに心配や共感も得られず、当座の対応すら配偶者と素直に話し合うことができないかもしれない(実際、働く人の間でそうしたケースが少なくないことを仕事柄感じることが多い)。
 新型コロナウイルス感染症(COVID‐19)がマスコミで大々的に取り沙汰され、厚生労働省からも矢継ぎ早に施策や通知が公表されている今だからこそ、もしも発熱等を感じたら、より強いストレスを生む状況となろう。
 医学的に、客観的に考えると、今の時点では発熱や咳があったとしても、新型コロナウイルス感染症より季節性のインフルエンザの可能性が高いだろう。胃腸症状を伴っており、その程度がひどい場合はノロウイルスかもしれない。あるいはアデノウイルス等のありふれた風邪ウイルスによる確率が高いかもしれない。
 いずれにしても、慌てふためくほどの状況ではなさそうだが、既に日本感染症学会の医師向けの見解では散発的なコロナウイルス流行の可能性も指摘されており、都市部では絶対に違うとは言い切れない状況に進みつつあるかもしれない。

職場での流行を遅らせ、ピークを小さくする

 読者の方々がお勤めの企業、自治体あるいは各団体等の社員・職員の方々は、気温が低く乾燥しがちなシーズンに発熱し、咳を繰り返すことも珍しくない。各職場に数十人、数百人から数千人の社員・職員がいるとすれば、毎日、数人から数十人はこうした不安な朝を迎えているのではないか? そうした状況を想定する必要はないだろうか?
 2月中旬となった今、こうした状況をいたずらに悲観的に考えるのではなく、新型コロナウイルス感染症への対応に関して、その目的や目標をトップと経営層以下、または首長と関係者でしっかりと共有されているかを、今一度確認していただくべき時期にあると思う。
 筆者がこれまで外資系企業や健康管理を取り扱うベンチャー企業で、感染症にまつわる危機管理と健康管理に携わった経験では、その目的や目標に対して現実にはあいまいな理解や認識しかない職場が少なくないと感じている。
 例えば、以前流行した新興感染症に関して、ある経営層の方から
「絶対に安全であると保障してほしい!」と会議で投げ掛けられた経験がある。
 新型コロナウイルス感染症のように日々情報が更新され、ウイルス学的な分析、治療薬の検討やワクチンの開発が始まったばかりの感染症に関して、絶対に安全との保障などできない(結果責任と説明責任を負っている立場や重圧、ストレスも理解するところであるが…)。

 事業継続計画(BCP)を持ち出すまでもなく、今回の新型コロナウイルス感染症への対策の目的は、企業であれば、
 1.すべての従業員・関係者の生命、安全、健康を確保する
 2.社内の資産と環境を保護する
 3.事業継続性を確保する
――というあたりに落ち着くのではないかと考える。
 そして、対策の目標は流行の時期に応じて、次の[図表]のように定めておくとよいと思う。

[図表]新型コロナウイルス感染症対策としての目標設定

 具体的には、数カ月の期間を想定して、新型コロナウイルスによる影響=さまざまなリスクと損失を最小化していくことを目標とする。例えば2月下旬以降、流行早期までは職場での流行のピークをできるだけ遅らせること、そのピークを小さくに抑えることに定める。
 分かりやすく解釈いただくなら、図中の矢印の方向を、関係者あるいは全社員・全職員で共有するのである。そして流行が収束してきたら、非常時の事業運営を通常モードへ速やかに復旧させることとなる。
 これらの目的と目標が定まったら、責任ある経営層の方から自らの言葉で、全社員・職員に対して語り掛けることが望まれる。その中で、第一の目的が「すべての従業員・関係者の生命、安全、健康を確保する」ことにあると強調するのである。

 現在、経済産業省が主導する健康経営®にかかわる顕彰制度や認定基準でも「従業員の感染症予防に向けた取り組み」が強調されている。他方、この健康経営の原典とされるHealthy Companyを提唱したRobert H. Rosen博士は「経営層による従業員に対する包み隠さぬ対話があること」と「(偽りなく)従業員の安全と健康が第一優先であること」等をその在り方として表現している。(Robert H. Rosen, Lisa Berger, The Healthy Company, Tarcher, 1992/10/1)

 ※「健康経営®」は、NPO法人健康経営研究会の登録商標です。

 こうした方針がその後も繰り返し、管理職等の会議やイントラネット等での掲示を通じて周知されていれば、例えば発熱を隠して出社することはなくなるだろう。お互いの咳を疑心暗鬼で見張ることも避けられる。本来、季節性インフルエンザでも発熱があれば自宅で待機すべきであり、体調不良を押して勤務することも働き方改革の面からも望ましくない。

正しい知識と行動の徹底をはかる

 さて、職場での流行を遅らせ、ピークを小さくすることを念頭に置いて冒頭の質問に戻ってみると、読者ご自身や職場で働く方々は何らかの答えをお持ちだろうか?
 健康経営を標榜し、優良法人の認定を受けている企業でも、上意下達が徹底された環境に置かれ「言いたいことが言えない」のであれば、発熱を隠しながら出勤する社員・職員が後を絶たない状況になる。ちなみにそうした職場では、しばしば不祥事が露見し、その都度経営層が会見に立って「報告がなかった」などと繰り返すものである。

 答えの一つとして紹介したいのは、もし産業医や保健師、看護師が常駐しているならば、前回触れたように、不調を感じた社員・職員からの電話相談を受け付け、対応を図る手順を徹底することである。"健康相談"は昨春に施行された改正労働安全衛生法でも強調されており、それを受けた枠組みであると説明すれば、利用する側の心理的負担も少なくなる。
 既出のとおり、2月中旬の時点で発熱や咳があっても、新型コロナウイルス感染症である確率はまだ低いと考えられる。また、新型コロナウイルスに感染している事例でも、多くは軽症であることが予想され、万が一入院し、治療を受けたとしても日本の医療レベルがあれば無事に回復できる可能性が高い。したがって、過度に深刻に捉える必要はないものと思う。
 例えば、職場の医療職に相談できる場合に、発熱や咳を感じた社員・職員が冷静に自宅に一旦待機し、電話なりで相談する行動がとれるかどうかが鍵であり、それこそが健康経営でも強調される「ヘルスリテラシーの向上」である。近年、職場の健康管理の専門家に注目されるキーワードでもあるが、「健康管理に対する正確な知識を持ち、適切に対処し、行動できること」を意味する言葉である。

 例えば読者の方々は、新型コロナウイルス感染症では接触感染が飛沫感染(あるいはエアロゾルの飛散によるものまで)と並ぶ伝搬経路となるため、手洗いが重要であることをご存じだと思う。これに対して実際にご自身の手洗いが正しいか、前回紹介した『手洗いポスター』のとおりのことができているか、確認されただろうか。
 トイレで手を洗う人たちを感染予防の観点で見ると、ほとんどが不合格となる。手の甲、爪、指の間、手首まで、石鹸でもよいのできちんと洗わなければならない。これをすべての社員・職員に徹底すべきである。
 クルーズ船での新型コロナウイルス感染者の増加や入国拒否の報道が相次いでいるが、同じような濃厚接触が通勤のバスや列車でいつ起きても不思議ではない。新型コロナウイルスに限らず、あらゆる感染症が通勤途中で伝搬される可能性は常時あるのだ。
 他方、マスクの不足が騒がれるタイミングであり、なおさらマスクをすることが心理的に安心をもたらす面もあると思うが、
 ● マスクは万能ではない
 ● 着用しないよりした方がまし
――という程度の効果であることを承知しておくべきである。その上で、マスクを通勤時に着用する場合、知っておくべきこと(=実践すべきこと)は次のとおりである。

◇ 必ず清潔に保たれた新品を使用する
◇ 正しく着用する(息苦しいからといって鼻や口を出さない)
◇ 着用中に自身の顔を触らないよう注意する
◇ 到着したら入館直前に必ず廃棄する
◇ その後、速やかに手を適切に洗う。ないしアルコール消毒する

 できれば街中を歩く人なり、ご自身なりの行動を観察していただきたいのだが、気づいてみるとかなり頻繁に、自分の目や口のあたりに手をやっているものである。着用したマスクに触れる人、その位置を度々動かす人も数多い。これではマスクをつける意味が減じてしまう。
 また、本来マスクは症状がある人に着用してもらうべきものであり、そのことによって健常な人を感染させない効果は医学的に認められている。マスクを誰もがいつも持っているわけでないので、咳・くしゃみのある人は肘や袖で口を覆う「咳・エチケット」は日本だけでなく、グローバルな常識である。
 職場で社員・職員の方々がこの「咳・エチケット」の意味を理解し、実践ができることも、ヘルスリテラシーとして重要なポイントとなる。可能な限り人との接触を減らし、手洗いを励行し、体調を整えていくことが必須である。

 今回の最後に、世界保健機関(WHO)がホームページで発信している怪しげな通説の真偽について触れておこう(情報源はこちら)。
 日本語訳は出されていないようだが、以下にポイントをまとめてみた。筆者からの(注)も加えているので、併せてヘルスリテラシー強化の一環として共有いただければと思う。

✔ 中国からの手紙や小包を受け取っても基本的に安全である(中国からのものに限らず、触れた後には手洗いを行う)

✔ ペットは新型コロナウイルスに感染したり、拡散したりしないが、他の問題を防止するために触れたら手洗いを行う

✔ 肺炎球菌ワクチン接種は感染を予防しない(肺炎球菌による肺炎には効果がある)

✔ 鼻うがいやうがい薬でうがいをしても感染は予防できない

✔ ニンニクを食べたり、ゴマ油を使ったりしても感染を予防する効果はない

✔ 漂白剤や75%アルコールを鼻の下等に塗っても予防効果はない

✔ すべての年齢層で感染する可能性があり、高齢者や持病のある人は重症化する可能性がある抗生物質等を使用しても新型コロナウイルス感染症の予防や治療はできない。(二次感染には使用する場合がある)

✔ ウイルス自体に効く特定の薬剤はまだ調査中である

 なお、厚生労働省による最新情報が、日々関係者のご努力でアップデートされているので、最低限の注意事項として、定期的に関係者間で確認することもお勧めしたい。

《参考情報》

厚生労働省「新型コロナウイルス感染症について」

亀田高志 かめだ たかし
株式会社健康企業 代表・医師
大手外資系企業の産業医、産業医科大学講師(産業医養成機関)、産業医科大学が設立したベンチャー企業の創業社長兼専門コンサルタントを歴任。現職でも、SARSや新型インフルエンザ、東日本大震災後の惨事ストレスへの対策等に関する講演、研修、コンサルティングや執筆を手掛ける。本サイトでは連載解説「人事労務から考える危機管理対策のススメ」を執筆。著書に、『改訂版 人事担当者のためのメンタルヘルス復職支援』(労務行政)、『社労士がすぐに使える!メンタルヘルス実務対応の知識とスキル』(日本法令)、『[図解]新型インフルエンザ対策Q&A』(エクスナレッジ)など多数。