職場でのハラスメントや働く人のうつ病・自殺が社会問題化し、職場内コミュニケーションの重要性がよく言われますが、著者が注目するのは、コミュニケーション能力が必須とされ、それにより仕事上の能力や評価が決まることに伴う閉塞感についてです。本書では、コミュニカティブであることが推奨される状況での感情表出の問題や、ハラスメント、うつ病・自殺、時間管理、ワーク・ライフ・バランスなどの現代的課題について考察しています。
第1章では、パワハラを受けても多くの人が嫌悪感を表明できないのはなぜかを、アメリカの社会学者A.R.ホックシールドの感情管理論と、E.イルーズの感情資本主義の観点から考察しています。われわれは、対人関係の中で感情を管理する能力(=感情資本)を持っているかが常に問われていて、空気を読み、ハラスメントにNOと言うことを難しくさせるのは、こうした自発的な管理を促す感情文化であるとしています。
第2章では、メンタルヘルス対策の中でEAP(従業員支援プログラム)について取り上げるとともに、「効率的な業務遂行」と「感情に向き合うこと」がどう結びつくのかを検討しています。
第3章では、労災保険において労働者の自殺は、かつて故意によるものとして保険の対象外だったのが、後に労働災害として補償対象に取り込まれたのはなぜかを考察し、自殺は、精神障害(主にうつ病)の症状の一つとして位置づけられることで病死=災害死となり、制度の救済対象となったとしています。
第4章では、労災申請や訴訟の中で、労働者の自殺がいかに「鑑定」され、解釈されるのかを検討しています。自殺が病死の一種とみなされるようになったことで、自殺者は免責される一方、事業主の安全配慮義務などがクローズアップされるようになったとしています。
第5章では、パワハラのケーススタディを通して、どのような状況がパワハラであると認識されるのか検討するとともに、自殺をめぐる解釈が遺族、労基署、法廷において錯綜(さくそう)した末に「うつ病の結果」とされ、それによりパワハラが不可視化される過程を分析しています。
第6章では、ライフハックや時間管理術の勉強会の観察やインタビューを通して、実践者たちの時間に関する感覚や意識を浮かび上がらせ、時間管理が感情管理と密接な関係にあることを明らかにしています。
第7章では、ワーキング・マザーが、職場での「ファースト・シフト」の後、帰宅しての家事育児に携わる「セカンド・シフト」をこなし、さらに深夜や早朝に「残業」をするような「長時間労働」の状態にあることを示し、ワーキング・マザーの感情労働と働き過ぎの問題を事例から考察しています。
本書では、感情の管理が組織内の同僚や上司に対しても必要とされる状況に注視しています。ビジネスパーソンやワーキング・マザーが、自らを取り巻く感情管理の渦から抜け出す方法を必ずしも示したものではありませんが、働く人がごく普通に置かれている「しんどさ」に、事業主も上司も同僚もそして自身もまず気づくことから始める必要があるかもしれないという、そうした気づきを促す本であったように思います。
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※本記事は人事専門資料誌「労政時報」の購読会員サイト『WEB労政時報』で2020年1月にご紹介したものです。
和田泰明 わだ やすあき
和田人事企画事務所 人事・賃金コンサルタント、社会保険労務士
1981年 中堅広告代理店に入社(早稲田大学第一文学部卒)
1987年 同社人事部へ配転
1995年 同社人事部長
1999年 社会保険労務士試験合格、2000年 行政書士試験合格
2001年 広告代理店を退職、同社顧問(独立人事コンサルタントに)
2002年 日本マンパワー認定人事コンサルタント
2003年 社会保険労務士開業登録(13030300号)「和田人事企画事務所」
2004年 NPO生涯教育認定キャリア・コンサルタント
2006年 特定社会保険労務士試験(紛争解決手続代理業務試験)合格
1994-1995年 日経連職務分析センター(現日本経団連人事賃金センター)「年俸制研究部会」委員
2006年- 中央職業能力開発協会「ビジネス・キャリア検定試験問題[人事・人材開発部門]」策定委員
2009年 早稲田大学オープン教育センター「企業法務概論」ゲストスピーカー