人事コンサルタントによる本書では、企業内で多様な人材が働く昨今、職場での思わぬコンフリクト(対立・葛藤)が増えていくだろうとし、実際に起きた六つの事例を基に、その類型と解決のための方法を示しています。
事例1は「オーナー社長 vs. 大企業OB」。社長が自ら中途採用した大企業のOBが、当初期待した成果を上げられず、社長が「自分の給料分は利益を上げてください」と言うと、本人に「なぜ、私が営業をやるんだ!」と逆に開き直られてしまったというもの。コンサルタントは社長と大企業OBの両者と面談し、両者の視点の対立点を抽出、コンフリクトの原因と考えられる双方のパラダイムの違いなどを明らかにしていくとともに、人事マネジメント上どのような工夫をすればこうしたコンフリクトを予防できるかを示しています。
事例2の「ゆとり社員 vs. バブル上司」では、厳しい上司に追い込まれて泣き出す部下と、そもそも上司は敵であり乗り越えていくものだという考えの管理職の対立を、事例3の「専門志向 vs. 上昇志向」では、社内の飲み会に出ていては自分のスキルを磨けないとする専門職と、そんなことでは将来の幹部に必要な社内人脈が築けないと考える上司との対立を取り上げています。
さらに事例4から6にかけて、「営業トップ vs. 経営層」「意識高い系部下 vs. 実直上司」「女性総合職 vs. 男性上司」と続きますが、仕事への取り組み方やキャリアについての考え方など、意識や価値観といった目に見えない違いを取り上げている点が特徴的であるとともに、これらはどこの職場にも十分に起こり得るコンフリクトであるように思いました。
最後に、「コンフリクトマネジメント入門【理論編】」において、対立の要素別類型として、①立場や役割の違いによって起こる目標・条件の対立、②思考・価値観の違いによって起こる物事の解釈の対立、③条件・認知の対立状態が続いたり、その経験が基になったりして起こる心情面の対立の三つを挙げています。
その上で、ケネス・W・トーマスの「二重関心モデル」を紹介し、そこから導き出される〈強制〉〈服従〉〈回避〉〈妥協〉〈協調〉の五つの解決方法と、その他の第三者を巻き込んだ対応方法として、〈闘争〉〈訴訟〉〈仲裁〉〈ミディエーション〉という四つを示しています。
さらに、コンフリクトの解決には、今起きているコンフリクトを構造的に捉える必要があるとし、そのために有効な六つの視点を提示。結びでは、これまで事例の解決策としても紹介されてきたミディエーションを進める上での基本ステップを解説しています。
日本人は対立を回避する傾向が強かったが、多様な人材を活用せざるを得なくなったため、今後はこれまで避けてきた対立が表面化することも多くなるとのこと。その際に、コンフリクトを一つ解決すればそれで終わりというのではなく、対立の根底にあるものを見極めることが次の予防へとつながることになり、そのヒントを与えてくれるものとして、事例編は興味深く読めました。
一方の【理論編】のほうは、コンパクトにまとめられていますが、やや概念的なままに終わってしまった印象もあります。しかしながら、事例編の部分を読むだけでもコンフリクトについての気づきが促され、「コンフリクトマネジメント」についてある程度理解をすることは可能であると思います。
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※本記事は人事専門資料誌「労政時報」の購読会員サイト『WEB労政時報』で2019年8月にご紹介したものです。
和田泰明 わだ やすあき
和田人事企画事務所 人事・賃金コンサルタント、社会保険労務士
1981年 中堅広告代理店に入社(早稲田大学第一文学部卒)
1987年 同社人事部へ配転
1995年 同社人事部長
1999年 社会保険労務士試験合格、2000年 行政書士試験合格
2001年 広告代理店を退職、同社顧問(独立人事コンサルタントに)
2002年 日本マンパワー認定人事コンサルタント
2003年 社会保険労務士開業登録(13030300号)「和田人事企画事務所」
2004年 NPO生涯教育認定キャリア・コンサルタント
2006年 特定社会保険労務士試験(紛争解決手続代理業務試験)合格
1994-1995年 日経連職務分析センター(現日本経団連人事賃金センター)「年俸制研究部会」委員
2006年- 中央職業能力開発協会「ビジネス・キャリア検定試験問題[人事・人材開発部門]」策定委員
2009年 早稲田大学オープン教育センター「企業法務概論」ゲストスピーカー