2019年08月20日掲載

人事パーソン要チェック! 新刊ホンネ書評 - [164]『非正社員改革―同一労働同一賃金によって格差はなくならない』

 

(大内伸哉 著 中央経済社 2019年3月)

 

 労働法学者による本書では、マスコミ等により、非正社員は企業に搾取されているかわいそうな労働者だというイメージが誇張されすぎているとし、その中で今回打ち出された同一労働同一賃金の原則は、一見正しいようでどこか落とし穴があるのではないかとの疑問を投げ掛けています。

 全4編8章から成り、第1編「日本型雇用システムと正社員」の第1章では、法律上は正社員、非正社員の定義はなく、パートや有期は労働条件の一つにすぎないとしています。第2章では、統計調査などから非正社員の実像を描き出し、非自発的非正社員は言われているほどに多くはないとしています。また、日本型雇用システムの下では、非正社員は正社員の地位を補完する機能として存在してきたとしています。

 第2編「非正社員をめぐる立法の変遷」では、第3章で、日本型雇用システムは労使自治の産物であり、正社員、非正社員の地位は労使が自主的に形成してきたものとした上で、私的自治を制限するための法律としての労基法と、それを補充する判例法理の形成を振り返っています。第4章では、「消極的介入の時代」として、構造改革政策や労働者派遣の自由化など、労使自治への介入を消極化した諸策を追っています。第5章では、「積極的介入の時代」として、2012年の労働者派遣法改正による労働契約申込みなし制、同年の労働契約法改正による無期転換ルールなどの法制化は、企業の採用の自由に踏み込むものと指摘し、近年の立法では私的自治の制限が強化されているとしています。

 第3編「非正社員を論理的・政策的に考える」では、第6章で、有期労働契約の無期転換について、それを正当化するロジックがある海外の法律と異なり、日本の場合はロジックのない政策立法であったとしています。そして、正社員を増やそうと企業に働き掛けるより、正社員として採用されるに適した人材を育成するという、労働者側に着目した教育訓練を展開していくことが必要だとしています。さらに第7章で、同一労働同一賃金について、日本型雇用システムにおける賃金決定の在り方は、同一(価値)労働に対して同一賃金を支払うものでないため、日本において、これを法的な原則として導入するという議論は的外れの可能性が高いとしています。

 第4編「真の格差問題とは」では、第8章で、非正社員改革として必要なのは、企業の権限や自由を制限することではなく、非正社員と正社員の格差をもたらす原因である能力の格差をいかに縮めるかが重要なのだとしています。

 本書の特徴は、非正社員を日本型雇用システムの構成要素と位置づけた上で、改革のための法政策の方向性を検討した点にあります。正社員と非正社員の格差は日本型雇用システムにおける労使自治の産物として、契約自由の範囲内で生じたもので、法がそれに介入するのではなく、労使の手によって日本型雇用システムをトータルに見ながら対応されるべきものであるとしています。

 個人的には、正社員と非正社員について、賃金格差よりも教育格差を問題視していることに共感しました。やや気になったのは、企業性善説に立っているように思われた点でしょうか。非正社員問題や同一労働同一賃金の議論の背景にあるものを見つめ直すという意味で、人事パーソンにお薦めしたい本です。

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※本記事は人事専門資料誌「労政時報」の購読会員サイト『WEB労政時報』で2019年4月にご紹介したものです。

【本欄 執筆者紹介】
 和田泰明 わだ やすあき

 和田人事企画事務所 人事・賃金コンサルタント、社会保険労務士

1981年 中堅広告代理店に入社(早稲田大学第一文学部卒)
1987年 同社人事部へ配転
1995年 同社人事部長
1999年 社会保険労務士試験合格、2000年 行政書士試験合格
2001年 広告代理店を退職、同社顧問(独立人事コンサルタントに)
2002年 日本マンパワー認定人事コンサルタント
2003年 社会保険労務士開業登録(13030300号)「和田人事企画事務所」
2004年 NPO生涯教育認定キャリア・コンサルタント
2006年 特定社会保険労務士試験(紛争解決手続代理業務試験)合格

1994-1995年 日経連職務分析センター(現日本経団連人事賃金センター)「年俸制研究部会」委員
2006年- 中央職業能力開発協会「ビジネス・キャリア検定試験問題[人事・人材開発部門]」策定委員
2009年 早稲田大学オープン教育センター「企業法務概論」ゲストスピーカー