2019年08月06日掲載

人事パーソン要チェック! 新刊ホンネ書評 - [163]『こんなところでつまずかない! 労働事件21のメソッド』

(東京弁護士会 親和全期会 著 第一法規 2019年2月)

 

 本シリーズは、新人や若手で経験の浅い弁護士がつまずきやすい事柄を、先輩弁護士が「21のメソッド」として示唆したものです。新人・若手の弁護士が事前に注意すべき事柄を理解し、その分野についての苦手意識・不安を軽減することを意図したもので、本書はその第7弾となる「労働事件」対応編です。

 タイトルに「21のメソッド」とあるように、労働者性、就業規則の不利益変更、休職規程、残業代計算、労働時間の把握、監督者、固定残業代といった係争になりやすいテーマと解決のポイントを21のメソッド(章)として取り上げています。それぞれ冒頭の概説では、基本知識や留意点、判例などを簡潔にまとめ、続いて各テーマについて先輩弁護士の2~3の体験談があり、全体では15名の弁護士が50近い体験談を寄せています。

 この体験談の中には、使用者側の相談に応じたものと労働者側の相談に応じたものがそれぞれあり、裁判になったものありますが、労働審判や話し合い等の裁判外での解決例も多く含まれています。さらに、うまく決着したものもあれば、担当弁護士の視点からはやや不本意な結果に終わったものもあり、こうすればよかったという率直な反省などもあって、非常にシズル感のあるものとなっています。
 また、体験談の中で振り返りも行われていますが、加えて各章の終わりに、留意すべき点が「ワンポイントアドバイス」としてまとめられているのが親切であり、それらが体験から導き出されているので説得力があります。

 その中で、解雇権濫用法理について触れる章の前に、ハラスメントの話題を2章にわたって取り上げ、このテーマのみ使用者側の立場と労働者側の立場から1章ずつ割いて解説しているのが、昨今の労働事件の情勢を反映しているように思いました。使用者側に立つ場合は「甘い調査には辛い助言を」、労働者側に立つ場合は「裁判だけが能じゃない」と、アドバイスもシンプルに的を絞ったものになっています。

 実際の労働事件は、裁判で勝つか負けるかではなく、話し合いなどを通じて双方が合意できる落としどころをどう探るかが非常に重要になってくるということをあらためて感じました。弁護士に相談が寄せられた案件ですらそうですから、この考え方は、現場で生じる個別の事案に広く通じると思われます。

 ただ、その落としどころの"相場感"というものは、裁判となった事例の判例集は多くあっても、裁判外で解決した事例を集めたものはあまりないため(例外的に、本書でも紹介されている濱口桂一郎氏の執筆による『日本の雇用終了―労働局あっせん事例から』(2012年/労働政策研究・研修機構)などがあるが)、そうした"相場感"をつかむ上でも、本書は貴重であるように思いました。

 体験談を主とした構成であるため、物語を読むように読めますが、多くの示唆を含んでいるように思いました。先輩弁護士たちが労働分野での経験が浅い後輩弁護士のために書いた本ですが、弁護士の体験を追体験できるという意味では、企業内で労務に携わる人や社会保険労務士などコンサルタントが、労働事件(予防も含め)に対峙する際の知識・センスを身に付ける上でも参考になる本であり、一読をお薦めしたいと思います。

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※本記事は人事専門資料誌「労政時報」の購読会員サイト『WEB労政時報』で2019年4月にご紹介したものです。

【本欄 執筆者紹介】
 和田泰明 わだ やすあき

 和田人事企画事務所 人事・賃金コンサルタント、社会保険労務士

1981年 中堅広告代理店に入社(早稲田大学第一文学部卒)
1987年 同社人事部へ配転
1995年 同社人事部長
1999年 社会保険労務士試験合格、2000年 行政書士試験合格
2001年 広告代理店を退職、同社顧問(独立人事コンサルタントに)
2002年 日本マンパワー認定人事コンサルタント
2003年 社会保険労務士開業登録(13030300号)「和田人事企画事務所」
2004年 NPO生涯教育認定キャリア・コンサルタント
2006年 特定社会保険労務士試験(紛争解決手続代理業務試験)合格
   
1994-1995年 日経連職務分析センター(現日本経団連人事賃金センター)「年俸制研究部会」委員
2006年- 中央職業能力開発協会「ビジネス・キャリア検定試験問題[人事・人材開発部門]」策定委員
2009年 早稲田大学オープン教育センター「企業法務概論」ゲストスピーカー