2019年01月11日掲載

Point of view - 第126回 阿部正浩 ―AIやロボットによる職業構造の変化と今後、我々に求められる能力

AIやロボットによる職業構造の変化と
今後、我々に求められる能力

阿部正浩 あべ まさひろ
中央大学 経済学部教授

慶應義塾大学大学院 商学部研究科博士課程単位取得退学。博士(商学)。(財)電力中央研究所、一橋大学経済研究所、獨協大学経済学部を経て、2013年より現職。厚生労働省「労働政策審議会」委員、「政策評価に関する有識者会議」委員、「雇用政策研究会」委員、内閣府「仕事と生活の調和連携推進・評価部会」委員などを歴任。主な著書として、『日本経済の環境変化と労働市場』(東洋経済新報社、第49回日経・経済図書文化賞および第29回労働関係図書優秀賞を受賞)などがある。

変化した職業構造

1位はデータサイエンティスト、2位はオンライントレーダー、そして3位はeスポーツプレーヤー。これは『日経ビジネス』が2018年に調べた、現役高校生が就きたい職業の上位3位です。これ以外にも、サイボーグ技術者や仮想空間創造師、あるいはクラウドファンディングコンサルタントなど、耳慣れない職業が並びます(『日経ビジネス』2018年7月2日号)。21世紀に入り、パソコンやスマートフォンなど情報通信機器が発達し、ソーシャルネットワーキングサービスなどインターネットを通じた情報技術や情報サービスの高度化で、私たちの働き方も大きく変わってきました。高校生たちもそうした変化を察知して、就きたい職業を選んでいるのかもしれません。

これまでの情報通信技術ITCの進展による働き方への影響は、我が国の職業構造の変化からもうかがえます。内閣府の池永肇恵氏と一橋大学の神林 龍教授が行った研究によると、研究・開発に関わる仕事やマネージャー・コンサルタント、販売や医療・介護現場での仕事は近年増加傾向にある一方で、一般事務や生産作業といった仕事は大きく減少しています。増加している仕事は、非定型的な作業であると同時に分析能力やコミュニケーション能力などが求められる傾向にあり、他方で減少している仕事はマニュアルで定められた定型的な作業が多い傾向にあるようです(Ikenaga, Toshie and Kambayashi, Ryo [2016] "Task Polarization in the Japanese Labor Market: Evidence of a Long-term Trend," Industrial Relations 55-2, pp.267-293)。さらに、こうした職業構造や仕事内容の変化は、日本だけで起こっているわけではありません。ヨーロッパ各国やアメリカでも起きています。

人工知能やロボットの労働市場への影響

では、今後ますます活用されていくと考えられる人工知能AIは、労働市場に対してどのような影響を与えるでしょうか。これまでも情報通信技術によって職業構造が大きく変化してきたのだから、AIはより大きな影響を広範囲に与えると考える研究者もいます。

その代表的なものが、野村総合研究所とオックスフォード大学のオズボーン准教授らによる研究です(野村総合研究所News Release、2015年12月)。この研究では、国内601種類の職業について、その業務すべてを66%以上の高い確率でAIやロボットなどで技術的に代替できる職種に就業している人数を推計しています。その結果、日本の労働人口の約49%が人工知能やロボットによって代替可能と試算されました。同様のことは三菱総合研究所のレポートでも、2030年までにAIやロボット、IOTによって740万人の日本の雇用が消失すると報告されています(「AI・ロボット・IoEが変える2030年の日本」、『MRIマンスリーレビュー』2017年2月号、三菱総合研究所)。

ただし、これらは技術的代替の可能性を試算したものであり、経済的に代替可能かは別の話です。AIやロボットに代替した時の費用が高ければ、人手で行ったほうが経済的には効率的です。実は経済学の観点から見ると、AIやロボットの労働市場に対する影響は複雑です。技術的にも経済的にもAIやロボットが代替する仕事がある一方で、その開発や保守を担当するようなAIやロボットと補完的な仕事も生まれるはずです。また、AIやロボットの活用によってコストが下がり、財やサービスの需要が増えれば労働需要も増えるという可能性があります。これらすべての効果を勘案しないと、雇用が消失するのか、あるいは創出されるのかは、わからないのです。

今後重視される能力とは

とは言え、AIやロボットが活用されるようになれば、仕事の内容や質はこれまでと同じままであることはないでしょう。AIやロボットが従来の仕事の多くを行えるようになるなら、代替された仕事分の知識やスキルは不要になり、代替されない仕事や新しく生まれる仕事に関する知識やスキルが重要になります。人間に求められる知識とスキルの入れ替えが早晩起こるでしょう。

では、具体的にどのような知識やスキルが求められるかと言うと、これまでのITCの影響と同様に、人間には分析力やコミュニケーション力がさらに重要になってくると考えます。AIやロボットもあらかじめ作成されたプログラムを基に動作する点ではITCと同じであるため、繰り返し作業などの再現性には優れるものの、新しい状況への対応といった融通性は乏しいと考えられます。その意味で、新しい状況にも柔軟に対応できるような力や決断する力も人間には求められるのではないでしょうか。もちろんプログラミングや統計学といったAIやロボットと補完的な能力も重要になることは言うまでもありません。

こうした力は、従来のような企業内でのOJTなどではなく、学校教育などで涵養(かんよう)されるものが多いようです。分析力や柔軟に対応する力、決断する力は、幼少期や青年期におけるさまざまな人々との交わりや、読書あるいは映画鑑賞など多様な経験を通して育まれるところもあります。特に文学や哲学、歴史や芸術などの一般教養は、人間だけがその意味内容を理解できるものであり、これからむしろ重要になると思われます。

ところが、日本企業は学校での教育や教養をこれまで重視してきたかというと、あまりそうは思えません。最近も新卒採用時期をめぐってドタバタしていますが、そこでの議論も学校教育は二の次になっています。学校教育のあり方も含めて、これからの時代の能力開発について考える時期に来ているようです。