2018年09月14日掲載

判例温故知新 精選―女性労働判例 - 第6回 丸子警報器事件、京ガス事件(同一価値労働同一賃金における賃金格差)


君嶋護男 きみしま もりお
公益社団法人労務管理教育センター 理事長

1.丸子警報器損害賠償請求事件

女性の臨時社員の賃金が女性正社員の8割以下の場合は公序良俗に反し違法として、差額賃金相当の損害賠償を命じた

長野地裁 上田支部 平8.3.15判決 労判690号32ページ

[1]事件の概要

 自動車用警報器等の製造販売を業とする会社(被告)において、正社員については年功序列の賃金体系が定められているのに対し、女性臨時社員は、正社員の賃金より元々低額な上、勤続年数が長くなるほどその格差が拡大するほか、一時金、退職金も低額に定められていた。
 組立ラインの作業に従事する女性臨時社員28名(原告・勤続4~25年)は、①被告が女性に対してのみ、未婚者は正社員、既婚者は臨時社員として採用し、その地位に留めて低い賃金を支払っていることは労働基準法4条に違反すること、②臨時社員という地位を未婚・既婚で区別することは労働基準法3条(均等待遇)に違反すること、③正社員と臨時社員が同一労働に従事しているにもかかわらず、臨時社員に低い賃金を支払うのは同一労働同一賃金という公序良俗に反することを主張し、被告に対し、不当な賃金差別による損害賠償を請求した。

[2]判決要旨

 被告の主たる業務が自動車メーカーの下請的仕事であって、景気変動等による合理化の必要があり、この点で臨時従業員制度の存在意義を認めることができる。
 臨時社員に中高年の主婦のみを採用し、男性または未婚の女性を採用しないことには合理的な理由がないが、臨時社員たる原告らの差別の問題にはならない。本件において、昭和50年頃以降は、臨時社員はライン要員、正社員はその他の業務と予定される職種が異なり、原告らはライン要員として採用されたのであるから、そもそも原告らが男女差別がなければ正社員として採用されたという状況ではなく、女性であるが故に不利益な取り扱いを受けたと認めることはできない。また、原告らにおいて男女を問わず正社員との待遇格差を主張する部分は、臨時従業員制度において正社員と臨時社員に賃金格差を設けることが違法かどうかの問題であって、男女差別の問題ではない。
 労働基準法3条、4条は、いずれも雇入れ後の労働条件についての差別を禁止するものであり、雇入れの自由を制限するものではない。同一(価値)労働同一賃金の原則が、労働関係を規律する一般的な法規範として存在していると認めることはできず、基本的には契約自由の原則が支配する雇用契約における公序良俗の問題となるが、これまでの日本社会においては、年功序列、職歴による賃金加算、扶養家族手当の支給などの制度が設けられており、同一(価値)労働同一賃金の原則が単純に適用されているわけではない。しかも、労働価値が同一であるか否かを客観性をもって評価判定することは著しく困難であって、これに反する賃金格差が直ちに違法になる意味での公序とみなすことはできない。
 同一(価値)労働同一賃金原則の根底には、およそ人はその労働に対し等しく報われなければならないという均等待遇の理念が存在し、これは人格の価値を平等と見る市民法の普遍的な原理と考えるべきであり、この理念に反する賃金格差は、使用者に許された裁量の範囲を逸脱したものとして、公序良俗違反の違法性を招来する場合がある。原告ら臨時社員と、同じライン作業に従事する女性正社員の業務は、職種、作業の内容、勤務時間および日数等が同様であること、臨時社員の勤務年数も、長い者では25年を超えており、長年働き続けるつもりという点でも女性正社員と何ら変わりがないことなどから、その外形面および内面においても同一といえる。
 したがって、臨時社員においても正社員と同様ないしこれに準じた年功序列的な賃金の上昇を期待するのも無理からぬところであって、このような場合、被告においては、一定年月以上勤務した臨時社員には正社員となる途を用意するか、正社員に準じた年功序列制の賃金体系を設ける必要があった。原告らを臨時社員のまま固定化し、2カ月ごとの雇用期間を形式的に繰り返すことにより、女性正社員との顕著な賃金格差を維持拡大しつつ長期間の雇用を継続したことは、前記均等待遇の理念に違反する格差であり、公序良俗違反として違法となる。もっとも、均等待遇の理念も抽象的なものであって、その判断に幅がある以上は、その違いに応じた待遇の差に使用者側の裁量もある程度は認めざるを得ないところであり、本件における諸事情の下では、原告らの賃金が、同じ勤務年数の女性正社員の8割以下となるときは、許容される賃金格差の範囲を明らかに超え、その限度において被告の裁量が公序良俗に違反し違法となる。

[3]解説

 本件は、提訴当時、勤続4年から25年までの女性臨時社員28名が原告となった事件で、その数もさることながら、臨時社員に対して女性正社員の8割を超える賃金を支払わなければならないと、許容される賃金格差の限度を具体的に示した点で、非常に反響を呼んだ判決である。
 判決では、雇用調整の必要性等から、臨時従業員制度自体の必要性は認めているが、それを前提とした上で、その違法性の判断について、①男女差別、②身分による差別、③同一(価値)労働同一賃金違反の三つの観点から判断している。そして、①については、臨時社員として女性のみを採用したことは女性を有利に扱ったものであり、募集・採用の均等取り扱いは努力義務に止まることから、被告の採用行為を違法とは評価できないこと、②については、「正社員」「臨時社員」の区別は、労働基準法3条に定める「社会的身分」には該当しないこと、③については、「同一(価値)労働同一賃金の原則」は、公序といえるまでには至っていないものの、これは尊重されなければならず、臨時社員と正社員の業務内容が同一の場合、余りに大きな待遇の差を設けた場合、違法となり得ることとして、その基準として8割を示したものである。本判決は、8割基準を導くまでに、相当多方面に目配りし、男女差別についてかなり詳しい考察をしている部分や、異なる職種間における同一(価値)労働同一賃金についても触れるなどしており、女性労働のみならず、今回の働き方改革において重要な争点となった「同一労働同一賃金」を語る上で重要な示唆を与える判決といえる。
 なお、本件は控訴されたが、東京高裁において、①給与を日給制から月給制にする、②今後5年間に毎年3000円ずつの月給増額で格差是正をする、③一時金の支給月数を正社員と同一にする、④退職金の計算方法を正社員と同一にし、和解成立時までの勤続に対する退職金は従前の2.5倍に改めるなど、実質的に原告勝訴の内容で和解が成立した。



2.京ガス賃金等請求事件

職務遂行の困難さを、女性と同期入社で異なる職務に従事する男性について知識・技能、責任、精神的な負担と疲労度を比較項目として検討し、各職務の価値に格別の差はないとして差額賃金の支払いを命じた

京都地裁 平13.9.20判決 労判813号87ページ

[1]事件の概要

 ガス配管工事、ガス器具販売・設置等を業とする会社(被告)に勤務し、係長に昇進した女性社員(原告)は、基本給および賞与が同期入社の男性Aと比較して、9年間で1393万円余の賃金格差が生じているところ、これは女性であることを理由とする差別によるものであり、憲法14条および労働基準法4条に違反するとともに、ILO条約、国連婦人差別撤廃条約等にも違反するとして、被告に対し、差別賃金相当額および慰謝料500万円を請求した。

[2]判決要旨および解説

 判決では、Aと原告とは1384万円余の賃金格差があるとした上で、原告とAの仕事を対比し、原告の職務内容は、①積算業務、②精算業務、③大阪ガスとの連絡・折衝等、Aの業務は、①施工前業務、②工程管理、③現場間の移動、④大阪ガスのパトロールへの随行・立会い等と認定し、両者の各職務の困難さにつき、知識・技能、責任、精神的な負担と疲労度などを検討すると、各職務の価値に格別の差はないと認めるのが相当と判示している。すなわち、原告は、主にいわゆる内勤、比較の対象とされたAはいわゆる外勤と、職務内容は大きく異なるものの、その価値には差がないとしており、そのことが異なる職種間の同一価値労働同一賃金を認めた先進的判決と一部で評価された理由となっている、ただ、本判決では、同一価値の具体的根拠を示さず、唐突に両者の仕事は同価値と決めつけており、なぜ両者の職務が同価値なのか伝わって来ない。
 判決では、男女に対する仕事の与え方にも触れ、被告では男性社員は一定の社内経験後監督見習となり、その後試験に合格すれば監督職になれることとされ、Aもこの方法で監督職になったが、一方原告は、本人の意欲や能力に関わりなく監督職になれる状況にはなかったと判断し、これを前提に本件賃金格差が、原告が女性であることを理由とする差別に当たるか検討すると、①原告とAは同期入社で年齢もほぼ同じであること、②就業規則には事務職も監督職も同じ事務職員に含まれていること、③男性社員のみ監督職になることができたこと、④原告とAの各職務に格別の差がないと認められることからすると、本件賃金格差は、女性であることを理由とする差別と認められ、労働基準法4条に違反し、不法行為に基づき、被告は原告に損害を賠償する責任があると判示した。
 そして、原告とAの各職務の価値の格別の差はないものの、賃金の決定要素には、その個人の能力、勤務成績等の事情も大きく考慮されるところ、その損害を控え目に算出すると、差別がなければ原告に支払われたはずの賃金額は、Aの給与総額の8割5分に相当すると認めるのが相当であるとして、被告に対し、賃金差額560万円、慰謝料50万円等総額670万円の支払いを命じた。本件は被告が控訴したが、結局被告が原告に800万円を支払うことで和解が成立した。
 今回の働き方改革では、同一労働同一賃金が主要なテーマの一つとされているが、特に男女の賃金差別を是正する原理として、かつて強く主張されていた同一価値労働同一賃金の議論は余り聞かれなくなったような感じがする。この意味での同一価値労働同一賃金については、前記丸子警報器事件でも触れており、「同一価値の労働には同一の賃金を支払うべきであると言っても、特に職種が異なる労働を比べるような場合、その労働価値が同一であるか否かを客観性をもって評価判定することは、人の労働というものの性質上著しい困難を伴うことは明らかである」と、その困難性を指摘している。本判決は、異質の労働を同一価値と断じてはいるが、残念ながら、客観性をもって評価判定したものとは到底評価できない。
 なお、本判決については、中日新聞が社説で好意的に取り上げており(平成13年10月18日付)、この判決を賛美する論評の中には、原告と同期・同年齢男性との職務評価を詳細に行った鑑定意見書が採用され、職務の同一価値の立証に成功したと述べたものがあるが、少なくとも判決文には、そのような分析結果は示されていないことは残念である。

君嶋護男 きみしま もりお
公益社団法人労務管理教育センター 理事長
1948年茨城県生まれ。1973年労働省(当時)入省。労働省婦人局中央機会均等指導官として男女雇用機会均等法施行に携わる。その後、愛媛労働基準局長、中央労働委員会事務局次長、愛知労働局長、独立行政法人労働政策研究・研修機構理事兼労働大学校長、財団法人女性労働協会専務理事、鉱業労働災害防止協会事務局長などを歴任。主な著書に『おさえておきたい パワハラ裁判例85』(労働調査会)、『セクハラ・パワハラ読本』(共著、日本生産性本部生産性労働情報センター)、『ここまでやったらパワハラです!―裁判例111選』(労働調査会)、『キャンパス・セクハラ』(女性労働協会)ほか多数。