2017年07月18日掲載

変化創出系ミドル「課長 夏川あい」の育て方 - 第3回 実務を通じて汎用能力の土台をつくる

~STAGE-2 多面的な思考力の形成期~


PMIコンサルティング 株式会社
マネジャー 石丸 晋平

【今回のあらすじ】

 支店配属から2年半、夏川あいは支店業務に慣れていた。そんな矢先、西日本統括本部が指揮する「業務改革プロジェクト」の組織横断チームへの参画が言い渡される。さまざまな立場の人材から成るプロジェクト業務では、今までの働き方がまったく通用しなかった。夏川は、徐々に多面的な思考力を養い、環境を問わない仕事の進め方を身に付けていく。

■突然の組織横断チームへの配属

「来月から統括本部の業務改革プロジェクトに参画してもらう」
 夏川は、支店長に呼び出されると、本部が指揮する業務改革プロジェクトへの参画を言い渡された。実質的な異動の指示だった。夏川は、支店業務に慣れて仕事の進め方に自信を持ち始めており、抵抗感を示したのだが、良い機会だからチャレンジしなさいと、支店長に諭された。

 そのころ、消費の冷え込みがABC食品の業績を直撃していた。「業務改革による生産性向上」は、喫緊の経営課題であった。西日本統括本部では、複数のプロジェクトを立ち上げ、若い人材を積極的に起用していた。夏川は、全社的な流れの中で、業務改革プロジェクトの組織横断チームの一員となった。

「なぜ、この事象が生産性の低下を招くと言えるのか?」
 夏川は、知識・スキルの不足から、プロジェクトのタスクやゴールが正しく理解できず、メンバーとしてまったく機能していなかった。支店とは違い、何となく意見が通ることはなく、常に根拠が問われた。また、支店では"誰"の発言かが重要だったが、ここでは発言の"中身"が重要だった。上位者の発言であっても批判する風景になじめなかった。夏川は、参画直後こそ意気込んで積極的な発言を心掛けたが、「なぜ?」を問われる度に意気消沈し、次第に発言頻度は減っていった。

■論理的かつ多面的な思考力は、多様な人材が交わる
 仕事の基礎

「勘や経験に頼らず、幅広い事実を集めてから考えるようにしなさい」
 夏川の偏った考え方を、プロジェクトリーダーは気に掛けていた。夏川は、狭く限られた営業の経験をよりどころに、一面的な思考を繰り返していた。経験のない領域では、勘に頼って答えを探す傾向があった。そうした様子を見て取ったプロジェクトリーダーから、ロジカルシンキングの書籍を手渡され、仕事の進め方を変えるように指導された。立場や価値観、経験値の異なるメンバーと仕事を進めるためには、論理的であることは必須という。

 ロジカルシンキングの学習と、プロジェクトリーダーからの粘り強い指導のかいもあり、徐々に夏川の仕事ぶりが変わり始めた。夏川は気がついた。論理的な思考とは、事実からの主張(帰納法)か大前提からの主張(演繹法)であり、事実の収集か、大前提の理解から始めることだと。夏川は、プロジェクトに関連する書籍や事実情報をかき集め、粘り強く地道に理解するよう努めた。

「夏川さんの提案は部分最適だ。統括本部の価値を毀損しかねない」
 夏川は、自ら調査した事実を基に業務改革の施策を考え、チームに提案した。しかし、本部全体の利益を考えていないと他のメンバーから批判された。確かに、その施策は営業効率の観点にとらわれて一面的な提案になっていた。
  調達出身のメンバーからは、スケールメリットがなくなり調達コストが上がる可能性を、在庫管理に従事したメンバーからは、在庫回転率の低下と管理の複雑化により配送リードタイムが長くなる可能性を指摘された。支店業務の効率化が、最終的な利益の減少を招くとは思いもよらなかった。夏川は、視野狭窄(きょうさく)に陥っている状況を理解した。同時に、全体最適の成果を上げるためには、さまざまな立場から意見を集める必要があると強く実感した。

■反復訓練が思考力を鍛え、多様な人材交流が視野を拡げる

「思考力は筋力と同じ。負荷をかけた反復訓練の積み重ねによって鍛えることができる」
 夏川は、職務に限らず普段から思考力を磨き続けた。徹底的に繰り返し実践すると決めていた。安易な答え探しではなく、価値ある事実情報の収集に努め、それが示唆するものを丁寧に抽出した。言われるままだった上位者レビューでは、さまざまな観点や知見を引き出すための準備を欠かすことなく実施した。会議では必ず発言し、他者の意見には率直に問い掛けた。時には異なる観点からの批判や補足を行った。こうした夏川の言動の変化は、同世代のメンバーに良い影響を及ぼしていた。

 一方で、プロジェクトは十分な成果を上げられずにいた。
 現場インタビューをベースに複数の改善活動を企画し、少しずつ成果が実り始めていたが、統括本部長が満足するレベルとは大きな乖離があった。また、本部発の企画では現場が受け身になりやすく、実行段階になると現場に抵抗感が生まれていた。本部と現場が連動した改革の推進が大きな課題であった。

「現場の皆さんが、顧客価値に関わる業務に専念できる状況をつくりたい」
 夏川は、各現場の業務を分類し、業務分類別の活動時間を詳細に可視化したいと提案した。客観的な分析結果に基づいて顧客価値の低い業務時間を減らし、顧客価値の高い業務にシフトする支援活動が、現場連動のきっかけになると考えた。一部の調査コストを懸念する指摘はあったが、周囲のメンバーからの心強い後押しを受けて、夏川は勇気づけられた。チームで企画を練り上げ、統括本部長の承認を得て、段階的に実行することが決定した。
 夏川は、組織横断チームでのプロジェクト業務に充実感と自己効力感を覚えていた。目まぐるしい繁忙の中、夢中になって働き、心から仕事を楽しんでいた。

「多面的な思考力の形成期」の育成施策を考える

 20世紀型の経営環境では、特定の職務に習熟さえしていればパフォーマンスを発揮でき、効率よく組織の職務熟練力を高めることが競争優位になり得た。しかし、21世紀の経営環境では、自ら変化を創り出していく変化創出力が求められている。そして、変化創出力を育む土台には、どのような環境の下でもパフォーマンスを発揮できる力=汎用能力が備わっている必要がある。その基礎となるのが「多面的な思考力の形成」である。

 一方、企業の現場で起きている人材育成の問題は深刻だ。
 どんなに優秀な人材を採用しても、数年が経過するうちに、所属する環境に慣れ、染まりはじめる。そのまま放置すれば、徐々に限定的な経験をよりどころにした一面的な考え方に傾き硬直化していく。人材を、長い間同じ環境や職務に固定しておくと、次第に視野狭窄に陥り、まるで経営環境の変化とは無縁かのように業務に埋没してしまう。私たちはこの現象を「人材の塩漬け問題」と呼んでいる。人材の小粒化、受動的姿勢、内向き志向などの問題を抱える企業も少なくないが、「人材の塩漬け問題」が一因であることは多い。しかも、現場で戦力化された優秀な人材ほど、組織責任者が手放したがらず「塩漬け」にされやすい。

 入社後、似たような仕事だけを繰り返し、物事を一面的にしか捉えられなくなる前に、次なる成長課題を乗り越えていく職務経験のデザインが必要だ。
 第1回の序章で示した「人材育成のマクロモデル」では、おおむね20代半ばから後半を「多面的な思考力の形成期」と位置づけている。このプロセスでは、配属先から強制的に人材を引き剥がし、それまでとはまったく異なる職務経験を提供することが重要である。そのためには、ローテーションが不可欠だが、「社内の調整ができない」「組織責任者の権限が強くて人事部の意向が跳ね返される」など、さまざまな事情により適切なタイミングで有効なローテーションを講じにくいケースも少なくない。そのように異動が難しい場合でも、必要なタイミングに合わせて必要な職務経験を積むことができるよう、私たちは「Management By Experience」(MBE)というプログラムを提供し、企業へのサポートを行っている。
 この時期に推奨するMBEの取り組みとして、例えば夏川の事例に示したような、自組織から部門の生産性を高める課題を抽出し、自ら企画を立案し、多様な人材との交流を通じ、最終的に部門トップへの提言を行う職務経験の提供が挙げられる。実施に当たっては、部門トップのコミットメントや多様な人材のアサインメントなどの事前調整が必要だ。それでも、参加した人材は、何度もつまずき、勇気づけられながら徐々に視野を拡げ、熱意をもって企画を遂行し始める。

 夏川は、幸運にも多面的な思考力を形成すべき最適なタイミングに、汎用能力を育む職務経験の機会を得ている。その機会に論理的思考や批判的思考(クリティカルシンキング)の反復訓練の努力を愚直に積み重ね、さらに上司の粘り強い指導があったことは見逃せない。幅広い人材に対して汎用能力の土台をつくるためには、汎用的な知識・スキルの学習と反復トレーニングを習慣化させる人材育成計画をあらかじめ立案し実行していくことが効果的である[図表]

[図表]人材育成設計の具体例:STAGE-2 多面的な思考力の形成期

 次回は、夏川が専門的な思考力の形成を通じて、思考と行動の軸をつくる職務経験のデザインについて考えていく。

<主人公のプロフィール>

氏  名: 夏川あい

生年月日: 1977年7月12日

学  歴: 早稲田大学 法学部卒

職  歴: 2000年4月 食品メーカーABC食品に入社

【連載全7回のテーマ(予定)】

[第1回] 序章 人材育成への問題提起

[第2回] 営業先で仕事の考え方が変わった日 STAGE-1 ビジネスOSの導入期

[第3回] 実務を通じて汎用能力の土台をつくる STAGE-2 多面的な思考力の形成期

[第4回] 再び営業現場で専門能力の柱をつくる STAGE-3 専門的な思考力の形成期

[第5回] 異動先で専門能力を拡張する STAGE-4 多角的な専門性の形成期

[第6回] 職場改革をリードする STAGE-5 夏川あいの後日談

[第7回] 終章 新たな人材育成の仕組みづくり

石丸 晋平 いしまる しんぺい
PMIコンサルティング株式会社 マネジャー
人事、組織、マーケティングなど、多岐にわたる分野で、多くの企業に対するコンサルテーションの実績を持つ。企業の競争力の源泉である「人」を徹底的に洞察するアプローチから、人材開発戦略の立案、次代のリーダー開発、営業組織改革、ダイバーシティ経営の支援など、人材開発を中核としたコンサルティングに従事している。
http://www.pmi-c.co.jp/