2017年06月13日掲載

企業ZOOM IN⇔OUT - 大日本印刷

職群・等級別の勤務制度の下、育児・介護の必要性に応じて
柔軟な短時間勤務を設計可能

先進的な取り組みをしている企業の現場をレポート

[企業ZOOM]INOUT

会社概要:1876年10月「秀英舎」創業、新聞などの活版印刷を開始。翌年『改正西国立志編』(日本初の純国産活版洋装本)を完成、1882年に活字の販売を開始するなど、黎明期における国内の活版印刷事業を牽引する。戦後は出版印刷・商業印刷を進める一方、包装材や建材、電池用部材なども手掛ける。近年は環境やエネルギー、ライフサイエンス分野にも展開し、携帯電話SIMカードや宇宙日本食向けパッケージを開発。祖業に近い分野では書店、通販、電子書籍のハイブリッド総合書店「honto」の開設でも話題。

本社:東京都新宿区市谷加賀町1-1-1
資本金:1144億6400万円
従業員数:(単体)1万676人、(連結)3万9198人
<2016年3月31日現在>
http://www.dnp.co.jp/

取材対応者
労務部長 井上邦夫氏
労務部 シニアエキスパート 若狹芳弘氏
取材・文/滝田誠一郎(ジャーナリスト)

1.他社に先駆けて多彩な勤務制度を導入・充実

 大日本印刷では職群と等級に応じてそれぞれに適した勤務体系を導入している。職群は研究開発職、企画開発職、技術開発職、営業職、生産管理職、製造技能職、スタッフ職の7区分。等級は製造技能職とそれ以外の職群で異なっており、[図表1]のとおりである。

図表1 等級区分

「当社は製造業ですが、いろいろな職群・職種があります。始業・終業時刻(午前9時~午後6時)が固定されている通常勤務もあれば、コアタイムのあるフレックスタイム制やコアタイムのないコアレス・フレックスタイム制、裁量労働制、短時間勤務制度など、以前からさまざまな勤務形態を採用しています」(井上氏)
「等級によっても勤務形態は異なります。職群と等級によって勤務形態が決まるため、同じ職群、同じ等級であれば、同じ勤務区分が適用されます」(若狹氏)
 特徴的なのは、製造部門以外の部署でコアタイムのないフレックスタイム制を早期に導入しているところである。なお、フレックスタイム制、裁量労働制、短時間勤務制度などの適用割合は、全従業員(同社単体)の6~7割となっている。
 コアタイムのないフレックス勤務で働く土壌が醸成されており、業務指示や会議の設定を含め、管理職がフレックス勤務対象者に対するタイムマネジメントで特段の不便を感じることはないという。
「一定の職種、一定の等級以上の従業員の場合はフレックスタイム制や裁量労働制を採り入れて、従業員一人ひとりにタイムマネジメントを任せたほうが結果的に生産性は上がります。固定された始業・終業時刻の下で働くよりも時間外労働を削減でき、ワーク・ライフ・バランスも向上します。総合的に見て会社・従業員双方にメリットがあるという考え方に基づき、こうした柔軟かつ弾力的な労働時間制度を他社に先駆けて導入してきました」(井上氏)
 同様の考え方から、同社は短時間勤務制度(1日の所定労働時間8時間から2時間まで短縮可能な勤務制度)の導入にも積極的で、2000年代初頭からいち早く取り組んでいる。背景にあったのは90年代後半から積極的に採用し始めた女性従業員の離職率の高さだった。
「2000年ごろは出産、育児を契機に退職する女性従業員が少なからずいました。すでにフレックスタイム制を導入していましたが、当時はまだ所定労働時間の8時間をフルに働く人が多く、保育園の送り迎えもなかなかしづらい状況でした。それではいけないと考え、仕事と育児を両立できる制度、仕組みづくりに注力するようになりました。短時間勤務制度もその一環です」(若狹氏)
 現在、育児・介護休業法で短時間勤務制度(または代替措置)の実施が義務づけられているが、同社ではそれ以前から育児や介護をしながら働き続けられる環境を独自に模索し、順次制度の導入・充実を図りつつ現在に至っている。

2.短時間勤務制度は「小学校4年修了時」まで利用可能

 フレックスタイム制や裁量労働制は職群と等級に応じて自動的に適用対象者が決まるが、短時間勤務制度については希望者が人事労務部門に書面で適用を申請する。対象は育児・介護の必要に迫られている従業員である。
 育児短時間勤務の場合、妊娠→産前産後休暇→育児休業→復職のいずれかのタイミングで申し出る。もちろん女性に限らず男性も申請でき、社内結婚していても夫婦そろって利用可能だ。実際には夫婦のどちらか一方が申請するケースがほとんどだという[図表2]
 育児短時間勤務は、最大で子どもが小学校4年修了時まで申請できるが、「実際にはもっと早いタイミングでフルタイム勤務に復帰する従業員も少なくない」(井上氏)とのこと。
 介護短時間勤務の場合、希望者は介護対象者が介護保険の要介護認定を受けていることを証明する書類の写しを添えて申請する。利用認定に当たり、介護対象者と同居しているかどうかは問わない。

図表2 同社の短時間勤務制度と出産、介護、看護関連制度

出産
(産前・産後)
育児短時間勤務制度 妊娠中または子(小学校4年生修了までの子)を養育するために1日2時間の所定労働時間を短縮できる短時間勤務の措置(所定外労働および休日労働の免除を含む)を受けることができる
仕事と育児の両立支援プログラム 妊娠期から育児と仕事の両立を体系立て支援する仕組みで、「スムーズな休業取得」「円滑な職場復帰」「仕事と育児の両立」をサポートする
妊娠休暇 妊娠3カ月以上の女性社員は月4日まで通院等のために特別休暇を取得できる(有給)
産前産後 8週間(多胎妊娠の場合は14週間)以内に出産する予定の女性社員が休業を請求した場合および産後8週間を経過しない女性社員の休業制度
介 護 介護短時間勤務制度 要介護状態の家族の介護のために1日2時間の所定労働時間を短縮できる短時間勤務の措置(所定外労働および休日労働の免除を含む)を受けることができる
介護休暇 要介護状態の家族の介護のために1人の場合は年5日、2人以上の場合は年10日まで特別休暇を取得できる(有給)
ライフサポート特別休暇 年次有給休暇の残数が5日以下になったとき、利用目的(家族の介護)に該当すれば、直近2年間で失効した年次有給休暇を1年で最大30日まで取得できる
介護休業 要介護状態の家族の介護のために通算366日まで、12回を上限として介護休業の分割取得が可能
次世代育成・介護支援手当 満18歳未満の子、孫、弟妹、要介護状態にある家族や障害を持つ家族を扶養する場合には、次世代育成・介護支援手当が支給される
看 護 看護休暇 家族の看護のために年10日まで特別休暇を取得できる
ライフサポート特別休暇 年次有給休暇の残数が5日以下になったとき、利用目的(家族の看護)に該当すれば、直近2年間で失効した年次有給休暇を1年で最大30日まで取得できる

 育児・介護ともに、申請があれば原則として短時間勤務を認めている。短時間勤務の種類は[図表3]のとおりである。
 同社単体における実際の利用状況を見ると、現状で介護短時間勤務の利用者はいないが、育児短時間勤務の利用率は全従業員の2.4%で、短時間勤務を必要とするほぼすべての従業員が適用を受けている。

図表3 適用となる短時間勤務のパターン

職  場 短時間勤務パターン
始業・終業時刻が決まっている職場(製造職場等) 普通勤務短時間勤務制度
フレックス勤務適用職場 コアタイムあり(コアタイム:午前10時~午後4時) コアタイムありフレックス短時間勤務制度(コアタイムは同左)
コアタイムなし コアタイムなしフレックス短時間勤務制度

3.運用状況

 本人にとって育児・介護の事情は都度変化することから、短時間勤務の申請は年1回受け付けることにしている。その際、具体的な短時間勤務のシフト希望も提出してもらう。1カ月の所定労働時間(20日勤務の場合。以下同じ)は、フルタイム勤務の場合1日8時間×月20日=160時間だが、短時間勤務の場合は1日6時間×月20日=120時間となることから、1カ月に40時間短くなる所定労働時間の中で具体的にどのような働き方をしたいのか把握するためだ。
 [図表3]のとおり、製造技能職にはフレックスタイム制等を適用しないため、制度上の始終業時刻を基準に始業時刻を2時間遅らせたり、終業時刻を2時間早めたり、始業時刻を1時間遅らせて終業時刻を1時間早めたりすることになる。一方、フレックスタイム制等が適用される「製造技能職以外の職群」では、月120時間の所定労働時間の中で育児や介護の必要性に応じたより柔軟な短時間勤務を設計できる。
「フレックスタイム制で働いている従業員が短時間勤務をする場合は、月120時間の所定労働時間の中でどう働くかを自分の裁量で決めるのが基本です」(井上氏)
 短時間勤務の開始に際して上司は、本人から事前に大まかな勤務スケジュールの目安(週間・月間など)を提出してもらう。例えば「子どものお迎えのため、月・水・金は午後4時前に退社したい。反対に火・木は配偶者がお迎えに行くので、午後6時まで勤務できる」といったイメージだ。厳密な見通しでなくてもよく、「子どもが急に熱を出した」「家族の体調が悪くなった」などの突発的な事態を受けた勤務時間変更を想定した上で、上司や同僚とのコミュニケーションの中で柔軟に対応することになる。
 自らの裁量で働いた結果、1カ月の実労働時間が短時間勤務所定の120時間を超えた場合、同時間を超えた実労働時間分の賃金はもちろん支払われるが、(法定内の)時間外の割り増しはつかない。実際は、短時間勤務者が月120時間超働くことはほとんどないという。業務量等の調整が効果を上げていることの証左であり、短時間勤務に対する管理職、同僚の理解があればこそといえるだろう。
「部下の誰かが短時間勤務を申請したタイミングで、上司に対して短時間勤務制度に対する理解を求めたり、配慮すべきことを説明したりする機会を設けています。短時間勤務制度をきちんと機能させるには、やはり職場の上司や同僚の協力・配慮が欠かせません」(若狹氏)

4.短時間勤務者の人事評価、配転ルール

 主にワーク・ライフ・バランスの観点──とりわけ女性従業員の活用を図る目的で導入された短時間勤務制度だが、その導入後、女性のキャリアアップの観点から一つの問題が浮上する。通常のフルタイムで働く従業員(以下、フルタイム勤務者)に比べて、短時間勤務者の人事評価が低く抑えられる傾向が見られるようになったのである。
「短時間勤務を制度化した当初はフルタイム勤務者と短時間勤務者を区別せず、同じ考課対象の母集団の中で評価していました。結果としてフルタイム勤務者の評価が高くなり、短時間勤務者の評価は相対的に低く抑えられがちになりました」(若狹氏)
「月の労働時間が160時間の従業員と120時間の従業員を同じ母集団で評価すれば、時間当たりの労働生産性という視点での評価を意識しながらも、アウトプットの量で評価してしまうと、月160時間働くほうの評価が結果として高くなる傾向が一部に見られました。とはいえ、その結果、昇級や月例賃金、退職金等にまで差が付くことが妥当か、当時大きな議論になりました。そこで、2010年からフルタイム勤務者と短時間勤務者を別々に評価する仕組みを採り入れ、さらに短時間勤務者を部下に持つ管理職を対象とした研修を実施しました」(井上氏)
「別々に評価する」とは、目標管理制度における目標レベルをフルタイム勤務者と短時間勤務者で別々に設定するということである。フルタイム勤務者の目標レベルを100%(以下同じ)とし、それとは別に短時間勤務者用に「90%」と「80%」の二つの目標レベルを設け、短期時間勤務者が半期ごとに目標レベルを上司との面談の上で選択できるようにした。さらに、短時間勤務者でも自信があれば目標レベルを100%とし、フルタイム勤務者と同じ枠の中で評価を受けることも可能になっている。実際、100%の目標レベルを設定し、短時間勤務者でありながらフルタイム勤務者と同等の成果を上げているケースもあるそうだ。
 フルタイム勤務者より月当たり40時間(25%)短い労働時間で同目標レベルの80~90%をすべて達成できれば、フルタイム勤務者が100%の目標を達成した場合と同じように評価する[図表4]。この仕組みにより、長期にわたり短時間勤務をしたとしても昇級等の面で不利になることはなくなった。

図表4 短時間勤務者の目標レベルの設定基準と評価

 賞与は目標レベルと目標の達成度に応じて水準が決まる。目標レベル90%につき、これを完遂した場合はフルタイム勤務者の90%が、目標レベル80%を完遂した場合は同80%が支給される。目標レベル100%を選び、これを100%達成した場合の支給率は、当然100%となる。
 短時間勤務時の配置転換・人事異動に関して特に明文化されたルールはないが、育児や介護といった事情を抱えている従業員にあえて発令することは少ないという。
「例えば同じ勤務地、同じオフィスの中で隣の課に異動になる、同じ課の中で違うグループに替わるなどのケースはあり得ますが、職場環境が大きく変わる異動は実態として少ないです」(井上氏)

5.社内外の評価と今後

 フレックスタイム制、裁量労働制、短時間勤務制度の組み合わせは、「使い勝手がいい」と従業員からも好評価を得ている。
「短時間勤務では、月120時間の所定労働時間の下で毎日4時に帰って子どもを迎えに行ったり、時には3時に帰ったりと、始終業時刻に縛られずに柔軟な働き方ができるため、従業員にとって使い勝手がいいと思います。かつては結婚、出産を機に退職する女性従業員が少なからずいましたが、今ではほぼ皆無です。その背景にはいろいろあると思いますが、多様な勤務時間制度が継続就労を後押しする大きな力になっていることは間違いないと思います。各人がそれぞれの事情に合わせて賢く使うことで、生産性の向上にもつながっているかもしれません」(井上氏)
 同社のワーク・ライフ・バランスの取り組み、柔軟な勤務時間制度は社外でも高く評価されており、2014年度には経済産業省が主催する「ダイバーシティ経営企業100選」に選出されている。これは同社の女性活躍支援策や時間資源を有効活用して仕事の付加価値を高める「働き方の変革」などの取り組みが評価されたものである。また、2016年には日本生産性本部主催の「第9回ワークライフバランス大賞」で大賞を受賞している。こちらは組織と個人が連動した働き方改革と、従業員のキャリア形成・自己実現への支援が評価されての受賞となった。
「今後も、労働基準法の改正などを見据えながら、わが社にふさしい勤務形態があれば、従業員や労働組合の声も聞きながら導入を検討していきます。新たな仕組みもさることながら、現行制度の見直しも適宜行い、時代に即したバージョンアップを図っていくことが必要だと考えています」(井上氏)