2016年11月04日掲載

従業員の行動を変え、企業風土を変える「経営理念浸透」の進め方 - 第3回 さらに深く経営理念を浸透させる、とっておきの五つの方法


坂上仁志
株式会社フォスターワン 代表取締役社長 経営コンサルタント

〈編集部より〉

連載「『経営理念浸透』の進め方」第2回では、経営理念を浸透するための重要なポイントと、具体的な事例について紹介いたしました。続く第3回では、さらに深く経営理念を浸透させる五つの方法と心構えを紹介していきます。

なお、引き続き経営理念の浸透に関する課題や疑問を募集しています。次回の連載第4回(最終回)では、皆さまからの質疑応答を中心に執筆いただきます。連絡先の詳細は、連載の末尾をご覧ください。

前回、経営理念の浸透のさせ方について、比較的どんな会社でも取り組みを行いやすい方法を五つまでお話しした。さらに具体的な、そしてさらに深く経営理念を浸透させる方法について今回は話をしていきたいと思う。

経営理念の浸透に向けた、具体的な事例⑥~⑩

事例⑥ 「コンパ」も仕事、飲みながら話せ

経営理念を浸透させようとするときには、「コンパ」を勧めている。これは京セラ名誉会長の稲盛和夫氏も、京セラや盛和塾(経営者の学びの場)の中でずっと取り組んできたことである。

コンパとは、缶ビール1本と乾き物(ピーナツなど)だけでも良いので、お互いに一杯やりながら胸襟(きょうきん)を開き、自分の考えを話し合うというものである。人は食事をしながら話した人を好きになるという心理学のデータがあるように、一杯飲みながら仕事についての考え方や経営理念について互いに話すことは、経営理念を浸透させる上で非常に大事なプロセスとなる。もし今の時点で、あなたの会社においてこの取り組みをしていないのであれば、今日からスグにやり始めることをお勧めしたい。

<なぜこの取り組みが必要か>

自社の社員と、月に1回も飲まずに経営理念を浸透させようとするのは、少し無理があるかもしれない。コンパといってもただの飲み会とは違い、やはり仕事の話を中心にして、経営理念や自分の考え方について社長が社員と話をするという場であってほしい。つまり、「コンパは仕事である」と思うことである。また、社員同士であってもただの飲み会にはせずに、仕事に対する考え方、思いについて話し合う場としたい。

経営理念浸透に向けたコンパは段階的に実行したい。例えば月に1回から週に1回、そして週に2回――つまり月8回というように、回数を増やしていけばいいのである。ある上場企業の社長A氏は「私は社外の人とはほとんど飲まない。月に20日間ぐらいは社員とずっと飲んでいるよ」と言っている。「そこまで自慢をしなくても良いのではないか…」と思うところもあるが、これはその人が持つ強い信念であり、社員とのコミュニケーションをとる上では素晴らしい取り組みだ。

コンパにもルールがある。より詳しいコンパのルールについては、[図表1~2]をご覧いただきたい。これはフォスターワンでお伝えしているコンパのルールであるが、この中にもコンパに対する考え方、理念が集約されている。たかがコンパ、されどコンパなのである。リーダーである皆さんは、どのくらいできているだろうか? 経営者や管理職ほど忘れがちな心得を[図表3]に整理してみたので、ぜひ自己採点してみていただきたい。

図表1 コンパとは何か? コンパのルール10

コンパとは【仕事】である

~飲みながら仕事の話をする場/
缶ビールと乾き物、うどん一杯でもいいから
メンバーと胸襟を開いてこころを通じ合わせる場、時間

コンパ実施に当たっての重要ルール10:

①仕事の話をする ②後ろ向きより前向き ③人より自分 ④過去より未来
⑤「ぶり」より「たい」 ⑥怒るな叱れ ⑦しゃべるな語れ ⑧利己より利他
⑨否定するな、WANTSを語れ ⑩自社より顧客

図表2 コンパのルール10

①仕事の話をする

どうでもいいテレビの話などしない/自分自身の歴史、価値観を語る自己開示はOK/自慢話をするな、弱みをさらけ出せ!

②前向き、建設的な話をする

上司や会社の悪口をいって成功した人はいない/不平、不満、愚痴は人生を悪くする

③人より自分

人がどうしたと悪口を言う前に、自分は何をしたのか、自分はどうしたいのかを語れ!

④過去ばかり語るな、未来を語れ

子どもは過去を話さない、年寄りは未来を話さない/どちらの時間に生きるのか/過去を持ち出すな、今を語れ/「君はむかしから…」「1年前のあのときは…」とほじくり返さない/夫婦も同じ

⑤人間やっぱり「ぶり」より「たい」

"知ったかぶり、やっているふり"よりも、リーダーは「私はこうしたい! こうありたい!」を語る

⑥怒るな、叱れ!

「怒る」とは自分の感情に任せている状態、「叱る」とは"いいものはいい、悪いものは悪い"と冷静に是々非々を伝える状態/人を叱るな、事を叱れ/A君の人格を否定しないこと、恨みを買うだけ/君が報告をしないことはダメ、とその行動を叱ること

⑦しゃべるな! 語れ!

人生を「しゃべる」とは言わない、人生は「語る」もの/重みのある語りの時間にする/上司をほめてもこびを売るな

⑧利己より利他

自慢話や"自分だけよければいい"という利己的な話は周りの人に迷惑だ/それよりも他人によかれ、という利他の話をする

⑨否定するな、WANTSを語れ

「お前はここがダメだ」と言わない、「君にはこうあってほしい」「それはこうありたいよな」と語る

⑩自社より顧客

自社の都合のことより、「お客様はどう思っているのか?」「どうしてほしいのか?」「どうすると喜ぶのか?」を語る

図表3 コンパを成功させる心得

・止まるな動け!

自分の席で偉そうに座り続けない/上席者ほど自ら新入社員にお酒をついで回ること

・話し聞く

自分ばかり話すな、人の話を全身で聞け/気持ちも体も向けよ・合わせよ/8:2の割合で多く聞くつもりでちょうどいい

・お店の人にエラそうにするな! 感謝して謙虚であれ

「おい! 酒もってこい!」の行動に本性が出る/料理が来たら「ありがとうございます」と言い両手で受け取ること

・食い散らかすな、片づけよ!

酒席こそ修行の場/酒は飲んでも、飲まれるな/酒席の最後はグラスお皿を机の端にきれいに片づけよ/店員に感心されよ!

・お金はきれいに

その日に決算せよ/少し余ったからと自分の財布に入れるな、信用を失う/支払うほうは幹事がつり銭に困らないように1万円札で払うな!

・礼を正す

ご馳走になったら店の外で待ち、ごちそうさまでしたと頭を下げよ/ダラダラと2軒3軒と行くな/明日の仕事がある、23時には上がれ/飲むのは仕事だと心得よ

<より効果的なコンパの進め方、バリエーション>

そして、社長のタイプによって、コンパの進め方が少し違ってくる(社長のタイプ別の経営理念の浸透戦略については、本連載第1回を参照)。創業社長の場合は自らの思いの丈を熱く語るだろうし、2代目社長の場合は社員の様子を窺(うかが)うことが多いかもしれない。そしてサラリーマン社長であれば、分かったふりをして(?)社員の話を聞いているのかもしれない。社長のタイプごとにコンパの進め方もそれぞれあるであろう。それは各企業で、あるいは自分の中でトライ&エラーで試しながら修正していっていただきたい。

地方都市の場合、ほぼ全社員が車で通ってくるのでコンパはできない、という会社もある。しかし日にちを決めて、「やる」と社長が決心をしさえすれば、社員も賛同してコンパに参加してくれるはずだ。自動車の問題は運転代行サービスを利用すれば解決できる。ちなみに、「代行 料金」で検索すると、全国平均で、5kmで2230円(2016年8月)といった相場であるようだ。

また、「家族会」をするのもいい。社員の家族を呼んで年に1回または2回、経営者が会社についての考え方を話し、食事をしながら社員に理解をしてもらう。社長やリーダーが自ら社員の奥さんに「いつもありがとうございます」と言い、「私はこんな会社にしていきたいんです、こんな仕事をしていきたいのです!」と語り続けることが大切だ。そうすれば、いざとなったときに奥さんが「あなた、あんなにいい社長がいる会社を辞めてはダメよ」と言って、応援してくれるかもしれない。もちろん、奥さんや子どもが家族会をいつもワクワクして待ち遠しく思えるように、参加して楽しめる企画(遊園地、ゲームなど)も用意しておいていただきたい。「楽しかったね! 家族会。また行こうね!」と言ってもらえる企画にしよう。「また、例の家族会~!? なんて言って断ろうか……」とならないように注意が必要だ。

事例⑦ 1泊2日で合宿をする

社員を集めて、経営理念についてだけ語る1泊2日の合宿をするのも楽しい。まずは社長と幹部だけが集まり、合宿をしてみてほしい。日ごろの経営会議などでは十分に認識できなかった経営陣それぞれの考えを知り、経営理念についても率直に意見交換をすることができる。

これを一般社員レベルにも広げていく上で、進め方はいろいろある。まずは自社の経営理念についてどう思うのか、経営者やリーダーはどう思っているのか、どこに問題があるのか、どうすればより社員が経営理念を理解してくれるのか、ということについてじっくり時間をとって話し合ってみてほしい。そのときも、夜を徹して一杯やりながら経営理念について語り合うことによって、お互いの考え方を理解することができる。

<なぜこの取り組みが必要か>

人は多くの場合、他人を理解していないし、しようとも思わない。理念について話をしてもすれ違うことが多い。だからこそ、経営理念という一つテーマに絞って、腹を割って素直に、お互いに意見を出し合っていくことが大切なのである。そのときは、特に相手の意見を聞く努力をすることが大切である。

ここでも「話す、聞く」という非常にベーシックなことを大切にして、お互いに時間と考え方、経営理念を共有する。その取り組みこそが経営理念が全社に浸透していく一つのきっかけになっていくのである。「部下にやらせる」ではなく、まずは社長と幹部というトップ層から取り組んでみてほしい。

□各社の合宿の取り組み例:

東京の売上300億円規模の製造業A社では、1年かけて経営理念手帳をつくり、毎月、社長と幹部が合宿をして経営理念浸透をやり続けている。また、九州の社員1000名超の企業B社では、社長は毎月、幹部・リーダー数人が交代で毎月合宿をやり続けている。

JAL再生に当たって稲盛氏がまず初めに取り組んだことも、こういった理念の浸透活動である。やはり、寝食をともにすることが、人のつながりをつくる上では重要なのである。

事例⑧ 社員寮をシェアハウスにする

3大都市圏では難しいかも知れないが、地方都市では導入しやすい項目である。新入社員が数人入ったら、一戸建ての家を借り上げて、シェアハウスとして新入社員同士がそこに住むようにする。または社員同士が住むのもいい。

<なぜこの取り組みが必要か>

「同じ釜の飯を食う」という言葉があるように、やはり日本人は古来より同じ釜の飯を食う中で仲良くなってきた。会社に9時に来て18時には帰っていくだけの間柄では、考え方や理念を共有することはどうしても難しい面がある。一人でいるほうがいいと言う社員もいるかもしれないが、やはり人は社会的動物であり、人と人との触れ合いが必要である。人は誰でも一人でいれば寂しい。しかし、同じ家に支え合える仲間がいればうれしいものだ。特に若い社員同士であれば、お互いに価値観もまだ凝り固まっておらず柔軟性もあるので、経営理念や会社の考え方を理解しやすく、馴染(なじ)みやすい。

<より効果的な進め方>

社長やリーダーもシェアハウスに泊まり込んで同じ釜の飯を食い、コンパで一杯やりながら、「この会社はこういうふうにしていきたい、こういうときにはこういうふうにやっていきたい」という未来を語ってほしい。そして、過去にこんなことがあったからこうした考え方になったのだ――という物語を語ることで、社員に考えを理解してもらいやすくなる。

事例⑨ 経営理念を浸透させるためには、まず「社長は経営に身を捧げる」こと

本連載の第1回で、経営理念の浸透させ方において、トップの本気度が最も重要であると言及した。トップの本気度=①率先垂範×②言行一致×③信念の継続(24時間・365日真剣に思い続ける)という話である[図表4]

[図表4]トップの本気度を測る指標

トップの本気度=①率先垂範×②言行一致×③信念の継続

① 率先垂範  …誰よりも働き、自ら範を示す

② 言行一致  …言っていることとやっていることが一致している

③ 信念の継続 …経営理念を深く・強く思い、信念にまで高めていく

「社長は経営に身を捧(ささ)げよ」――これは、カレーハウスCoCo壱番屋(株式会社壱番屋)を創業した宗次德二(むねつぐ とくじ)さんの言葉である。宗次さんは超早起きで、毎朝4時に起きて1日16時間、1年365日、年間5840時間、ほぼ毎日働き続けたという方である。ゴルフもしない、映画も見ない、夜遊びもしないという姿勢を通し続け、全くゼロから一部上場企業を作り上げた人だ。

その人が言う言葉が「社長は経営に身を捧げよ」である。〇〇会や〇〇クラブに精を出し、平日の昼間から仕事と称して、何か分からない外部の打ち合わせに行ったり、仕事と称して夜の街で飲んでいる――という経営者とは雲泥の差だ。

社長が働く姿を見て、社員が社長を気の毒に思うほど仕事をする、それをやり続けることが、経営理念を浸透させるに当たってとても大切だ。社員に"社長があれほどやっているのだったら、私たちもやらないわけにはいかない"と思ってもらえるかどうかが重要となる。

<なぜこの取り組みが必要か>

もちろん仕事を通じて経営理念を実現するのではあるが、現実は人と人とのつながりの上で会社は成り立っていく。やれワーク・ライフ・バランスだ、"仕事は仕事、プライベートはプライベートだ"と言ってみても、最後は「人」なのだ。義理と人情、思いやりの心が大切だ。人は誰でも、自分がそこに属していること自体がうれしいと思えるような組織で働きたいと思っている。

カサカサした仕事だけの付き合いをする会社のどこが楽しいのだろうか。社員がみな家族のように付き合う、大家族主義の経営――「俺が最後までお前の面倒を見る」「私は最後までついていきます」――実はみな、そういう関係にあこがれているところがあるのだ。「何を時代がかった話をしているんだ」と思われるかもしれない。しかし、「そういう関係もちょっといいな……」という思いが、あなたの心には起こらなかっただろうか?

V9を達成した巨人軍では、スーパースターの王と長嶋がチームで一番練習をしたそうだ。"あの人があそこまでやるから、自分たちもやらざるを得なかった"――当時のメンバーはそのように語ったという。一流のリーダーは、自分に厳しく人に優しいため、"この人と一緒にやっていこう"と思わせる。そういう気持ちを起こさせる理念と行動を、トップやリーダーが範として示し続けることがとても大切なのである。

事例⑩ 経営理念を通じて「業績が良くなる!」ために~京セラフィロソフィに学ぶ

経営理念はただの空理空論ではなく、実際に業績が良くなることがとても大切だ。空理空論、キレイごとを言うだけでは人は動かない。だからこそ、具体的に毎日の行動に落とし込まれた経営理念が必要となる。

例えば京セラで受け継がれている京セラフィロソフィでは、「日々採算を作る」「一対一対応の原則」「売上最大、経費最小」というような言葉がある。これはPL(損益計算書)やBS(貸借対照表)を学ぶことに通じる概念だ。「一対一対応の原則」とは、"物が動けば伝票も動かす"というルールである。全世界で社員が何万人いようが、すべての物やお金のやりとりを一対一で対応していくという原則である。これを守ることによって、正確な決算を行うことができる。もしこれを行わなければ、会社の月末に出てきた決算数字が嘘になってしまい、正しい判断ができなくなくなってしまう。

しかし、現実には上場企業でさえこの一対一対応の原則が取られていないケースも多い。粉飾決算をして倒産した会社もある。それを防ぐために、経営理念の中に正しい会計の原則があり、業績を良くする考え方を入れておく必要がある。

連載「『経営理念浸透』の進め方」では、経営理念を浸透させるための大前提を確認した上で、具体的な浸透に向けた具体的な取り組みを紹介してきた。第4回(最終回)では、経営理念の浸透に関する、読者の皆さまの課題や疑問を基に、質疑応答を中心にお届けしたい。

坂上仁志 さかうえ ひとし
株式会社フォスターワン 代表取締役社長 経営コンサルタント
早稲田大学講師(2011年)

一橋大学卒、新日鉄、リクルートなどNo.1企業に勤務後、業界特化型の人材企業をゼロから立ち上げ日本一の会社にする。経営理念と経営戦略の著書を複数執筆している"日本でただ一人の経営理念と経営戦略(論語とそろばん)の専門家"。著書に『ランチェスターNo.1理論』『ランチェスター経営戦略』『ランチェスター営業戦略』『経営理念の考え方・つくり方』『日本一わかりやすい経営理念の作り方』などがある。
株式会社フォスターワン http://www.foster1.com/
経営理念ドットコム http://www.keieirinen.com/

 

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今回からスタートした本連載の第4回(最終回)では、経営理念の浸透に取り組まれている皆さまが直面している実務面での課題や悩み、疑問について、執筆者の坂上氏からヒントやお答えをお届けする形で解説いただく予定です。「どうすれば理念が社員に定着するのか」「浸透度合いをどのように考えればよいのか」など、悩みやご質問をメールにてお寄せください。すべての課題・疑問に回答はできかねますが、坂上氏には「必ず、すべてのメールに目を通す」とお約束いただいています。ご遠慮なく、お気軽にメールをお寄せください!

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