マーサー ジャパン株式会社
組織・人事変革コンサルティング コンサルタント
第1回は人事評価の見直しのトレンドと背景、第2回は実際の新人事評価の「型」と設計ステップについて紹介してきた。
第3回となる今回は、新たな人事評価の導入後、その運用の要諦は何かについて考えていきたい。
1.新たなパフォーマンスマネジメントにおける運用の要諦
パフォーマンスマネジメントの見直しに取り組む企業が、例外なく指摘するのは、マネジャーの変容である。マネジャーのケイパビリティ(企業競争力を高める原動力となる組織的な能力や強み)の向上が、新たなパフォーマンスマネジメントを運用する上での成否を分けるということだ。
確かに、これまで同様、マネジャーのケイパビリティが人事評価の運用の心臓部であることに疑義を唱える余地はないだろう。しかし、筆者は「トップマネジメント」「マネジャー」「メンバー」の三位一体のチェンジマネジメントが、同時に求められ、この点にこそ新しい人事評価の潮流の本質があると考えている。
2.トップマネジメントに求められるチェンジマネジメント
[1]フィロソフィーの体現
新たなパフォーマンスマネジメントの根幹を担うフィロソフィーとは、成果の先行指標ともいえる「組織と人材のケイパビリティ」に着目して、個の成長を組織の成長にダイレクトにつなげることである。
このフィロソフィーを現実のものにしていく上で必要なことは、トップマネジメントが、その体現者として自身の成長を追求し続けている姿を見せることである。
Facebookのザッカーバーグが、会社が成長軌道に乗った頃、自らにエグゼクティブコーチをつけ、尊敬する先人に相談を重ね、経営者らしさを学んだというエピソードは、フィロソフィーの体現者として好例といえるだろう。トップマネジメントであっても例外なく自ら積極的にフィードバックを取りに行き、個として成長しようとしている姿を率先垂範して示すということが、組織に多大な好影響を及ぼすことになる。
[2]変革に対するコミットメントの明示
個の成長を最重要視しており、全面的に支援しようとしている姿勢を、"時間的コミット"を通じて明示することも有効である。GEの歴代CEOが、自身の時間の一定割合を人材育成に充てているというのは有名な話だが、このように姿勢を具体的な行動で見せることは、分かりやすく効果的であるといえる。現場が白けないように、トップが自ら現場に介入する姿で本気を示すというのは、非常に大事な要素なのである。
[3]支援体制の整備
支援体制については、大きく二つのポイントがある。一つは、運用の心臓部であるマネジャーに明確な権限委譲を行うことである。もう一つは、彼らのピープルマネジメントの質的向上を支える人事部機能を構築することである。
これまでの人事評価における人事部の役割は、レーティング等の仕組みを活用したマス管理のコントロールタワーというのが実態であろう。これには、現場のラインマネジャーの運用負荷を軽減するという大きな貢献があった。しかし、その反面、人事部が最終的にマス管理の中で決定するという意識が働き、結果として、どこかでラインマネジャーのメンバーの評価に対する責任感を削いでいた面も否めない。
しかし、マス管理から個に焦点を当てると、そもそも人事部が中央集権的にコントロールすることは現実的ではなく、現場のラインマネジャーに運用主体を切り替えていくことが必然となる。この大きな変化の中で、マネジャーに運用の責任と同様、明示された権限委譲を行うことで、初めて積極的なコミットメントが実現できる。また、人事部には、これまでのような運用主体としての立場を脱し、メンバーに対して、コーチングを施すラインマネジャーをコーチするという立場、いわばコーチ(=ラインマネジャー)のコーチとして、ラインマネジャーによるメンバー育成を側面から支援するという存在意義を再定義することが必要になってくるだろう。
3.マネジャーに求められるチェンジマネジメント
[1]シェルパという役割の認識
シェルパとは、もともとは荷物運びであったが、登山技術を磨いて登山ガイドとしても活動しており、彼らなしではヒマラヤ登山は成立しないといわれるような、登山者と共に山に登るプロフェッショナルであり、パートナーのことを指す。
ここで言いたいのは、マネジャーとメンバーの関係性は上下(縦)ではなく、パートナー(横)ということである。
マネジャーは、メンバーが成し遂げたいミッションや目指す姿を理解し、同じ風景を見ながら、その道のりにおける困難を共に乗り越え、その実現に向けて伴走する、ゴールへの到達を支援するという立ち位置であることを認識する必要がある。そうした認識を前提として、初めてスキルや能力が活きてくる。マネジャーとして何をするのか(Doing)の前に、どうあるべきか、その在り方(Being)について意識をしっかりと持つことが肝要である。
[2]フィードバックのリズム・カルチャーの醸成
いかにフィードバックが当たり前のこととして行われるか、これを文化として昇華することがマネジャーの重要な役割である。疑問を持つことなくフィードバックが当たり前のように行われる、逆にフィードバックが行われないと居心地が悪いという世界観を組織に植え付けることが求められる。
そのために必要なことは、まずは頻度(量)である。
「量が質を生む」とよく言われるが、運用初期段階においては、極端にいえばフィードバックの質はいったん度外視して、とにかく頻度高くフィードバックし続けることが大事である。そうすることで、マネジャーとメンバーの間でフィードバックを実施するリズムが埋め込まれ、日常化し、結果としてフィードバックカルチャーの醸成につながる。
そうした対話とフィードバックを繰り返すことで、副次的な効果としてマネジャー自身も気づきを得て、結果としてマネジャーもメンバーも好循環での成長が生まれることが理想である。
[3]Manage (Control) performanceからInspire performanceへ
新たなパフォーマンスマネジメントにおいては、"管理"という概念から脱却する必要があるだろう。マネジャーに求められるのは、メンバーに内在する成長の種を見つけ、動機づけることでポテンシャルを最大限に"引き出す"ことである。そのために必要になるのが、各社が共通して課題定義している「コーチングスキル」である。
単に無機質に結果の良しあしを管理するのではなく、パートナーとして向き合い、メンバーが掲げるミッションを深く理解し、モチベーションを形成する要因・要素を探し当てて動機づける。外から"正解"を与えるのでは、マネジャーのケイパビリティを超えるレベルまでメンバーが成長を遂げることは難しいが、メンバーの"内なる答え"を引き出す手助けをすることで、想像以上のパフォーマンスを引き出すことがマネジャーの重要な役割になってくる。
4.メンバーに求められるチェンジマネジメント
[1]キャリアオーナーシップを持つ
第1回でも触れたが、今後、技術革新により人間が担う仕事の領域が現在とは異なるものに変化していくことが予見されている。そういった環境下において、環境変化に流され受動的に対応するだけでは、キャリアを切り開いていくことは難しいだろう。
読者の方は「キャリア権※」という言葉を耳にしたことがあるだろうか。
キャリア権とは、海外から輸入された概念ではなく、法政大学大学院の諏訪康雄教授が提唱したものであり、人事権と対をなす概念である。日本は米国に比べ個人の選択・意思決定の余地が小さいことから、キャリアをめぐる個人の主体性を法的にも基礎づける必要性が高いだろうという問題意識の下に、意識的な理論構築がなされている。
※キャリア権: 働く人が自分の意欲と能力に応じて希望する仕事を選択し、職業生活を通じて幸福を追求する権利(出所:NPO法人キャリア権推進ネットワーク)
日本では、新卒採用からの終身雇用という形で、就「職」ではなく、就「社」という概念が色濃く残っている。入社後も、強大な人事権の存在の中で専ら組織により個人の職業・キャリアが決定される傾向にある。しかしながら、今後の不透明かつ変化の激しい経営環境下では、会社は個人のキャリアを何も保証してくれない、あるいは保証できない。したがって、メンバーは受動的なマインドセットではなく、自身の意思に基づき、将来的にどうなりたいのかというキャリアを主体的に描くことが新たなパフォーマンスマネジメントにおける前提条件となるだろう。
[2]フィードバックに対するレディネス
フィードバックという言葉に対して、みなさんはどのようなイメージを持っているだろうか。フィードバックは多かれ少なかれ、現在の自分自身を否定する側面も持ち合わせているため、耳の痛いことを言われる、ダメ出しをされるといった否定的なイメージを持っている人が多いのではないだろうか。
しかし、フィードバックはダメ出しではなく自身の成長の促進剤であるという認識に変わると、その風景やフィードバックとの接し方が大きく変わってくる。むしろ自らフィードバックをしてもらいにいくという行動も出てくるかもしれない。
いくらマネジャーが積極的にフィードバックやコーチングをしても、フィードバックを受ける側のメンバーに受容性がなければ、「労多くして益少なし」ということになってしまう。世間では、盛んにマネジャーのフィードバックやコーチングスキルの向上が言われているが、実は肝になるのはフィードバックを受ける側のレディネスにあるといえるだろう。
[3]フィードバックを成長につなげるコミットメント
有益なフィードバックを活かすも殺すもメンバー次第である。メンバーが積極的にフィードバックを活かして、自己変容していく姿が組織内に同時多発的に起こることで、フィードバックの重要性が認知され、マネジャーが担うフィードバックカルチャーの醸成にも大きく寄与することになる。
以上のように、それぞれの階層におけるチェンジマネジメントが有機的に絡み合うことが新たなパフォーマンスマネジメントを適切に運用していく上での要諦になる。
5.新しい人事評価における成果の位置づけ、報い方は?
第1回、第2回でも紹介してきたように、新しい人事評価では、あくまで「個人のケイパビリティを高めるためにはどうすればいいのか」という視点を重視するが、実際に育成や成長をどう測るのか、どう報いていくのかについて考えていきたい。
そもそも、「成長」とは何か。
筆者は、その定義を「これまでできなかったことができるようになること」と考える。例えば、これまでは提案書を1人で作成できずに、さまざまな人の助けを借りてどうにか完成させていたが、ほぼ独力で提案書を作成し顧客の合意を得ることまでできるようになった。あるいは、これまではプロジェクトの1メンバーとして決められたタスクをこなすことしかできなかったが、プロジェクトの中核メンバーとしてプロジェクトマネジャーに近い役割や視点でプロジェクトの切り盛りをできるようになった。こうした変化は「成長」といえるだろう。
いうなれば、人の成長というのは、これまでとは異なる領域やレベル感の仕事をアサインし、その仕事をどうにかやり遂げる過程でどれだけ変化したかという観点でしか測ることができないということである。
ここでメンバーの育成、成長を支援する役割を担うマネジャーが考えるべきポイントは、割り当てる仕事の内容と難易度である。
加速度的な成長を遂げてきたリーダーは、いわゆる修羅場体験を積んでいるということが人材育成の世界では共通認識となっている。
仕事の領域やレベルの違い、そこで求められるリーダーシップの発揮など、困難な状況を一つひとつくぐり抜け、どうにか成果を生み出す。ふと気がつくと、以前の自分とは思えないほどパワーアップしている。こういった修羅場での業務遂行および意思決定経験の積み重ねと自己効用感がリーダーに変容していく上でのキーファクターといわれている。
一方で、修羅場を与えれば誰でも成長できるというわけではないと筆者は考えている。
一人ひとりに対して個別性の高い修羅場をデザインすることが必要になり、メンバーの目指す姿と現状のレベルを的確に把握し、どのような領域、難易度の仕事をアサインするべきかどうかを見極める、そのさじ加減がマネジャーの腕の見せ所になる。
6.成長にどう報いるのか?
組織である以上、個人の成長が事業や組織に対して、どの程度のインパクトを与えたのかに応じて報いることが大前提となる。その点に関しては、これまでの人事評価と本質的には変わらないかもしれない。しかし、大きく異なるのは、その報い方である。これまでのように画一的に昇進や昇給、賞与により還元することで報いるのではなく、トータルリワード(等級・報酬のみならず、成長・育成機会の提供等を包括する処遇体系)の観点で個々の動機に基づいてテーラーメイドで最適な報い方を探る必要がある。
例えば、人によっては金銭的報酬に興味はなく、「仕事の報酬は仕事」という考え方でチャレンジングな仕事への機会提供を求めるケースもあるだろう。組織横断的なプロジェクトをリードするポジションや規模は小さいながらも損益責任を持つポジションへの配置を希望するケースもあるかもしれない。
当然、個々の動機に基づいた報い方にすべて応えることは限界があるかもしれないが、可能な限り報いることで、個々の動機をくすぐりながら、さらなる成長を志向させることに加え、ひいては人材の囲い込み戦略を実現することにもつながるのである。画一的な報い方から脱却することを重要な要素として捉え、前向きに取り組んでいく必要があるだろう。
いよいよ最終回となる次回は、これまで掲げてきた理想像を踏まえ、日本企業で導入する際に直面するであろう課題について考えていきたい。
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渡部 優一 わたなべ ゆういち マーサー ジャパン株式会社 組織・人事変革コンサルティング コンサルタント 幅広い業界の国内外の企業に対して組織と人に関する包括的なコンサルティングを手掛け、人材マネジメントシステム(等級・評価・報酬制度)の設計・導入、マネジメントトレーニング企画・実施や日系企業同士の合併に伴う組織人事制度統合などのプロジェクトに携わる。マーサージャパンの役員報酬プラクティスグループの中心メンバーであり、近年は、日系企業のグローバル人事基盤の構築、タレントマネジメント、サクセッションプランニング、リーダーシップコンピテンシー策定、経営幹部候補の人材アセスメント、役員報酬制度設計等の支援を通じた企業変革に取り組んでいる。総合人材サービス企業、日系コンサルティングファームを経て2011年から現職。一橋大学商学部卒業 |