著者によれば、「若手がなかなか定着しない」「昇進したがらない社員が増えた」など、経営者が直面している問題の多くはモチベーションの問題であり、モチベーションは経営やマネジメントに深く関わっているにもかかわらず、多くの経営者や管理職はそのことに気づいていないか、気づいていても過小評価しているとのことです。
また、いざモチベーション問題に取り組むとなると、既成のモチベーション理論やビジネス書にある手法をそのまま試してもうまくいかなかったり、かえって逆効果をもたらしたりするケースも多いとのことです。そこで、現実の会社や職場の中の人間が何を考え、どう行動するかというところからモチベーションを捉え、「人を動かす」ためのさまざまな問題を解決するのが本書の狙いであるとしています。
第1章では、モチベーション理論と現実の世界とを照らし合わせながら、本当の「やる気」は何によってどのように生まれるのかを説明しています。マズローの「欲求階層説」について、承認欲求の充足は、自己実現より重要であるとしており、これは従来からの著者の持論です。また、「期待理論」を紹介し、人間は期待によって動き方を変え、仕事そのものに没頭したり、さまざまな計算を働かせたりして行動する存在だとしています。「計算づくではない」働き方をしているような場合でも、称賛や将来への"貸し"の意識が潜んでいて、そこにモチベーションが内包されていると指摘しています。
第2章では、質の高いモチベーションを引き出すにはどうすればよいかが述べられています。まず、やる気の足かせとなっているものを取り除く観点から、長時間労働、人間関係、過剰な管理、不公平な人事評価、理不尽な待遇の引き下げという五つの「足かせ」を除く方法を説明。次に、やる気を倍増させるツボとして、自律性を高める、認められる機会を増やす、意識を「外」に向けさせる、の三つを挙げています。
第3章では、相手のタイプに応じたモチベーションの高め方について述べられており、タイプによっては効果が真逆にもなるとした上で、女性、中高年、派遣といった属性に応じた動機づけのコツを説いています。第4章では、「職場のコミュニケーションが不足している」「若手が消極的だ」などといった、現場でしばしば問題になる具体的なケースについて、その対策が示されています。
モチベーション研究の第一人者として、これまで多くの著書を世に送り続けてきた著者が、職場環境や人間関係が複雑化している現代社会におけるモチベーションというテーマに向き合い、教科書的な原理原則から意外な事実、実践的な手法までを、豊富な事例やエピソードを交えながら説いた本と言えます。
無理やり断定的なものの言い方をしていない点に好感が持てましたが、その分やや漠然とした印象が残る箇所もありました。帯に「人を動かす究極の教科書」とあり、「モチベーション解説書の決定版」ともありますが、そうした読み方もできるし、管理職(人事パーソンを含む)が読めば、職場のモチベーション問題への自ら取り組み姿勢について、自覚と自省を促す啓発書としても読めるように思います。
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※本記事は人事専門資料誌「労政時報」の購読会員サイト『WEB労政時報』で2016年9月にご紹介したものです。
和田泰明 わだ やすあき
和田人事企画事務所 人事・賃金コンサルタント、社会保険労務士
1981年 中堅広告代理店に入社(早稲田大学第一文学部卒)
1987年 同社人事部へ配転
1995年 同社人事部長
1999年 社会保険労務士試験合格、2000年 行政書士試験合格
2001年 広告代理店を退職、同社顧問(独立人事コンサルタントに)
2002年 日本マンパワー認定人事コンサルタント
2003年 社会保険労務士開業登録(13030300号)「和田人事企画事務所」
2004年 NPO生涯教育認定キャリア・コンサルタント
2006年 特定社会保険労務士試験(紛争解決手続代理業務試験)合格
1994-1995年 日経連職務分析センター(現日本経団連人事賃金センター)「年俸制研究部会」委員
2006年- 中央職業能力開発協会「ビジネス・キャリア検定試験問題[人事・人材開発部門]」策定委員
2009年 早稲田大学オープン教育センター「企業法務概論」ゲストスピーカー