2016年08月12日掲載

産業医が現地に住んでみてわかった! 東南アジアの新興国への赴任者と出張者のための健康管理 - 第7回 家族を帯同するか、しないか


国立研究開発法人 国立国際医療研究センター
国際医療協力局 医師 
和田 耕治

 

 東南アジアの新興国にも、日本から直行便が飛び、現地の日本人学校や日本人幼稚園もどんどん生徒の数が増えているようである。東南アジアの新興国に赴任を命じられる人には若い人も多く、配偶者や子どもを連れていくことも珍しくない。個人的にも、家族での赴任は負担も多いが、家族の絆を深めるきっかけになり、また良い思い出になるように思う。しかし、帯同する場合には健康リスクをきちんと知り、必要な対応をしておきたい。
 一方で、「単身赴任で行ってください」というのもよくあることである。特に、子どもが中学生にでもなろうものなら、子どもも「海外なんか行きたくない~」となるようである。
 今回は、家族を帯同する場合、帯同しない場合の健康リスクとその対応と、健康以外に子どもを帯同するかしないかの判断に重要な現地の学校情報も紹介する。

配偶者を連れていくことについて

 配偶者にとっては、これまで取り上げたようにストレスや人間関係など課題が多い。また、日本食が手に入りにくかったり、日本のように物事が思うとおり進まなかったりする。妊娠している場合は、風しん、水痘、そしてジカ熱などの疾患に感染することにより胎児への影響も指摘されている。学校が休みのたびに、子どもとともに配偶者を日本に帰らせるといったことも多くの人が行っている。しかし、海外赴任をきっかけとして離婚するといったことも珍しい話ではない。
 住居については配偶者の意向を最大限尊重したい。多くの外国人が押し寄せて物件が不足しているミャンマーのヤンゴン以外では、それなりに住むところは見つかるであろう。家族を帯同している人が赴任した場合には、現地の上司は、家探しに時間を十分にとれるように配慮したい。ミャンマーでは、1年契約を求められ1年分を先払いするため、気に入らないといって家を変わることが難しかったりする。
 日本の人事担当者は、安全性も考慮して赴任する職員の家賃の補助額を決めたい。補助額が少ないことで、赴任した職員が家賃の安いところに住むことになり安全性が確保できていない、といったことが起きていないか確認をしたい。家賃の相場としては、こうした国々において外国人がある程度安心して住めるとなると、日本での家賃と比較しても高くなる場合が多い。

赤ちゃんを連れていくことについて

 1歳未満の子どもを連れて行く場合には、現地での医療機関へのアクセス、ワクチン接種などを考慮する必要がある。日本よりも、アジアの新興国でお手伝いさんを雇って育てるほうが母親の負担が減ってよいという考えもある。ただし、第4回でも取り上げたように、お手伝いさんからの感染リスクにも考慮が必要である。個人的には、少なくとも1歳になり、麻しんのワクチンなどを接種するぐらいまでは日本にいたほうが、子どもの健康のためにもよいと思っている。

幼児や小学生を連れていくことについて

 幼児や学童ぐらいになると、動きも活発になり、また予想もできない行動を取り始める。一番現地で心配していたのは、迷子である。言葉も通じない、場合によっては誘拐されることもあると思うと、人混みの多い場所では十分に気をつける必要がある。また、さまざまな場所で怪我(けが)をするリスクも日本以上にある。
 迷子になった場合を想定して、名前、生年月日、国籍、現地の大使館の電話番号、親の電話番号などを書いた紙を鞄(かばん)やポケットに入れておくことが、欧米人の間では推奨されているようである。筆者も、少しでもリスクがありそうだなと思ったときは、自分の名刺を子どものポケットなどに念のため入れておいた。幸い、その名刺が役に立つことは一度もなかった。
 幼児・学童は、交通事故や動物に咬まれるリスクも高い。また動物に咬まれたりなめられたりした場合には、狂犬病のリスクもあるためきちんと親に報告させるようにする。
 車に乗せる場合にはチャイルドシートを入手する。最近は現地でも購入できるようになってきた。後部座席のシートベルトは日本でも求められるようになったが、より積極的に使用したい。

外国人増加と学校不足

 近年、東南アジアの新興国では、日本人に限らず外国人が増えている。特にミャンマーは、長年経済的に制裁を受けていたのが一転して多くの外国人が流入してきたため、外国人が住めるような家が不足した。外国人が好むマンションは、月の家賃が50万円以上でも100家族待ちといった状況で、一時期はシンガポールよりも家賃が高かった。最近は、マンションの数も増えてきたため家賃も下がりつつあるようである。
 学校については、日本人学校も首都や大都市にあり、学生の数が増えてもなんとか拡張しながら生徒を受け入れている。ベトナムには中学生まで受け入れる日本人学校があるが、まだ数は限定的である。日本人学校の学費はインターナショナルスクール(年間200万円程度)と比較して安価である(プノンペン日本人学校は月400~500USドル。その他に入学金)。義務教育ではないので日本の学費よりは高い。
 日本人学校では最近、テロの標的にならないようにするため、イベントなどの情報も含めてホームページにはなるべく掲載しないようにしているとのことなので、必要な情報については個別に問い合わせることをお勧めする。ラオスの首都ヴィエンチャンには日本人学校はないが、土曜日に補習校がある。
 ミャンマーでは、インターナショナルスクールも生徒数の増加に対応できておらず入学すらも難しい。ベトナムやカンボジアは、ある程度費用はかかるがそれなりに入れる学校があるようだ。ラオスのヴィエンチャンは、インターナショナルスクールの数がもともと少なく、英語がある程度できないと入学許可が得られない。それでも、半年から1年待てば英語ができなくても入れることもあるようだ。また、ラオス人が半数以上というインターナショナルスクールもあり、英語で教育を行っているが、教育の質などについてはきちんとした評価が必要である。
 わが家がミャンマーに赴任した際、子どもは小学校2年生と5年生で、よい経験だろうという勝手な親の希望もありインターナショナルスクールに入れた。英語ができない中で、相当頑張ってくれたように思う。最後は友達と1日遊べるぐらいまで英語が分かるようになったようであった。一方で、その後は漢字や日本語の習得が遅れたようで苦労していた。
 なお、中学生を連れていく場合、前述したように、日本人学校で中学生を受け入れるところもあるが、その数はまだまだ少ない。インターナショナルスクールも勉強が難しくなり、英語環境で育っていない子どもの場合にはいきなり英語で学ぶのは難しそうである。
 海外赴任が決まったら、いつ子どもに伝えるのがよいのかについては議論がある。少しずつ経過を伝えながら気持ちの準備をさせる、または、ある程度決まってから伝えるほうがよいという意見がある。どちらがよいかは難しい。

男性が単身赴任で行くことについて

 男性が単身赴任で行くと、食事の面で困ったり、メンタル的な支えがなかったりすることの影響が大きい。一方で、女性との関係が課題になることがある(もちろん、すべての男性にとってそうだというつもりはまったくない)。
 企業の駐在員として派遣されている以上、現地で性感染症に感染するのは「おかしい」、いや、日本のビジネスマンにとって「そんなことあるはずがない」と考えるのは間違いである。性感染症といえば、代表的な疾患はHIV、梅毒、クラミジア、淋菌といった病気である。現地の人の間では、こうした病気の有病率は日本よりもかなり高い。
 ミャンマーにいた時に、ある日本人ビジネスマンから聞いたところによると、「ミャンマーの性産業で働いている女性のHIV感染者は少ないらしい(だから安心というニュアンス)」という会話をしていたとのこと。なるほど、ミャンマーではHIV感染者のデータがあまり日本語で示されていないので目にする機会がないのかもしれない。筆者は、ミャンマーでのHIV対策に関わっていた際に、性産業で働く女性の3割程度がHIVに感染しているというデータがある現地NGOで共有されていたことを知っていたので、それを紹介したところその方はかなり驚かれていた。ミャンマーに限らず、ベトナムでも、カンボジアでも、あまりきちんとしたデータが示されていないことも多い。そのため、性産業での感染リスクを低く考えているかもしれないがそれは大きな間違いである。
 ちなみに、現地ではクラブ、カラオケ、ホテル、マッサージ屋などが性産業への仲介をしているようである。特に、男性の単身赴任や、独身男性が赴任や出張をする場合、性産業に行く可能性が高まると考えられる(もちろん皆が行っているわけではない)。そうした場で警察に逮捕されるなどといったこともあり、現地で大きく報じられたり、多額の賄賂を要求されたりすることもあるようである。
 こうしたリスクへの備えとして、以下に、性感染症から身を守るための「まじめなアドバイス」を紹介する。コンドームの重要性など成人のだれもが知っているはずだが、遵守されている可能性は25%程度という欧米人のデータもある。日本人の遵守度がそれよりよいかどうかは不明である。

【性感染症から守るための「まじめなアドバイス」】

1.セックスの相手を慎重に選択する(性産業に行かない)

2.飲酒などにより自分を見失ってセックスをしない

3.高品質のラテックスコンドームを用いる

4.性行為の場合には常にコンドームを使用する

5.オーラルセックスでも性感染症に感染することを理解し、避ける

 もし陰部の痛みやかゆみなどの症状が出た場合には、直ちに日本人または欧米人を相手にしている現地の医療機関を受診したい。HIVは、かつては、「感染すると死刑宣告」とまで言われたように死亡リスクが高かったが、近年は治療薬が改善し、感染後の平均余命も大幅に伸びている。しかし、さまざまな病気の発症により早く命を落とすリスクも高く、また治療の副作用も多い。
 中国の古典の菜根譚(さいこんたん)には、次のようにある(意訳)。「…セックスの後には、性欲がおさまり、男だ、女だという考えは消えてしまう。つまり、その後に起きる「後悔」の本質を知り、無駄な時間の存在を無くすように生きるようにすべき」と。

和田 耕治 わだ こうじ
国立国際医療研究センター 国際医療協力局
2000年産業医科大学医学部卒業、臨床研修医、専属産業医を経て、カナダ国マギル大学産業保健学修士課程修了、ポストドクトラルフェロー。2007年北里大学医学部衛生学公衆衛生学助教、その後講師、准教授を経て、2012年より国立国際医療研究センター国際医療協力局に勤務。ミャンマーにおける感染症対策ならびにベトナムを中心とした医療機関の質改善重点事業に従事。