2016年06月28日掲載

産業医が現地に住んでみてわかった! 東南アジアの新興国への赴任者と出張者のための健康管理 - 第4回 まわりの環境から自分を守る

  ~大気汚染、気候からお手伝いさんまで~


国立研究開発法人 国立国際医療研究センター
国際医療協力局 医師 
和田 耕治

 

 前回まで、赴任前に企業・個人のそれぞれが検討しておきたい健康リスクの評価、とりわけ感染症対策として重要なワクチン接種について触れてきた。しかし、日本から東南アジア新興国へ渡航・赴任する場合、このほかにも健康に影響を及ぼす環境面の問題はさまざま考えられる。大気汚染、カビ、日本以上にたくましい虫たち、気候、そしてお手伝いさんまで。今回は、渡航時から現地生活を取り巻く環境面の留意点について、筆者自身の経験を踏まえ、ポイントを列挙する形で紹介してみたい。

ひどくなるばかりの大気汚染

東南アジアの新興国に限らずだが、中国やその他の大都市において環境面の課題として一番に挙げられるのが大気汚染であろう。PM2.5と呼ばれる直径2.5μm以下の微粒子が中国から海を渡って九州にまで特に冬場に届くといったニュースは大きく報じられている。

大気汚染の指標として有名なものがPM10(直径10μm以下の粒子状物質)とPM2.5(直径2.5μm以下の粒子状物質)である。中国の北京だけでなく、ベトナムのハノイも自動車やバイクの排気ガス、そして急速に進む工業化により大気汚染が深刻になっている。2016年2月のハノイでの大気汚染の指標は、「大気汚染に敏感な人は屋外での活動を制限すべき」というレベルだったとの報道もある。その他のアジアの大都市も大気汚染は今後さらに深刻になるであろう。

PM10やPM2.5の健康影響としては、粒子がとても小さく肺の奥に入り込み、喘息、咳、心疾患や肺疾患で入院する患者が増加すると言われている。ちなみに喫煙している人は、PM10やPM2.5よりもさらに有害なものを肺の奥に入れ込んでいるので、まずは禁煙することを強く勧める。

筆者の子どもも、この大気汚染のせいか現地で喘息のような症状が現れ、大変であった。日本に帰ってきてだいぶ改善したように思うので、やはり大気汚染の影響だったのだろう。

大気汚染対策は、なかなか難しい。外に出ないようにすることは容易ではない。空気清浄機を室内で使用することは、やらないよりはよいであろうという程度と筆者は考えている(室内のホコリや花粉対策としては有効と考える)。エアコンなどを使用したり、外気が入ってくることを考えると過信はできない。

高機能マスクとして、例えばN95マスク、防じんマスクDS2といった規格のマスクが医療用、産業用として売られている。理論上は正しく着用すれば外出時で特にPM10やPM2.5の濃度の高い状況においては吸い込む可能性を減らすであろう。ただし、顔に十分フィットしなければ期待される効果は得られないが、「フィットテスト」という顔とマスクが合うかの検査は一般の方には行われていない。

近年はマスクも改良され、だれの顔にでもある程度フィットする可能性が高くなり、また子ども用なども販売されている。見た目が少し仰々しいが、バイクを運転する現地の人も、黒いマスクのようなものを布で作って使っている。私も今後、ベトナムで交通渋滞に巻き込まれそうな際には、こうした高機能マスクまたはより一般的な不織布製マスクの使用も検討している。

カビや元気な虫たち

環境要因で、特に女性が一番いやがりそうなのが、カビや日本よりもたくましく元気なゴキブリや蟻たちである。カビは雨期などのじめじめした時期に生えることがある。日本から持ってきたカビキラーなどものともしないこともあり、苦戦した。カビもできるだけ掃除の際などに吸い込まないようにしたい。

虫たちの対策としては、こまめな殺虫剤使用があるが、子どもがいるとできるだけ使いたくない。蟻、ダニ、ゴキブリなどを考慮し、さまざまな害虫対策のキットを日本から持っていくことが重要であろう。

暑さ、いや猛烈な暑さと寒さ

東南アジアは1年の間でも暑いことが多い。特に3月から5月ぐらいの乾期の終わりは連日30℃にもなる。そのため、日本の年度の区切りに当たる4月に赴任する場合には、暑さ対策が重要となる。

とりわけ、ヤンゴン、バンコク、ホーチミンあたりの3月からの暑さは、とてもきつい。プールに入ったりするにはちょうど良いかもしれないが。結構、体に応える。日本と同様に、こまめな水分摂取や、日光の直射をなるべく避けるといった対策が必要である。

紫外線量は日本よりも強い。シンガポールのある赤道周辺の紫外線量は、日本の2倍以上に上る。また休日にビーチなどに出かけることがあればさらに紫外線にさらされる。女性にとってはしみなどにつながるため大きな課題である。日焼け止めや日傘などが必要であろう。

エアコンがある場合、日本人の感覚ではむしろ寒すぎることもあるため、特に小さな子どもには上着などが必要になることも多い。温度差により風邪をひいたりということも珍しくない。

ミャンマー、ベトナム、ラオスで、地方の山間部へ出かけると日本の冬と同じくらい寒いことがある。そのため訪問する場合には、ある程度の上着を持って行く必要がある。

航空機内での過ごし方

飛行機の離着陸時の気圧変化で耳の痛みを訴える子どもは15%程度とのことである。筆者の子どもも小さいときにはよく痛がっていたが、成長するにつれて改善してきた。

機内は湿度が低いため、大人も子どもも脱水状態になりやすい。こまめな水分摂取が必要である。コンタクトレンズをしている場合には角膜を傷つける可能性があるため、眼鏡や目薬の使用を考慮する。

機内では、気圧の低下とともに血中に溶ける酸素濃度も低下する。健常人であれば問題ないが、貧血、呼吸器疾患、虚血性疾患のある人は症状が出る可能性があるので注意したい。

乗り物酔い

2~12歳の子どもが起こしやすい。途上国での日常生活においては、車やスクールバスでの通学が多くなるが、交通渋滞などもあり1時間以上乗っていなければならないこともある。また地方に出かける際には、道が悪かったりすることも影響するであろう。

乗り物酔いの薬は日本の薬局で売っており、交通機関を利用する30分前ぐらいにこうした薬を内服すると、4~6時間ほど効果が持続する。必要な場合は日本から持参したい。

時差ボケ

2時間の時差があると症状が出始める。私自身、ベトナムやミャンマーなどでも時差の影響を多少感じ、眠気、疲れを感じることも珍しくない。すぐに現地で仕事という場合には、日本にいる際から時差調整などをするとよいであろう。

幸いなことに時差は少ないほうなので他の欧米に行く際よりも影響は少ない(日本との時差は、ベトナム(ホーチミン)が2時間、ミャンマー(ヤンゴン)が2時間30分)。

ただし、時差ではないが、現地を夜中に出て、日本へは朝に到着する航空機の便が多い。機内で寝ることで時間を短縮できるが、エコノミークラスしか乗れない私は年齢とともに体への影響は小さくないと感じている。

感染症予防策

風邪やインフルエンザなどは接触感染や飛沫感染、そして下痢を起こす感染症は自分の手や食品を介して感染する。

接触感染は、手を介して病原体を体内に取り込むことで感染をする。速乾性のアルコール消毒薬を日本から持参してこまめに手を洗うようにしたい。もちろん現地でも買えることもある。日本のメーカーが出しているものが手に入ることもある。

マスクは意外に現地では手に入らないので、日本から多少持っていくとよいであろう。また、ウェットティッシュは何かと役に立つので、ある程度確保したい。

個人的には、感染症予防策は詰まるところ、普段からの疲れやストレスを減らし、体調を整えておくことが大事だと考えている。

食べ物から感染する感染症対策

食べ物から感染する代表的な疾患は、旅行者下痢症である。原因としては、病原性大腸菌、サルモネラ、カンピロバクターなどの細菌によることが多い。

対策としては、飲料水はミネラルウォーターを飲む、食事は加熱して食べるといったことである。しかし、訪問先で地元の飲み物を出されたり、宴会に行くとどのような水で作ったか分からない氷をビールに入れられたり、現地の人に人気の食堂の誘惑に魅せられたりと、対策を完璧にすることは難しい。特に赴任となると、油断するわけではないが、「これぐらいなら大丈夫かな」となってくる。確かに、生活し始めると意外に下痢はしなくなってくるが、それでも具合が悪くなるおそれはある。

基本的に、下痢を起こしそうな食事(火の通っていないものやアイスクリーム、乳製品は食べない、皮のむかれている果物は食べない)は避けるのが望ましい。また、食事の前の手洗いを欠かさないようにするとともに、ウェットティッシュを携帯してこまめに手を清潔にするのがよいであろう。

もし下痢をした場合には、軽度であれば水分を普段よりも多く摂取し、消化の良い食事で様子をみる。下痢がひどい場合には下痢止めや抗菌薬が必要になるため受診が必要である。

現地のお手伝いさんや運転手

アジアの新興国では、お手伝いさんや運転手を雇うことが多い。日本の人からみるとうらやましいと思われるが、実際にはトラブルも多い。

文化の違いや人柄などの問題から大きなストレスに発展することも多い。盗難などのトラブルもあったりする。休んだり、遅刻したりすることもしばしばで予定が狂うことも珍しくない。ある程度おおらかに構えていくことが必要である。また、何よりも人選が重要である。前任者などから紹介してもらえるとよい。

お手伝いさんや運転手は、自分にも家族にも身近な存在である。ただし、雇う際にどの程度健康診断を行うかは難しい。小さい子に接する場合には、HIVやB型肝炎の検査まですることもあるようだ。蟯虫(ぎょうちゅう)や回虫などを持っていることを想定して、きちんと説明した上で、虫下しを飲んでもらっておいたほうがよいと筆者は考えている。筆者の場合、お手伝いさんに日本から持ってきた良い薬だと説明すると喜んで飲んでくれた。

住み込みでなければ、お手伝いさんや運転手さんの生活は現地スタイルのため、彼ら自身の健康リスクは比較的高い。慣れているとはいえ、それなりに下痢をしたり体調を崩したりする。

日本人と違って、体調が悪くても熱が出ているのを隠して勤務するといった人はあまりいないように思う。体調が悪い際にはきちんと申し出るように伝えることが大事である。

料理などを任せる場合には、食品の管理や手洗いのタイミングなども指導する。

筆者が雇っていた運転手は喫煙者で、普段から車内でも咳がひどく、薬を服用させ、結核の可能性も疑い受診もさせた。それでも勤務態度もよくなかったので、結局は咳を理由に、別の運転手を雇うことにした。運転手が豊富にいれば、すぐに他を探すこともできるが、近年は現地でも運転手不足が深刻になってきている。

 このように、日本とは大きく環境が異なるアジア新興国では、体調に影響を及ぼす事柄は少なくないが、以上を参考に想定可能な範囲については十分な備えを心掛けていただきたい。次回は、このように目に見える環境とは異なる問題、近年、感染症以上に注目されているメンタルヘルスについて取り上げる。

和田 耕治 わだ こうじ
国立国際医療研究センター 国際医療協力局
2000年産業医科大学医学部卒業、臨床研修医、専属産業医を経て、カナダ国マギル大学産業保健学修士課程修了、ポストドクトラルフェロー。2007年北里大学医学部衛生学公衆衛生学助教、その後講師、准教授を経て、2012年より国立国際医療研究センター国際医療協力局に勤務。ミャンマーにおける感染症対策ならびにベトナムを中心とした医療機関の質改善重点事業に従事。