2016年06月14日掲載

産業医が現地に住んでみてわかった! 東南アジアの新興国への赴任者と出張者のための健康管理 - 第3回 ワクチン接種を制覇する

  ~一般的な出張・赴任から家族を帯同する場合まで~ 


国立研究開発法人 国立国際医療研究センター
国際医療協力局 医師 
和田 耕治

 

 今回は感染症対策の中でも、渡航前に行う代表的な対策である「ワクチン接種」を紹介する。一般的な出張・赴任に当たって必要なことと、産業医が住んでみた実感から、子どもや配偶者を帯同して赴任する方への対応を紹介する。

ワクチン接種のためのリスク評価

 渡航前のワクチン接種については、海外渡航者に向けた予防接種や健康相談を行っているトラベルクリニックなどで相談することになる。実際の接種に関しては、医師によっても多少判断が異なることがある。感染リスクをどう見積もるか、そして予算がどのくらいか、赴任までの時間はどの程度残されているか、これまでどの程度ワクチンを接種しているのかなどを考慮して決めることになる。
 例えば、ミャンマーのヤンゴンに2週間出張し、滞在先ではホテル暮らし、移動はタクシーや会社の車となれば、犬にかまれるリスクは比較的小さい。しかし、お寺などや町中では犬が結構いる。そのため、狂犬病ワクチンの接種が必要かと言われると、なんとも難しい。もしかまれたらすぐに病院へ行って狂犬病ワクチンを接種すればよいが、病院へのアクセスが悪いことや、忙しい出張期間中のスケジュール調整なども考慮しなければならない。リスクに応じた判断はとても難しい。個人の認識もさまざまである。そのため、個別に相談して、納得した上で決めるほかはない。
 [図表]は、渡航地域別(短期・長期)の推奨ワクチンを示したものである。今回は、中国を含む東アジア、ベトナムやミャンマーを含む東南アジア、インドを含む南アジアも紹介する。こうした地域に赴任した場合、近隣諸国にまで足を運ぶことは珍しくないので、訪問するであろう場所を含めて接種が必要である。これは最低限必要なワクチンであり、家族など帯同される場合に追加して検討すべきものについては後段で触れているので参照いただきたい。なお、デング熱のワクチンは最近にできたのだが、まだ一般的ではないため今後の動向を見守りたい。また、マラリアのワクチンは現在もない。

[図表]渡航地域別(短期、長期)の推奨ワクチン(黄熱除く)

地域および滞在期間 ポリオ 日本脳炎 A型肝炎 B型肝炎 狂犬病 破傷風
東アジア 短期          
長期  
東南アジア 短期        
長期  
南アジア 短期        
長期

◎:予防接種推奨、〇:場合により接種検討
[注]「長期」とはおよそ1カ月以上の滞在を指す。

ワクチンの概要

 次に、主な感染症のワクチンの概要をそれぞれ紹介する。なお、以下に示すように複数回の接種が必要なため、赴任や出張が決まった場合には、できるだけ早く(できれば2カ月以上前)から接種スケジュールをトラベルクリニックなどと相談して接種を開始したい。
 直前は準備で何かと忙しくなるし、トラベルクリニックも予約で混んでいたり、曜日を限定していることもあるため早めの対応が必要である。トラベルクリニックを探す場合は、日本渡航医学会のリストが参考になるだろう。

※日本渡航医学会 学会推奨トラベルクリニックリスト⇒ 国内リストはこちら

[1]A型肝炎
 A型肝炎は、食事の中に含まれるA型肝炎ウイルスを取り込み発症する肝炎(肝臓の障害)である。日本では、毎年数百人程度の患者が出ており、その9割が国内でカキなどの貝を食べたことをきっかけとするもの、残る1割が海外からの帰国者である。東南アジアの新興国では、いまでもA型肝炎がまん延している状態だが、こうした国の地元の人の多くは乳幼児の時期に感染しており、その際は軽い症状でおさまるため、日本においても数年前までは16歳以上が接種対象となっていた。ただし現在では、ワクチンで予防できる感染症はワクチンで、という考えになっているため、1歳以上が接種の対象となっている。接種スケジュールは1回目のワクチンの後、2~4週間後に再度行い、さらに1回目から24週(半年)が経過してからもう1回、計3回の接種を行う。

[2]B型肝炎
 東南アジアの新興国は、B型肝炎の高まん延国となっている。感染経路は血液を介しての感染や性行為であるが、幼稚園の子どもたちのようにお互いが濃厚に接触するような場において感染したという報告もある。B型肝炎ワクチンの接種は、世界的に生後間もない時期から行われている。わが国でも今後、子どもにB型肝炎ワクチンの予防接種を行うことになっているが、これまでは接種がされていない。東南アジア新興国に長期滞在する際には、現地で事故などに遭遇し、病院を受診して輸血が必要になる場合もある。また、歯科治療でも感染するリスクがある。わが家の子どもたちも当然、B型肝炎ワクチンを接種した。ワクチンはA型肝炎と同様の期間を空けて3回接種する。

[3]狂犬病
 狂犬病は、日本では1956年を最後にまったく発生していない(輸入例は近年2例あり)。しかし、東南アジアの多くの国では、今でもほとんどの国で発症がみられている。WHOの統計では、狂犬病の推定患者は世界で毎年5.5万人とされているが、そのうち3.1万人がアジアで発生している。
 犬や猫だけでなく、コウモリ、キツネなどの哺乳類の動物も狂犬病ウイルスを持っていることがあるが、東南アジアでは圧倒的に犬が多い。また、アフリカや南米と比べても、犬にかまれる事案は東南アジアと南アジアが多い。海外では、飼育動物に狂犬病ワクチンの接種を行うことは少ないので、飼われている犬だからといって安心はできない。
 ちなみに、人をかんだ犬が、かんだ後10日間元気にしていたらその犬は狂犬病を持っていない、ということは理論的には言える。しかし、かまれた後に10日間も何の処置もしないというわけにはいかないため、哺乳類の動物にかまれた場合は病院を受診して、暴露後のワクチンを接種する必要がある。
 関西空港検疫所が相談を受けた事案の調査によると、動物にかまれたことが多かった国はタイ、インドネシアであった。それなら他の国は大丈夫、というわけではない。こうした国の事案が多く報告された背景には、渡航者の人数が多いことも影響していると思われる。この調査によれば、動物にかまれたといって相談に来た人の年齢は、20代が43%、30代が22%、40代が11%であった。つまり若い人ほど用心をしないのか、冒険をするのかかまれるリスクが高いようだ。
 ちなみに、私がミャンマーに滞在していたときは、あまりに外国人が増えたために外人用アパートが借りられず、ローカルなアパートに住んでいた。地元では程度の良いほうのアパートであったが、番犬がたくさんいた。当時3歳の子どもがあまりに犬を恐がり、オーナーが気を利かして犬を「お寺につれていった」ということで減っていき、最後はいなくなってしまった。犬には気の毒だったが。
 狂犬病のウイルスは、哺乳類の唾液にウイルスが出てくるため、動物にかまれたり、傷口をなめられたりした後には追加でワクチン接種が必要となるので、「直ちに」病院を受診していただきたい。ワクチン接種が十分にできない場合には、医療機関が整っているタイや日本へ行って受診する必要がある。
 狂犬病ワクチンには、かまれる前に接種するワクチンがある。ワクチンの種類によって接種のタイミングが異なるため、詳細はトラベルクリニックで相談していただきたい。なお、米国の疾病管理予防センターは、動物と直接接触する獣医師、農業従事者や都市部から離れていて医療サービスが受けづらい人、狂犬病の流行する地域へ1カ月以上滞在する人は予防接種をすることを考慮するようにとしている。

[4]破傷風
 破傷風は土壌の中に生息する菌が起こす感染症で、日本でも年間100名程度の患者が出ている。海外渡航時にワクチン接種を考慮する際、10年以内に破傷風トキソイドワクチンを接種していない場合には、1回の追加接種をしておきたい。定期接種化されたのは1968年以降であるため、それ以前に生まれた人の多くは子どものころに接種をしていないと思われるため、接種をしておきたい。

[5]日本脳炎
 日本脳炎のウイルスはブタの体内で増加し、ブタの血を吸って、そのウイルスを持った蚊が人を刺した場合に感染する。基本的に人から人には感染しない。このため、蚊が移動する周囲にブタがいなければ感染するリスクは小さい。媒介するコガタアカイエカは1日に1kmほど行動すると言われている。
 しかし、東南アジアに長期滞在している間には、観光で地方都市を訪れることもあり、そうしたところにはブタがいたりする。そうした場合も考えて、連載第1回でも触れたように、赴任などする場合には接種をしたほうがよいだろう。なお、日本脳炎に感染してもほとんどの人は無症状であり、症状を呈するのは1%未満である。ただ、その1%になった場合には急性脳症など重篤化し、死亡リスクも高い。
 日本脳炎のワクチンを子どもの時に接種している場合は、渡航時に追加接種を1回行う。ただし、子ども時代に北海道に住んでいた人や年代によっては接種していないことがあるため、トラベルクリニックで相談することをお勧めしたい。

家族を帯同する場合に追加で検討したいワクチン

 日本の子ども時代に行われる予防接種は、世界で求められているスタンダードと比較すると少ないということを知っておくべきである。例えば、日本脳炎や百日咳の抗体が不足している、B型肝炎ワクチンが接種されていない、ポリオのワクチンの接種回数が少ないといったことがある。
 まさに産業医が住んでみて分かったことがある。
 海外へと赴任・出張する際のワクチン接種費用補助の規定は企業や組織によりそれぞれ異なる。私が派遣された組織では、これまで紹介したワクチンの費用はほぼカバーされた。しかし、以下に紹介するワクチンの費用は自己負担となるであろう。
 現地に住んでみて、日本のワクチンの不十分さによる課題をあらためて認識した。特に家族を帯同する場合には、これまで日本では任意接種、つまり自己負担で接種しなければならない(ならなかった)ワクチンも、ぜひ接種しておきたい。風しんやおたふくかぜ、水痘といった病気は多くの地域でいまでもよくある病気である。麻しんは、だいぶ減ってきたがそれでもまだまだ流行している。そのため、こうした疾患のワクチンを必要に応じて追加しておく必要がある。私の息子は、現地でおたふくかぜに感染した。父としてワクチン接種を追加して来なかったことを反省した。
 水痘(みずぼうそう)は、2015年から2回の接種が行われるようになったが、これまでに接種していない子ども達には接種を検討したい(成人までにはほぼ抗体を獲得する。念のためとなれば抗体価を測定して検討することとなる)。現地の学校やインターナショナルスクールに通う際には学校からも接種歴が問われるため、きちんと母子手帳などに接種記録をとっておき、海外へ行く際は英訳してもらい携行していただきたい。
 風しんワクチンも盲点である。日本では2013年に成人の間で流行した。その理由は成人の多くがワクチンを接種していないからである(特に男性)。私の配偶者も、抗体価が十分になかったため、追加のワクチン接種を行った。風しんは妊婦が感染すると胎児に大きな障害を残すため予防接種が必要である。生ワクチンのため、妊娠してからの接種はできない。また同居家族が感染すると妊婦に危険である。そのため、赴任先で子作りを考えている場合には、妻と夫とも風しんワクチンを接種しておきたい。

 以下に、家族を帯同する場合に追加で検討しておきたいワクチンをまとめた。年代やこれまでの接種歴によって必要なワクチンは異なるので、詳しくはトラベルクリニックと相談していただきたい。なお、費用についてもよく相談しておきたい。渡航に関するワクチン接種は自由診療であり、すべてとなるとそれなりに高額になるであろう。

・風しん(風しんワクチンの多くは麻しんと混合)

・おたふくかぜ

・ロタウイルス(乳児)

・百日咳

・水痘

・ポリオ(南アジアやアフリカにも行かれる場合)

・腸チフス

 最後に、予防接種法に規定されていない予防接種を受けた際に生じた健康被害については、独立行政法人 医薬品医療機器総合機構による「医薬品副作用被害救済制度」を利用することができる。予防接種は任意のものでも十分な安全性と効果のバランスが認められているが、それでも万が一のことは起こり得ることを理解する必要がある。

 ※医薬品医療機器総合機構「医薬品副作用被害救済制度」⇒制度紹介はこちら

和田 耕治 わだ こうじ
国立国際医療研究センター 国際医療協力局
2000年産業医科大学医学部卒業、臨床研修医、専属産業医を経て、カナダ国マギル大学産業保健学修士課程修了、ポストドクトラルフェロー。2007年北里大学医学部衛生学公衆衛生学助教、その後講師、准教授を経て、2012年より国立国際医療研究センター国際医療協力局に勤務。ミャンマーにおける感染症対策ならびにベトナムを中心とした医療機関の質改善重点事業に従事。