2016年05月31日掲載

産業医が現地に住んでみてわかった! 東南アジアの新興国への赴任者と出張者のための健康管理 - 第2回 赴任や出張の前に健康リスクを評価する


国立研究開発法人 国立国際医療研究センター
国際医療協力局 医師 
和田 耕治

 

 海外赴任や出張の準備に当たり、現地で想定される健康リスクを評価することが重要になる。それは命じられた従業員自身と、そして命じる職場がそれぞれ行う必要がある。リスク評価に当たっては、渡航先や業務上の健康リスクと、個人の健康リスクがある。そして、それぞれに応じたリスク対策が必要となる。今回は現地での生活経験を踏まえ、これらリスクの主立ったものをピックアップして紹介したい。

渡航先や業務上の健康リスク

[1]インフラなど現地生活の環境に起因するリスク
 渡航先や業務によって健康のリスクは異なる。滞在は、その国の首都に限られるのか?それとも地方出張が多いのか? 滞在期間はどのくらいなのか? 屋外で仕事をすることが多いのか? 宿泊の予算からどの程度のレベルのホテルに泊まれるのか?――など、さまざまなことを想定する。
 この連載は、東南アジアの新興国(ベトナム、カンボジア、ミャンマーなど)を主な例としている。これらの国でも、首都ではインフラの改善などが進み、人々の生活水準も向上しつつある。しかし、いったん首都を離れるとインフラが未発達のところも少なくない。また、地方に出る場合には、医療へのアクセスが制限されることや、交通事故によるケガが生命の危険にも及ぶことも考慮が必要である。
 業務に関連して、ベトナムにおいては重要になるのが飲酒である。昼間から飲酒をする機会も珍しくなく、夜の宴会はさらに飲酒量が増す。どうやら、外人を酒でつぶすことが一つの接待のようにも思える。飲めないなら飲めないと最初からはっきり言うことも重要であるが、なかなかそうもいかない。飲酒が好きな人も、酒は健康リスクとなるため要注意である。

[2]東南アジアの気候に起因するリスク
 気候は、日本と異なり熱帯地域であるため、季節によっては暑さが身に染みる。特に、ヤンゴン、タイ、プノンペン、ホーチミンでは、乾期の3月から4月下旬ぐらいまでをピークとして30度以上のかなり暑い日々が続く。この地域の暑さのピークは日本の7~8月と異なるため注意が必要である。電気がある程度得られていれば、エアコンが十分に効いているか、または効き過ぎていることも多く、温度差で風邪をひいたり、体調を壊すこともある。高齢者や、降圧剤を飲んでいる人は汗が出にくくなることがあり、熱中症のリスクを高めることもある。水分補給や日陰でこまめに休むなどの対応が必要である。また紫外線も強いため。日焼け止めを使用したり、皮膚をなるべく露出しない服装で外出することも必要である。

[3]蚊によるリスク
 デング熱を媒介するヤブカは都市のちょっとした水たまりで子孫を増やすため首都といえども患者の数は多い。地方に出ると、イエカが多くなり、ホテル(安宿)にチェックインするとイエカが部屋の壁やトイレの壁に無数にへばりついていたりする。イエカは、話題のジカウイルス感染症や日本脳炎を媒介し得る。夜には電気を消した後に耳元を飛び回るので不眠の原因にもなる。そういう場合には、夜中に起きて、見えない蚊と一戦交えて退治するのも一つだが、部屋のエアコンをかけることで温度を少し下げるとイエカの動きが鈍くなるため、さらに布団を頭からかぶって寝ると、意外に耳元には襲ってこなくなる。ただし、小さな子どもがいる場合には、布団を頭からかぶると窒息の可能性もあるため蚊帳を用意したほうがよい。
 蚊から身を守る対策としては、長袖・長ズボンを着用して、皮膚の露出を避けることが大事である。外出時には、昆虫忌避剤、いわゆる虫除けを使用する。しかし、実はこの虫除けの正しい使用方法を知らない人が多い。使用する際は、目などに入らないように手に吹きかけて体に塗るとよい。日焼け止めとの併用の場合には、日焼け止めを塗ってからその上に虫除けを塗る。
 虫除けの成分はDEETと呼ばれる成分であるが、日本では10%程度の濃度のものしか売られていない。このぐらいの濃度では、約1~2時間ぐらいしか効果が続かない。つまり、蚊がいるような場所では2時間おきに使用することが必要である。20%の製剤なら4時間ぐらい効果が続く。海外では最大50%のDEETの製剤まで売られている。しかし、子どもの場合には30%未満の製剤を使用することが望ましく、また生後2カ月からの使用とされている。

個人の健康リスク評価

[1]持病や生活習慣病のリスク
 個人の健康リスクを考える場合には、年齢が大きな要因となる。年齢が上がるにつれて、生活習慣病のリスクが高くなる。糖尿病や高血圧などの治療が中断されないかなどの確認が必要である。病気があるから一律に出張や赴任ができないというわけではないが、赴任発令の対象については、産業医と連携して一定の健康リスク基準を設ける必要がある。また、持病のある従業員の海外赴任については、主治医に適否の判断を依頼する方法もある。渡航者に慢性疾患やアレルギーがある場合には、医師と相談して英語で記した情報を持っていくことも大事である。なお、海外へ6カ月以上派遣される者と6カ月以上の海外勤務に就いて帰国した者は、法令により健康診断の実施が義務づけられている(労働安全衛生規則45条の2)。
 海外へ長期出張や赴任をすると、その土地の食文化にもよるが、一般的にカロリーや脂肪分の多い食事になる傾向がある。また、車での移動が増えると、歩く機会も減り、生活習慣病が悪化する可能性があることも考慮したほうがよい。加齢によりがんのリスクも高くなるため、がん検診なども日本か、タイやシンガポールの健診機関で定期的に受けておきたい。

[2]ストレスによるメンタルヘルス不調のリスク
 個人の健康リスクとして、忘れてはならないのがストレスである。慣れない環境や言葉の問題から、日本での勤務時に比べてストレスは大きくなる。また、現地での生活や仕事の上でさまざまなトラブルに直面することもあるだろう。思ったように事が進まず、場合によっては仕事の関係で相手にだまされるようなこともあり得る。こうしたことの積み重ねがメンタルヘルスの不調を招き、中には自殺に至った事例も報告されている。海外の職場では、出張は一人、または事務所も日本人は数人であとは現地職員といった状況も珍しくない。そうするとお互いに声を掛け合うことも少なく、メンタルヘルスの不調に気づくのが遅れたりする。家族が帯同していればサポートも得られるが、本人と同様に慣れない環境の中、家族が体調を崩すこともめずらしくない。こちらも最悪の場合、家族だけ帰国せざるを得なかったり、中にはうつになったり自殺に至ったケースも報告されている。
 すでにメンタルヘルス不調の治療のため、内服薬を処方されている場合は、十分な量を持っていく必要がある。長期滞在する場合には、その後の治療についても主治医とよく相談し、英語の診断書なども持参する必要がある。なお、粉薬は入国時に麻薬と疑われる可能性があるため、薬剤は錠剤やカプセルのほうがよいだろう。

リスクをコントロールする

 以上、東南アジア新興国で想定される、渡航先や業務上のリスクと個人のリスクの例を挙げてみた。これらを踏まえて、リスクを最小限にコントロールするために、以下のようなアクションを人事と個人がそれぞれ行い、双方でコミュニケーションを図るとともに、必要に応じて専門家へ支援を求めることをお勧めしたい。

[1]赴任前に確認する事柄・実行すべきアクション
【人 事】

・現地の状況を訪問や、すでに現地にいる職員へのヒアリングにより現地の病気のリスクを把握する。虫除けなど必要なものを赴任者や出張者に支給する、または自分で購入して持っていくように指示をする。

・出張者ならびに赴任者の現地での業務内容に関連するリスクを把握し、必要なアドバイスやリスク対策を行う。

・出張者、赴任者の現地での適応性や、持病などの健康リスクを本人または産業医と相談して把握する。

【個 人】

・出張や赴任を命じられたら、自分自身でも現地の健康リスクについて情報収集を行う。

・持病がある場合には、主治医と相談する。

・健康リスクはできるだけ隠さず共有することが望ましい。

[2]赴任後まもなく現地の状況に合わせて確認する事柄・実行すべきアクション
【人 事】

・現地において出張や赴任をした場合にはコンタクトをとり、健康状態を把握する。

・持病がある場合には現地でも治療が可能か、必要な薬が確保できているか確認する。

・急に具合が悪くなった場合に情報が共有できるような仕組み(メールや現地職員を通して)を確認する。

【個 人】

・現地にいる日本人などから現地の健康リスクを教えてもらう。ただし、医療従事者以外からの情報は時に誤っていることもあるため、慎重に情報を得る。

・持病がある場合にはきちんと内服をし、必要な薬がなくならないようにする。

・急に具合が悪くなった場合には会社にきちんと連絡ができる体制を持つ。

和田 耕治 わだ こうじ
国立国際医療研究センター 国際医療協力局
2000年産業医科大学医学部卒業、臨床研修医、専属産業医を経て、カナダ国マギル大学産業保健学修士課程修了、ポストドクトラルフェロー。2007年北里大学医学部衛生学公衆衛生学助教、その後講師、准教授を経て、2012年より国立国際医療研究センター国際医療協力局に勤務。ミャンマーにおける感染症対策ならびにベトナムを中心とした医療機関の質改善重点事業に従事。