馬場 裕子 ばば ゆうこ
一般社団法人JMAメンタルヘルス研究所 理事 シニアコンサルタント
前回のレポートで、ストレスや不安を強く感じていると生産性が落ち、元気に働けないというデータをご紹介しました。実際に、ストレスが強い状態では良いアイディアも生まれにくいでしょうし、良いコミュニケーションも取りづらくなります。メンタルヘルス不調を予防するだけでなく、一人ひとりがいきいきと働くためにも、ストレスケア(予防)は重要です。
予防法にはいくつかのポイントがありますが、今回は『セルフケア』(個人のストレス対策)について、お話したいと思います。
予防対策に必要なこと
メンタルヘルス対策を実施している企業は年々増え、厚生労働省の「労働安全衛生調査」(平成25年)では回答企業の6割を超えていますが、実際に企業にヒアリングをしてみると、メンタルヘルス不調予防への取り組みはまだ少ないようです。
そもそも、ストレス対策・メンタルヘルス対策における「予防」とは、いったい何をすることなのでしょうか。
「メンタルヘルスの一次予防」(未然防止および健康増進)で数多くの研究実績を持つ東京大学大学院 医学系研究科の川上憲人教授は、研究成果から次の三つのアプローチがあると述べています。一つめは「セルフケア」で、個人向けのストレス対策です。二つめは「ラインによるケア」で、管理職の教育・研修です。三つめが「職場環境改善」です。ストレスチェック実施後に、「セルフケア」「ラインによるケア」「職場環境改善」の三つを行うことが、ストレスチェックを効果的に活用するポイントと言えます。
企業側が「セルフケア」に取り組む意義
「セルフケア」は、自分自身の健康管理であり、メンタルヘルス不調に陥らないように自己防衛を行うことです。おそらく、一人ひとりが自分なりのストレス対処法(いわゆるストレス解消法)をお持ちだろうと思います。おいしいものを食べに行ったり、ジョギングをしたり、好きなことをしてすっきりした気分になることはあるでしょう。「大声で叫ぶ」「瞑想する」など、何でもいいので、自分なりの対処法のバリエーションを増やすことが効果的だと言われています。
いったん就職をすれば、一生会社が雇用を守ってくれるような時代とは異なり、社員が自分で自分の身を守るために、ストレスケアを行うことの重要性はますます高まっています。企業にとっても、社員が自己責任においてセルフケアのバリエーションを増やすことは望ましいことではあります。では、「セルフケア」に関して企業側が社員に提供する施策はあるのでしょうか。
よく見られるのは、メンタルヘルス研修のカリキュラムにセルフケアを組み入れ、ストレスへの気づきを促したり、数多くの対処法を紹介することです。また、野菜を毎日配る会社や、朝昼晩の食事を無料で提供する会社など、社員の体の健康を気遣うことで、社員のセルフケアへの意識を高める施策を採り入れる会社も増えています。それらの投資に対するストレス緩和の効果を測定するのは難しい部分もありますが、社員の心身の健康に投資をする会社は、「社員を大切にする会社」というイメージが形成され、人材の採用や社員の働きがい向上という面で、企業経営において大きな効果があると言えるでしょう。
効果のあるセルフケアの取り組み例
次に、科学的根拠のあるセルフケアの取り組みをご紹介します。インフルエンザ・ワクチンのような画期的な予防法がなかなか見いだせない中、先述の川上研究室は、インターネットを利用して認知行動療法(ものの受け取り方や考え方に働き掛けることで気分や症状を改善する心理療法の一つ)をメンタルヘルス不調の予防に適用する研究に取り組み、臨床試験の結果、「うつ病の発症率を5分の1に抑える効果がある」と発表したのです。※
※Imamura K, Kawakami N, Furukawa TA, Matsuyama Y, Shimazu A, Umanodan R, Kawakami S, Kasai K.(2015). Does Internet-based cognitive behavioral therapy (iCBT) prevent major depressive episode for workers? A 12-month follow-up of a randomized controlled trial. Psychological Medicine,Vol.45
そこで、JMAメンタルヘルス研究所では、川上研究室との共同でうつ予防を目的とした法人向けのセルフケア・プログラム『iCBTトレーニング』を開発しました。これは、パソコンやスマートフォンを使った学習を行ったあと、自分自身の心の状態を整理するなどの課題を提出すると、臨床心理士による個別アドバイスがフィートバックとして届けられるというものです[図表]。
[図表]「iCBTトレーニング」のプログラム内容と仕組み
臨床心理士からのアドバイスには、一人ひとりに寄り添ったストレス対処のコメントが付いてくるため、カウンセリングなどを受けたことのない人にとって、とても新鮮に受け止められるようです。実際にこのトレーニングを受けて、「カウンセラーの先生のアドバイスが非常に心の状態にしっくりとはまるもので、心が軽くなった」という感想を持った方もいました。
このトレーニングは、一人ひとりのカウンセラーからのアドバイスでケアされるという副次的効果もありますが、主目的はものの考え方やとらえ方を柔軟にするスキルトレーニングです。スキルが身に付けば、一過性のストレス対処法とは異なり、効果が持続すると言われています。
ストレスチェック制度の義務化により、企業側に予防対策を強化したいという動きが見られます。高ストレスと判定された方はもとより、そうでない方にも予防に効果のあるトレーニングを受けてもらうことは、企業にとってのリスクヘッジにもなり、有効だと考えられます。
ストレスケアからいきいきと働ける状態へ
「ストレスケア」や「メンタルヘルス不調の予防」というと、ネガティブなイメージを持たれがちで、関心も薄く、積極的に取り組んでもらうことが難しい場合があります。より楽しく、前向きに取り組んでもらうため、学習の目的を「かつての輝きを取り戻すために」「もっといきいきと仕事をするために」といった、よりポジティブな目的・手法でセルフケアを促進したいという企業も見られます。先述した認知行動療法による手法は、うつ病の治療や予防に効果的であることに加えて、東京大学の研究によればワーク・エンゲイジメント(仕事に熱意や誇りを感じていきいきしている状態)を高める効果もあるとされています。こうした心理療法を活用することで、心の状態をよりポジティブに持っていくことができるのです。
こうした研究成果を生かして、JMAメンタルヘルス研究所では、東京大学との共同開発により、認知行動療法のメソッドを用いた新商品『いきいきCBTトレーニング』をこのほどリリースしました。その内容は、先の「iCBTトレーニング」と同様に、学習→課題提出→臨床心理士の添削という流れを通じて、「何となくやる気が出ない」とか「昔に比べて活力が出ない」といった状況を打破する手法を学ぶもので、柔軟な考え方や取り組み意欲を回復させる効果があります。
ストレスチェック制度の目的はメンタルヘルス不調の未然防止です。自身の心の健康状態に向き合う機会は少なく、関心が低い人もまだまだ多いので、ストレスチェックの義務化は関心を高める絶好のチャンスと言えます。「セルフケア」だからといって個人任せにせず、ストレスチェックの受検前後に教育の機会や情報提供を積極的に行い、自身の心の健康への関心を高めてもらうことが、企業にとって重要なミッションといえるでしょう。
セルフケアのためのオンラインプログラム
『iCBTトレーニング』のご案内はこちら
⇒ http://www.jmamh.or.jp/icbt.html
『ストレスチェック無料セミナー』(5/19・5/20・6/2開催)
のご案内はこちら
⇒ http://www.jmamh.or.jp/seminar/index.html
ストレスチェックサービス
『Smart Stress Check』のご案内はこちら
⇒ http://www.jmamh.or.jp/stresscheck/index.html
●お問い合わせ先●
一般社団法人JMAメンタルヘルス研究所
〒100-0003 東京都千代田区一ツ橋1-2-2
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Profile
馬場 裕子 ばば ゆうこ
一般社団法人JMAメンタルヘルス研究所
理事 シニアコンサルタント
1997年慶應義塾大学大学院経営管理研究課修了、経営学修士(MBA)。同年、株式会社日本能率協会総合研究所に入社し、CS(顧客満足度)調査・研究に携わった後、組織や人材の問題解決のための調査・コンサルティングに10年以上従事する。また、リーダーシップ研修や職場活性化のためのワークショップの講師も務める。現在では、産学連携でのメンタルヘルスの予防に向けた商品開発も手がける。著書に「メンタルヘルス対策実務マニュアル~人事部主導の「組織・体制・仕組み」づくり~」(共著)がある。