馬場 裕子 ばば ゆうこ
一般社団法人JMAメンタルヘルス研究所 理事 シニアコンサルタント
はじめに
日本能率協会グループにおけるメンタルヘルスの専門機関として、平成28年4月1日に「一般社団法人JMAメンタルヘルス研究所」が分離・独立しました。当研究所は、かねてから、産業界共通の課題であるメンタルヘルス領域において、精神医学や心理学の専門家と連携し、良質なサービスの共同研究・開発を行っています。日本能率協会グループにて、人づくり・組織づくりを支援してきた経験を踏まえて、メンタルヘルス不調予防にとどまらない、働く人々が元気になり、組織を活性化させる方法について今日から5回にわたりレポートしていきます。
メンタルヘルス不調の未然防止が必要な理由
「メンタルヘルス対策」というと、不調になった人のケアや、不調者の早期発見をイメージすることが多いかと思います。確かに、問題が起きた時に適切な措置をとることは非常に重要です。多くの企業は、ここ10数年の間にメンタルヘルス対策を強化してきており、問題が起きた後の対応は整ってきているといえるでしょう。しかし、問題が起きてからの対応では、より多くの労力がかかることもあり、不調者を出さないための「未然予防」への関心がますます高まってきています。実際に、社員の採用方法に工夫を凝らしたり、ストレス対処の学びを新入社員研修で必須にするなど、数々の取り組みが行われてきています。
しかしながら、問題が起きるかどうか分からないところに、社員の大切な時間やお金をかけることを躊躇(ちゅうちょ)する経営者の方も多くいらっしゃいます。生命保険や損害保険をかけるのと似たような感覚があるかと思います。
日本能率協会総合研究所でES調査(従業員満足度調査)や組織診断を長年実施してきた経験からいうと、心身ともに疲労感が高い社員が多い会社は、トップからの方針の浸透が弱い、組織間の連携が弱いなど、組織としての機能まで不健康であるケースが多い傾向にあります。すなわち、ストレス度が高い人が多い組織では、パフォーマンス(生産性)が低下している可能性が大きいのです。
実際、日本能率協会総合研究所が1000人規模のIT企業を対象に調査した結果があります[図表]。これは、業務時間中に集中していない時間の割合別に、ストレスや不安の多さを分析しています。見事に、集中していない時間の割合が高いほど、ストレスや不安が多い結果となっています。すなわち、集中力とストレス・不安は強い相関関係にあるのです。裏を返すと、ストレスや不安により、集中力が欠け、生産性が低下するということになります。
つまり、メンタルヘルス不調の未然予防は、生産性の向上に非常に重要な意味を持っています。ストレスで生産性が落ちているのを、労働時間を増やすことでカバーし、疲弊している社員が多く潜んでいる可能性があります。積極的にメンタルヘルスの予防策を取り入れることで、潜在的な生産性低下にもメスを入れることになるといえるでしょう。
[図表]現在、会社生活や仕事上で強いストレスや不安を感じている
(集中していない時間の割合別)
資料出所:株式会社日本能率協会総合研究所『IT企業の「ストレス・マネジメント調査」』より
ストレスチェックの目的の誤解
現在、"メンタルヘルス"の領域において、企業の関心が最も高いのは、昨年12月1日に義務化された「ストレスチェック制度」ではないでしょうか。
JMAメンタルヘルス研究所においてもストレスチェックサービスを提供していますが、ストレスチェックを担当する総務・人事に従事する方にヒアリングをすると、制度の複雑さに困惑するとともに、高ストレス者の「医師による面談指導」を心配している声をよく耳にします。また、経営トップや総務・人事担当者の「ストレスチェック制度」の目的理解が多様であることに気づかされます。
今回のストレスチェックの目的は、メンタルヘルスの不調者をあぶり出すものではありません。あくまで、目的はメンタルヘルス不調を未然に防ぐことであり、職場においてメンタルヘルス不調を発生させないための対策が求められているのです。集団分析や職場環境改善は努力義務ではありますが、本来の目的を考えると、職場における改善活動が重要なポイントとなっています。
産業医や保健スタッフが常駐しており、日頃から職場を巡回して労働者の健康管理がしっかりと行われている企業や組織は、産業界においてはほんの一部にすぎません。そう考えると、高ストレス者が医師面談を受けることで、早期治療にはつながるにしても、取り巻く環境の改善にまでは手が届かないでしょう。となると、対症療法でしかなく、メンタルヘルス不調につながる根本的な要因にまではたどり着けず、同じようなことが何度となく起きてしまうことになりかねません。
運用を心配しているストレスチェック担当の総務・人事部門の方には、「今まで自社で実施してきたメンタルヘルス対策(不調者が出た時の対応)と同じ手順を踏めばいいことなので、特にストレスチェック制度になったからといって慌てることはありません」とお話ししています。
ストレスチェック制度は、個人や組織のストレス状況を可視化する良い機会ともいえます。これをチャンスとしてメンタルヘルス不調者が出にくい体質づくりを組織的に考えてみてはいかがでしょうか。次年度以降になるかもしれませんが、ストレスチェック後の対策(管理者教育・職場環境改善など)まで視野に入れて取り組むことを考えた上で、"体質改善型"のストレスチェックを実施することが重要だと思います。
次回からは、メンタルヘルス不調の未然防止策の具体的な進め方について、解説していきます。
JMAメンタルヘルス研究所が提供するストレスチェックサービス
『Smart Stress Check』のご案内はこちら
⇒ http://www.jmamh.or.jp/stresscheck/index.html
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Profile
馬場 裕子 ばば ゆうこ
一般社団法人JMAメンタルヘルス研究所
理事 シニアコンサルタント
1997年慶應義塾大学大学院経営管理研究課修了、経営学修士(MBA)。同年、株式会社日本能率協会総合研究所に入社し、CS(顧客満足度)調査・研究に携わった後、組織や人材の問題解決のための調査・コンサルティングに10年以上従事する。また、リーダーシップ研修や職場活性化のためのワークショップの講師も務める。現在では、産学連携でのメンタルヘルスの予防に向けた商品開発も手がける。著書に「メンタルヘルス対策実務マニュアル~人事部主導の「組織・体制・仕組み」づくり~」(共著)がある。