人事評価とは従業員には不満の対象としかなり得ないものなのか。本書によれば、人事評価には、評価者や人事担当者がどれだけ頑張っても克服できない「組織の事情」とも言うべき難点があり、その最たるものが、自分(従業員)の評価の背景が「曖昧」にしか伝わってこないというものであるとのことです。
こうした評価の曖昧性は、必ずしも評価者や人事担当者に問題があって生じるものではなく、個人の評価が所属する部門や企業全体の動向に大きく左右されるものでありながら、その動向を正確に把握・統制できる主体が存在しないために生じるものであり、人事評価が抱える構造的な制約であるとしています。
そこで本書では、人事評価の理想的な在り方といった考えからある意味で距離を置き、こうした曖昧性を人事評価における「真実」として評価者・被評価者の双方が理解するところから、評価に対する不満という問題の克服が始まるとしています。端的に言えば、人事評価の現実的な目標は「満足感や公正感の最大化」ではなく「不満感や不公正感の最小化」に置かれるということです。
第1章では「人事評価の成り立ち」をおさらいし、従業員に納得してもらうための「公正な評価」とは何か、そこから見えてくる人事評価が目指すべき現実的目標は何かを考察。第2章「曖昧化する人事評価」では、人事評価への不満と不安の背景には、人事評価における曖昧さの問題があるとしています。
第3章「曖昧さの中での納得」では、曖昧にならざるを得ない評価に従業員が納得する道筋にどのようなものがあるかを分析し、そこには、評価制度のねらいが部分的に外れるのは仕方がない、実際に受ける評価や報酬はそう悪いものではない、自己評価を過信しない――などといった従業員自身の「現実主義的な評価観」があるとしています。
では、どのような経験を積めば、従業員は人事評価における曖昧な状況を受け入れるのか。著者は、そこには、部下である従業員と上司である管理者との関係性が決定的に重要な要因として働くとしています。それは具体的には、非公式的・日常的に上司から評価を受けていることであったり、仕事に対して充実感を抱き自身の成長を目指していることであったり、評価者=上司に信頼感を抱いていることであったりするとしています。
そのことを受け、第4章「職場や従業員に寄り添う人事評価」では、人事部門と現場の関係を編み直すために、人事部門の新たな役割として、地に足着いた「戦略パートナー」という考えを提唱しています。また、人事評価を「パフォーマンス・マネジメント」の手段として捉えることで、従業員の挑戦や成長への意欲を引き出し、企業の目標達成に結びつけることができるとしています。
評価の曖昧性をいったん肯定するところから議論を始め、従業員が人事評価における曖昧な状況をどう受け入れているかを分析し、それでは人事部門はどう対処すべきか、どのようなスタンスで人事評価というものを捉えるべきか、という順序で説いているのが興味深かったです。
考察のベースにフィールドワークの裏付けが感じられました。本書はまだ著者の研究の「中間総括」の段階であるようですが、「公正さ」だけでは物事は回らず、それ以外の大事なこともあるということを述べている点で、啓発的示唆に富むように思いました。
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※本記事は人事専門資料誌「労政時報」の購読会員サイト『WEB労政時報』で2014年11月にご紹介したものです。
和田泰明 わだ やすあき
和田人事企画事務所 人事・賃金コンサルタント、社会保険労務士
1981年 中堅広告代理店に入社(早稲田大学第一文学部卒)
1987年 同社人事部へ配転
1995年 同社人事部長
1999年 社会保険労務士試験合格、2000年 行政書士試験合格
2001年 広告代理店を退職、同社顧問(独立人事コンサルタントに)
2002年 日本マンパワー認定人事コンサルタント
2003年 社会保険労務士開業登録(13030300号)「和田人事企画事務所」
2004年 NPO生涯教育認定キャリア・コンサルタント
2006年 特定社会保険労務士試験(紛争解決手続代理業務試験)合格
1994-1995年 日経連職務分析センター(現日本経団連人事賃金センター)「年俸制研究部会」委員
2006年- 中央職業能力開発協会「ビジネス・キャリア検定試験問題[人事・人材開発部門]」策定委員
2009年 早稲田大学オープン教育センター「企業法務概論」ゲストスピーカー
