服部 泰宏
横浜国立大学大学院 国際社会科学研究院 准教授
1 はじめに
前回は、「企業イメージとマッチング」について、株式会社マイナビの神谷 俊氏と対談を行った。企業の側は就職活動を行う学生の特性をよく理解しつつ、採用全体の戦略を練り上げた上で、就職情報サイトをはじめ各採用施策の位置づけを考えて活用していくことの重要性を感じていただけただろう。
今回は、Webマーケティング支援事業を行っている、株式会社メンバーズの内橋洋美氏と対談を行う。これまでの回とは異なり、採用活動の取り組み・スタンスについてベンチャー企業と大企業の比較を意識しつつ、これからの改善に向けた知見を深めていきたい。
※株式会社メンバーズのWebサイトは、下記リンクを参照
企業ホームページ / 「ミッション」と2020年の目指す姿「VISION2020」
2 株式会社メンバーズ 人材開発室 内橋氏と服部による対談
服部 本日はよろしくお願いいたします。まずは自己紹介をしていただけますか。
内橋 私は、株式会社メンバーズ 人材開発室の内橋洋美と申します。当社は1995年に設立された、Webマーケティング支援事業を行う企業です。社員数380名ほどのベンチャー企業であり、私は採用担当チーフプロデューサーとして新卒採用に従事しています。今回は、ベンチャー企業の一つとして採用についてお話しできればと思います。
服部 有り難うございます。今回は大企業との対比を意識しつつ、ベンチャー企業である貴社のお考えや取り組みについてお話しいただき、採用に関する視点を深められればと思います。
さて、貴社はBtoBの事業を行うベンチャー企業ということで、大手企業や消費者に知名度の高い有名企業などと比べて、採用活動では難しいところがあると思います。そこで、どのような採用戦略を立てていますか。
内橋 メンバーズとしての今後の方向性を打ち出し、未来の部分を学生に見せていくようにしています。その際、「CSV(Creating Shared Value)」「共創」など学生のみなさんがなじみの薄いキーワードが出てくるため、どのように表現すれば伝わるのかを一緒に考えてくれるエージェントと組ませていただいて、採用活動を行っています。採用人数などの数値目標や方針は中期経営計画をベースにブレークダウンして決めており、その他各部署の戦略もその経営計画に基づいて進められています。
服部 なるほど、経営計画を基にしてすべての企画が決まっていくのですね。では、社内でのプランニングのプロセスはどのように進んでいくのでしょうか。
内橋 まずは部署のミッションがあり、それをブレークダウンしたものとして、担当ベースのミッションが提示されます。それを上司と共有して、具体的なチームや個人のアクションプランを考えていきます。中期経営計画はかなり"攻めた"内容ではありますが、もちろん実現不可能なものではありません。高い目標であったとしても、それを達成すべく仕事をしていくことが、個人の成長と結び付いていくと当社では考えています。
採用という点では、中期経営計画にあるとおり、社員数を2020年までに現在の380名から1000名にすることがミッションです。16年卒は90名の採用を目指しており、その後は毎年100名程度で進めていく予定です。並行して中途採用も行いますが、今後は採用を新卒中心にシフトしていきたいと考えています。
服部 なるほど、社員数を約2.5倍にですか。それはなかなか攻めたものになっていますね。しかしそれもベンチャー企業ならではの採用活動といえるでしょう。
採用において大企業と大きく異なる点として、これから新たに取り組む事業でどうやって学生を惹きつけるか、という点が挙げられると思います。どのような工夫をしていますか。
内橋 そうですね、「一緒にメンバーズの未来を創っていく人を採用する」ということを大事にしていて、会社説明会も独自色の強いものにしています。
例えば、事業内容や経営計画、数値目標などはホームページや公開されている中期経営計画から、参加者自身でも確認してもらいます。もちろんそれらの説明も会社説明会でお話しますが、会社説明会で何を中心に説明するのかというと、まず社会の変化とともに企業のマーケティング活動も移り変わっているという事業を取り巻く背景や環境変化を説明し、そこから絞って、具体的に当社としてはどのような戦略を考えているのか、その戦略で社会にどのような変化をもたらしたいと考えているのかについて説明します。
会社説明会はWebページでは伝わらない"思い"を話す場にしたい、と考えているのです。運営する側にとって大変な作業ではありますが、こうした説明を面白いと感じてくれた人は一緒に成長していける人材だと思っています。
服部 なるほど、徹底的にビジョンへの共感を目指すのですね。それは投資家に対する説明にある意味似ているように思います。ただ、投資家相手では事業計画や数字を細かく説明しますが、学生には数字よりも、思いや価値観の説明を重視するという点が違いますね。
内橋 私たちが大切にしている思いや価値観に共感した上で、メンバーズのミッションを共に実現していくことができる人に仲間になってほしいと考えているので、ある意味極端な説明会を行っていますが、自社で行う説明会の参加者はほぼ100%応募してくれています。代表の剣持の話がすごく参加者の心に響くようです。
企業と消費者の間で共感やエンゲージメントが生まれるマーケティングを行いたいという価値観を出し、その価値観に対するマッチング、共感を大切にしています。当社のコアバリューは「貢献」「挑戦」「誠実」「仲間」です。ミッション、ビジョンと共にそこをきちんと理解してもらって、もし自分に合わないと感じるなら、もっと自分に合う企業を検討するべきです、と明言しています。
服部 それだけ徹底されていれば、心理面でのミスマッチングが起こることは極めて少なくなるでしょうね。
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服部 さて、ここまでは主に心理的側面でのマッチングについてのお話で、定着において重要性が高い点だと思います。他方で、成長段階にある能力も重要かと思いますが、そういった面についてはいかがでしょうか。
内橋 当社の顧客の多くは業界トップクラスのBtoC企業です。したがって、当社が支援しているデジタルマーケティングが世の中に対して持っている影響力も非常に大きく、故に求められる品質レベルも非常に高いです。顧客の期待を上回る成果を出し、顧客のネットビジネスを成功に導くため、スキルを身に付けてもらうための研修なども行います。しかし、それよりも採用選考時点では、Webが好きということが何より大事だと考えています。併せて、Web業界は著しいスピードで新しくなっていくため、自ら学び続けることができる人材を求めています。
プログラミングのスキルは、大学で学んでいる学生が少ないので、採用段階ではそれほど重視していません。それよりも、知的探究心の強さを学生時代のエピソードから確認します。その人の主体性、その経験から何を学んでいるのか、成功・失敗要因は何だったのか、よりよくしていくには何が必要か――などを聞いていくことで、自ら突き動かされて行動した経験があるかを判断しています。
また、チームの一員としてチームワークを発揮していくことができるかも重要です。学生団体を立ち上げたといった話であれば、関係者のエピソードが出てくるかどうかを確認して、他者との関係性を考慮できる人かどうかを判定します。
服部 採用時に求める人材像が明確になっているようですね。その他に面接ではどのようなことをされていますか。
内橋 面接は人事のほか、現場のマネージャーが面接官として参加しており、面接官からのフィードバックで「この応募者は誰々の部署にいそう」というイメージが湧いてきます。それが鮮明に浮かんでくる人ほど選考を通過することが多いです。この感覚は、社員数が増えると薄まるのではないかと言われますが、当社では1000人体制になっても問題ないと考えています。
服部 価値観へのフィットを判断する上で入り口の選抜は非常に重要だと思います。他に選抜において工夫していることはありますか。
内橋 多くのベンチャー企業が参加する採用イベントに参加することも多いのですが、そこで行う5分程度のプレゼンでは、当社のありのままを伝えることに心を配っています。決して目立つ説明ではないので、その時点で、当社へ興味を寄せる人は限られてきますが、自分たちをことさらに大きく見せる必要はないと考えています。採用Facebookページでも、面接官に出てもらい、求める人物像や聞く内容を公開し、誠実に対応することを心掛けています。
服部 誠実な姿勢が強く感じられますね。ただ、そうとはいえ入社後のキャリアを積んでいく中で、新たなチャレンジを希望する社員も出てくると思いますが、そのような場合はいかがなされていますか。
内橋 ジョブローテーションの制度があります。また、社内公募制度を常時設けており、公募される業務・職種によって求められるスキルやコンピテンシーが異なっています。新卒に関しては、入社から数カ月後のタイミングで人事との面談を実施するほか、月に1回上長と面談しています。上長との面談では、成果・コンピテンシー・スキルの3軸により半期ごとに設定する目標の取り組みについてのすり合わせも兼ねて、困っていることがないかなどを拾っていきます。その際、何か問題が生じていれば人事に報告してもらうように現場と連携をとっています。
服部 リソースが限られているベンチャー企業とはいえ、新卒に対しては人事との連携をしつつフォローを行っているようですね。
さて、マーケティングの企業ということもあり、採用活動においても明らかにマーケティングの発想があるように思います。見せる情報と見せない情報の選別をかなりしっかりとされている印象が強いです。
内橋 そこは意識して行っています。採用は人事の仕事であるものの、営業の要素も多くあり、社外へのマーケティング活動の側面が強いと捉えています。当社を知らない学生にいかに知ってもらい、応募してもらうか。そこで会社の戦略との整合性をきちんと取るようにしています。
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服部 他社の採用担当とコミュニケーションをとる機会もあるかと思いますが、中堅大手の採用担当との違いを感じることはありますか。
内橋 リソースが多いということは感じますが、人数が多いためある程度組織化していく必要もあり、ベンチャー企業とは違った課題があるのだろうなと感じています。
服部 他社のリソース配分で意外と感じるところや、改善したほうがいいと思うところはありますか。
内橋 パンフレットやイベントを企画する際に打ち出し方などを参考にすることはありますが、当社には当社にあった最適な方法があると考えていますので、無理に当社に合わない方法を採用することはないと思います。
服部 それほど他社を気にしていないということが独特ですね。ビジネス面ではそうではなくとも、採用においては模倣が起こるのが通常です。それだけ独自の採用活動を構成していくことが筋なのだと考えられているのだと思います。
16年卒採用の動きなど、今後の新卒採用についてどう考えていますか。
内橋 個人的には、採用の後ろ倒しは誰のためにもならないと思っています。企業は実は学生のことを考えていて、学業に専念してほしいと思っていると思います。あれほど規制をしなくても、ルールを外せば企業は水面下で動くのではなく、もっと真摯に活動するようになるのではないでしょうか。後ろ倒しによって、それぞれの企業がこれまでの採用活動を考え直す良い機会になるのではないかと考えています。
採用活動に関して、私はメンバーズが特別なことをしているとは思っていません。自社を学生に知ってもらい、共感してくれる人が増えてくれればうれしいという思いに突き動かされ、それが採用という形になっているというだけです。今後もこの姿勢を続けていくだけです。
服部 確かに、この転換期をいい機会に、それぞれの企業がこれまでの採用活動を見直し、改善していく機会になるといいですね。
3 最後に
中期経営計画からのブレークダウン、2020年までに社員を2.5倍に増やす採用計画、徹底的なビジョンへの共感、人材要件の明確化、ことさらに自社を大きく見せるのではなく誠実な対応に徹すること――こうした取り組みは、独自の理念を持つベンチャー企業ならではの一面とも言えるかもしれないが、内橋氏のコメントには、企業の規模を問わずこれからの採用施策の再考につながる示唆が多く含まれていると感じられた。
ここまで5回の連載で、対談を中心としてさまざまな採用施策について検討してきた。次回の連載では、最後を締めくくるものとしてこれまでの議論をまとめていきたい。
PROFILE
服部 泰宏 はっとり やすひろ
横浜国立大学大学院 国際社会科学研究院 准教授
1980年神奈川県生まれ。滋賀大学経済学部情報管理学科専任講師、准教授を経て現職。組織コミットメントや心理的契約といった日本企業における組織と個人の関わりあいや、経営学的な知識の普及の研究等に従事。2010年に第26回組織学会高宮賞を受賞。2013年以降は、人材の「採用」に関する科学的アプローチである「採用学」の確立に向けて「採用学プロジェクト」を立ち上げ、主宰者として精力的に研究・活動に従事している。