2014年05月16日掲載

Point of view - 第18回 山田ズーニー ―会社で「やりたいこと」をやる道


会社で「やりたいこと」をやる道

山田ズーニー  やまだ ずーにー
文章表現インストラクター
岡山県生まれ。ベネッセ小論文編集長として高校生の「考える力・書く力」を育成し、2000年独立。著書『伝わる・揺さぶる!文章を書く』(PHP新書)、『あなたの話はなぜ「通じない」のか』(ちくま文庫)ともにベストセラーとなり、フリーランスのインストラクターとして慶應義塾大学・電通をはじめ全国多数の大学・企業で文章表現力・コミュニケーション力の教育を行っている。『半年で職場の星になる!働くためのコミュニケーション力』(ちくま文庫)、『おとなの進路教室。』(河出文庫)他、働くおとなをサポートする著書多数。「おとなの小論文教室。」連載中。
 ※ほぼ日刊イトイ新聞「おとなの小論文教室。」サイトはこちら

 

仕事に自己表現を期待してしまう人

 「幼いころから親の敷いたレールに沿い、よい子の仮面をかぶってきた。自己を表現することをしてこなかった」と言う人に、表現教育現場ですごくたくさん出会う。こうした人は、「仕事で自己表現したい」という無自覚の期待を抱きやすい。自分の想いを言葉や行動で表したいというのは人間の本能的希求だ。それを押し殺して、よい高校へ、よい大学へ、目的のために今を犠牲にし続けた人生はむなしい。
 そこへきて、生まれて初めて自己表現しろと言われるのが就職活動。面接官は問う。「きみのやりたいことは?」と。問われ続けるうち、抑え込んできた希求はこじ開けられる。望む会社に入りさえすれば、今度こそ人生初めてやりたいことがやれるとの期待が、まったく自覚のないままに膨れあがってしまっても無理はない。ボタンの掛け違いが始まる。

会社に入るとき選んでいるもの

 多くの人が「就職」でなく「就社」を選ぶ。この時点で「自己の」でなく「チームで会社の」目標を実現することを選んでいる。さらに選んでいるものがもう一つ、「分業」だ。
 たった一人でお団子屋さんをしている人が、考える・決める・つくる・売る全行程を一人でやるとすれば、会社は、考えるだけの人、決めるだけの人、つくるだけの人、売るだけの人、タテにヨコに分業されている。持ち場によって視野も経験も別世界。3年、5年たつうち話が通じにくくなるのは必至だ。
 それを補うのがコミュニケーションだ。タテにヨコに話を通すために、並み一通りでない努力をしなければならない。上に話を通す、ただそれだけで何日も苦しむことがあるのも、却下されることがあるのも、すべて分業で効率アップするのと引き換えに私たちが選んだことだ。この構造だけでも会社は、自己をずっと表現してこなかった人が、いきなりやるぞと期待するには、あまりにもそぐわない場だ。では"辞めたい病"になる前に、どうするか。

自己表現と自立と幸せになること

 ヤンキースのマーくん(田中将大)にとって、「野球=自己表現=自立=幸せ」だ。自分が自分らしくあるため野球をやっていれば、そのまま仕事になって、お金も社会的居場所もついてくる。さらに愛し愛されるお嫁さんもきて「幸せ」な家庭をつくる。こんなスターの生き方がもてはやされ、私たちは「やりたいこと」さえ見つかれば、自己表現も自立も幸せも、イモヅル式に手に入ると刷り込まれている節がある。
 しかし現実には多くの人が、会社に勤めるかたわら、別に時間をつくって芸術やスポーツなどの自己表現に励み、それだけでは出逢いさえないと、婚活など愛し愛される人間関係を築く努力は別にやっていく。自己表現と自立と幸せになる手段を分け、三つの世界を行ったり来たりできる生き方も風通しがいい。
 もともと仕事は他者貢献。お金のもらえるレベルの高さで他者によろこんでもらう労働だ。出発点は自己表現とは逆、自分の自由になる身と時間の「拘束」ですらある。社会に出る際、「最悪、やりたいことがやれなくても、人や社会の役に立てば、まずはOK」とボタンの掛け違いを正しておけば、必要以上に会社に落胆、消耗することもない。そこを出発点に、いかに「やりたいこと」に、にじり寄っていくか。

やりたいことはどこにある?

 「就社」を選んだ人にとって、「やりたいこと」は、「会社」と「業界をめぐる社会」と「自己」のつながりの中に見つけていくものだ。
 会社では年度ごと、あるいは、半期、四半期ごとに目標設定が求められる。分業が進んでいるため、目標を共有しないと、みんなバラバラになってしまうからだ。だが、「目標=上から下されるノルマのみ」になってしまうと、自分の存在意義もやりがいも失ってしまう。上から見てもノルマ以上は積極的にやってくれない印象。かといって自己実現や上達目標のみに走れば、会社と不協和音になる可能性も。
 そこで、次の三つの視野で目標を立てよう。一つ目は「仕事理解」。会社が今年度目指すゴールは何か、その中で自分の持ち場は誰にどう貢献する仕事かを、合計200字でまとめる。なぜ200字かというと、それくらい短い字数で言えないことは自分でもよくわかっていないからだ。二つ目は「業界をめぐる社会背景の理解」。業界は、お客さんは、どんな現状でどんな課題を抱えているかを200字でまとめる。三つ目は「自己理解」。今まで生きて働いてきた自分は、組織や社会に貢献できるどんな経験・能力・資質があるかを200字で。
 ここまできたら、「仕事」と「社会」と「自己」の関係を考えながら、目標設定、つまり今年度、仕事を通して人や社会をどうよくしていくかのビジョンを200字でまとめる。このビジョンこそ「やりたいこと」の仮説。あなたの志になるものだ。以上をベースに面談を受ければ、目標設定ごとに自己と仕事と社会の絆が強まる。

会社で働く理由

 「就社」を選んだ以上、「分業」を選んだのだ。分業を選んだ以上、コミュニケーションに骨が折れるのは当たり前だ。私たちは身投げするくらいの気持ちで上司の話を理解したり、隣の持ち場へ話を通すにも翻訳並みの工夫をしなければならない。
 なぜそうまでして会社で働くかというと、個人の人生をはるかに超えた規模で社会に働きかけるためだ。コミュニケーションに心を砕き、タテヨコに連携を図れる人が、自分の手足・頭脳を5人、10人…100人分と拡大し、組織を、ひいては社会を自由に動きまわり、「やりたいこと」をやれるのである。会社で働く自由はそこにある!