吉田利宏 よしだとしひろ 元衆議院法制局参事
■国の法令に種類
「最後にそんな重要なこと残していたのですか?」。そう言われてしまいそうですが、今回の話題は「国の法令の種類と通達・通知の役割」です。
憲法は別格として、国の法令を効力の強い順に並べると、「法律」→「政令」→「省令(府令)」となります。国の法令にこうした効力の優劣があるのは、その制定権者の違いによります。国民の代表である国会が定めた法律がまず一番効力が強いのは当然でしょう。次は内閣が定めた政令です。内閣というのは行政権の本体ですから、個々の大臣が定める省令(内閣府の場合には「内閣府令」)より効力が強いのです。
■政省令の役割と白紙委任の禁止
これらの法令の役割分担ですが、まず、国民の権利を制限したり義務を課したりする場合には必ず法律によらなければならないというルールがあります。ただ、国民の権利義務に関わる事柄をすべて法律で定め尽くすことができるかといえば、それは難しいのです。条文が複雑となりますし、改正も煩雑となるからです。そこで細かいことを政省令に委ねることが必要となります。ただ、政治に興味のない殿様のように「よきにはからえ」と白紙委任的に任せることは禁じられています。それでは、行政が好き勝手に政省令の内容を決めてしまうおそれがあります。「○○については政令(省令)で定める」。そうした規定(委任規定)を法律に置くにしても、その任せる趣旨や範囲などを法律で明らかにしなければなりません。次の例は、労働基準法37条は割増賃金の根拠規定です。具体的な割増率を「通常の労働時間又は労働日の賃金の計算額の2割5分以上5割以下の範囲内」とした上で政令に任せています。
○労働基準法
(時間外、休日及び深夜の割増賃金)
第37条 使用者が、第33条又は前条第1項の規定により労働時間を延長し、又は休日に労働させた場合においては、その時間又はその日の労働については、通常の労働時間又は労働日の賃金の計算額の2割5分以上5割以下の範囲内でそれぞれ政令で定める率以上の率で計算した割増賃金を支払わなければならない。ただし、当該延長して労働させた時間が1箇月について60時間を超えた場合においては、その超えた時間の労働については、通常の労働時間の賃金の計算額の5割以上の率で計算した割増賃金を支払わなければならない。
2~4 略
5 第1項及び前項の割増賃金の基礎となる賃金には、家族手当、通勤手当その他厚生労働省令で定める賃金は算入しない。
どのような事項を政令に任せ、どのようなことを省令に任せるかの区別はなかなか難しいものです。ただ、いえるのはより重要なことは政令に任せるという大原則です。労働基準法37条5項では割増賃金の基礎から除かれる賃金を省令で定めるよう規定しています。割増賃金の額を左右しかねない大事な事柄のようにも思えますが、家族手当や通勤手当の例から、除かれるのは「労働と関係なく支払われる賃金」であることが明らかです。そこで省令事項と十分と考えたのでしょう。
■通達と通知
しばしば法令と間違われるものに「通達」や「通知」があります。法令というのは「国民の権利義務に関する定め」であり、「国民に向けられたルール」といえるでしょう。ところが、通達は「上級行政機関が下級行政機関に出す命令」です。「行政内部の命令」という点で法令ではありません。ただ、行政機関が法令を解釈・運用するに当たって大切な内容を含んでいるため、公務員以外からも引っ張りだこです。労働関係の主な通達には次のようなものがあります。
略称 | 内容 |
労働省発労または発労 | 労政局関係の事務次官名通達 |
労発 | 労政局長名通達 |
労収 | 労政局長が疑義に応えて発する通達 |
労基 | 労働基準局関係の事務次官名通達 |
基発 | 労働基準局長名通達 |
基収 | 労働基準局長が疑義に応えて発する通達 |
収監 | 労働基準局監督課長が疑義に応えて発する通達 |
基災発 | 労働基準局労災補償部長または労災補償課長名通達 |
『労働法全書(平成25年版)』(労務行政)26頁より
また、通知は命令できない相手に「お願いしたい内容」などを伝えるものとして使われます。国が通知を出す相手としては自治体や事業者団体などがあります。地方分権改革後、国と自治体とは対等の関係となりました。そのため以前の「通達」は「通知」へと改められました。法的には国からの「技術的な助言」とされています。
■ラーメン鉢の底の竜を見よう!
今回でこの連載は終わります。何気なく読んでしまう法令ですが、実は、正確に内容を伝えたいためにいろいろな表現上の工夫がされています。ラーメン鉢の底にはスープを飲み干した者だけが見ることができる竜の模様が描かれています。法令にも法令の規定上のルールを知る者だけが理解できる「伝えたいこと」が埋め込まれています。30回分のご静聴、ありがとうございました。
※本記事は人事専門資料誌「労政時報」の購読会員サイト『WEB労政時報』で2013年1月にご紹介したものです。
吉田利宏 よしだとしひろ
元衆議院法制局参事
1963年神戸市生まれ。早稲田大学法学部卒業後、衆議院法制局に入局。15年にわたり、法律案や修正案の作成に携わる。法律に関する書籍の執筆・監修、講演活動を展開。
著書に『法律を読む技術・学ぶ技術』(ダイヤモンド社)、『政策立案者のための条例づくり入門』(学陽書房)、『国民投票法論点解説集』(日本評論社)、『ビジネスマンのための法令体質改善ブック』(第一法規)、『判例を学ぶ 新版 判例学習入門』(法学書院、井口 茂著、吉田利宏補訂)、『法令読解心得帖 法律・政省令の基礎知識とあるき方・しらべ方』(日本評論社、共著)など多数。近著に『つかむ つかえる 行政法』(法律文化社、2012年1月発行)がある。