吉田利宏 よしだとしひろ 元衆議院法制局参事
■消える「おばさん」
近頃、世間から消えた言葉に「おばさん」があります。「おねぇさん、ここ注文とってよ!」。
昼時の定食屋でサラリーマングループがこう呼び掛けます。その声の先にいるのはどうみても60代の女性です。
そうしたことがあるからでしょうか? 小学生の娘からこんな質問を受けました。「ねぇ、おばさんっていくつくらいの人をいうの?」。「時と場合による」。そう言いかけて、その言葉をしまいこみました。それでは娘が納得するわけありません。
前回までたくさんの法令用語を見てきました。法令用語というのはどの法令でも同じ意味で使われるところがポイントです。ところが、今回紹介するのは少し趣の違う言葉の使い方です。「都合がいい」と言われればそれまでですが、法令では、同じ言葉であってもそれぞれの法令によって異なる意味が与えられている場合があります。
■いくつから「高齢者」なの?
「おばさん」同様、言われたくない言葉に「高齢者」があります。なんだか、「お年寄り」と言われているようで、いい感じがしません。法令上は、高齢者、高年齢者などいろいろな表現があり、少し調べてみただけでも次のようにその年齢もさまざまです。
高 齢 者 |
高齢者虐待の防止、高齢者の養護者に対する支援等に関する法律2条1項 | 65歳以上 |
高齢者の居住の安定確保に関する法律5条1項(施行規則) | 60歳以上(60歳未満であっても要介護認定などを受けている一定の者を含む) |
高 年 齢 者 |
高年齢者等の雇用の安定等に関する法律2条1項(施行規則) | 55歳以上 |
このように法令によって高齢者などの定義がバラバラなのは、法令の「ご都合主義」によるものです。例えば、「高年齢者等の雇用の安定等に関する法律」では、「弱冠55歳!?」にして高年齢者の仲間入りです。この法律では、雇用が不安定になりやすい年齢として少し若めに線を引いたのでしょう。このように、一つひとつの法律が実現しようとする目的との関係で「高齢者」を定めています。こうした「ご都合主義」的な定義は、六法を注意して眺めて見るとたくさんあります。「労働者」の定義も、次のように同じ労働関係法規のなかでも違う使われ方がされています。
○労働組合法
(労働者)
第3条 この法律で「労働者」とは、職業の種類を問わず、賃金、給料その他これに準ずる収入によつて生活する者をいう。
○労働基準法
(定義)
第9条 この法律で「労働者」とは、職業の種類を問わず、事業又は事務所(以下「事業」という。)に使用される者で、賃金を支払われる者をいう。
労働組合法では、自らの労働力だけを頼りにして暮らす存在を「労働者」と捉えています。一方、労働基準法では、他人の指揮監督の下で働く者を「労働者」としています。こうした違いから、労働基準法では労働者に含まれない失業者が、労働組合法では労働者に含まれることになります。
そういえば、雇用保険法施行規則110条の3第1項では、45歳以上の者を「中高年齢者」と呼び、45歳未満の者を「若年者等」と呼んでいます。「この間まで若いと思っていたのに、すぐに中高年になってしまって…」。そんな実感どおりの規定ぶりです。それにしても、「若年者からいきなり中高年齢者とは‥」と目を凝らして見ると若年者の後には「等」の文字があります。おそらく、若年者でもなく、かといって中高年齢者でもない年齢の者を「等」と表現しているのでしょう。中高年齢者になって初めて思うものです。「等のうちにもっと勉強しておけばよかったと…」。
※本記事は人事専門資料誌「労政時報」の購読会員サイト『WEB労政時報』で2012年12月にご紹介したものです。
吉田利宏 よしだとしひろ
元衆議院法制局参事
1963年神戸市生まれ。早稲田大学法学部卒業後、衆議院法制局に入局。15年にわたり、法律案や修正案の作成に携わる。法律に関する書籍の執筆・監修、講演活動を展開。
著書に『法律を読む技術・学ぶ技術』(ダイヤモンド社)、『政策立案者のための条例づくり入門』(学陽書房)、『国民投票法論点解説集』(日本評論社)、『ビジネスマンのための法令体質改善ブック』(第一法規)、『判例を学ぶ 新版 判例学習入門』(法学書院、井口 茂著、吉田利宏補訂)、『法令読解心得帖 法律・政省令の基礎知識とあるき方・しらべ方』(日本評論社、共著)など多数。近著に『つかむ つかえる 行政法』(法律文化社、2012年1月発行)がある。