2014年02月24日掲載

人事担当者のための法律読みこなし術 - 第22回 準用する

 


吉田利宏  よしだとしひろ 元衆議院法制局参事


■条文書きの極意

 「条文書きの極意は、何にも足さない、何にも引かないこと」。法制局の先輩はそう私に言うとにっこりと笑いました。「何にも足さない、何にも引かない?」。もちろん、その言葉は知っています。当時、テレビでよく流れていたあるモルトウイスキーの宣伝文句でしたから…。ポカンとしている私にその先輩はさらに続けました。「書かなければならないことは必ず書く。しかし、書く必要のないことまで書いてはいけない。読み手はその余分なことに意味を見つけ出そうとするから。つまり、何にも足さない、何にも引かないなんだ」。こうした考えの現れなのでしょう。条文では繰り返しを避ける表現がよく使われます。そうした表現の一つに「準用する」というのがあります。

■「準用する」の使い方

 「適用する」というのは、本来の対象に当てはめることをいいます。一方、「準用する」というのは、本来の対象ではないけれども似ている対象に条文を当てはめることをいいます。「準用する」という表現は、よく法令で使われますが、繰り返しを避けるという意味では、とても優れています。例えば、次の「介護労働者の雇用管理の改善等に関する法律」を見てください。6条3項と4項の規定は、介護雇用管理改善等計画(以下「計画」といいます。)の策定に当たっての手続規定ですが、同条5項でこれらの規定を計画の変更の際にも当てはめています。「準用する」という手法をとらなければ、計画を変更する場合にも3項や4項に相当する手続規定を書き下ろさなければなりません。

○介護労働者の雇用管理の改善等に関する法律
(介護雇用管理改善等計画の策定)
第6条 1・2 略
3 厚生労働大臣は、介護雇用管理改善等計画を策定する場合には、あらかじめ、労働政策審議会の意見を聴くものとする。
4 厚生労働大臣は、介護雇用管理改善等計画を策定したときは、遅滞なく、その概要を公表しなければならない。
5 前2項の規定は、介護雇用管理改善等計画の変更について準用する。

■読替規定

 そうはいっても、準用の場合には、本来の対象ではない対象に当てはめるのですから、そのままでは読みにくい場合も多いものです。そこで登場するのが「読替(よみかえ)規定」です。「第○条中『××』とあるのは『○○』と読み替えるものとする。」読替規定は、準用規定に続いて置かれ、こうした読みにくいところを補ってくる規定のことです。ただ、読替規定を置くかどうか、また、どのような読替規定を置くかには定かなルールがなく、もっぱら起案者のセンスに任されているところがあります。この場合にも冒頭に紹介した「何にも足さない、何にも引かない」という考え方が生きてきます。ときには、読替規定が不十分で読みにくい場合がないではありません。その場合に、それを読み解くのは読み手のセンスに任されているといえます。

■準用規定のわな

 駅前の「みどり寿司」は、4000円での寿司の食べ放題が人気のお店です。店には以下のような貼り紙がされています。

寿司食べ放題
1 食べ放題の制限時間は3時間です。
2 注文したお寿司を残したグループには、全部の注文につき、食べ放題ではなく個別に注文したものとして精算いたします。

 2のルールがあるので、この店のお客さんは食べ残しをしません。その分、値段も抑えられているのです。さて、ある日、みどり寿司に、以下のような新たな貼り紙が加わりました。S君と会社の同僚たちは早速、寿司の食べ放題と一緒にビールの飲み放題も注文しました。

1000円でビール飲み放題始めました!
 寿司食べ放題のルール1と2は、ビール飲み放題にも準用します。

 食べ終わって大満足のS君たち。ところが、5000円ずつテーブルに置いて立ち去ろうとすると、おかみさんに呼び止められました。飲み物を残したので、1人当たり6200円になるというのです。たしかに、テーブルにはコップに注がれたビールがいくらか残っています。コップのビールを飲み干そうとしたS君でしたが、すでに時計の針は3時間を回っています。
「コップに残ったビールも飲み残しになるのか…」。帰り道の星空を見ながら、準用規定の難しさと読替規定の必要性をかみしめたS君なのでした。

※本記事は人事専門資料誌「労政時報」の購読会員サイト『WEB労政時報』で2012年8月にご紹介したものです。

吉田利宏 よしだとしひろ
元衆議院法制局参事
1963年神戸市生まれ。早稲田大学法学部卒業後、衆議院法制局に入局。15年にわたり、法律案や修正案の作成に携わる。法律に関する書籍の執筆・監修、講演活動を展開。
著書に『法律を読む技術・学ぶ技術』(ダイヤモンド社)、『政策立案者のための条例づくり入門』(学陽書房)、『国民投票法論点解説集』(日本評論社)、『ビジネスマンのための法令体質改善ブック』(第一法規)、『判例を学ぶ 新版 判例学習入門』(法学書院、井口 茂著、吉田利宏補訂)、『法令読解心得帖 法律・政省令の基礎知識とあるき方・しらべ方』(日本評論社、共著)など多数。近著に『つかむ つかえる 行政法』(法律文化社、2012年1月発行)がある。