吉田利宏 よしだとしひろ 元衆議院法制局参事
■仮定的条件が重なるとき
「妻と不仲が続く場合において、ときめく出会いがあったときは…」
「ときめく出会いがあってどうなったの?」とその後を聞きたくなるかもしれませんが、関心をもってほしいのはそこではありません。今回は、条文の構造を理解するための用語シリーズ第3弾。まずは、「場合」と「とき」の使い方を取り上げます。
仮定的な条件が重なるときであっても、「場合」という語を2度重ねることはしません。そんなときには、大きな条件のときには「場合」を、小さな条件のときには「とき」を使います。
冒頭の文章は、「妻と不仲が続く」という大きな条件の下で、二つ目の小さな条件である「ときめく出会いがあった」と述べているのです。法制局に入りたての頃は「場合において、ときは…」などと口ずさんで覚えたものです。
■ああ! ビールが飲みたい
さらに、「場合」が使われている文章の読み解きを続けましょう。
ここ鈴木家でも、御多分に漏れず「節電モード」の夏です。ある日、冷蔵庫のこんな貼り紙に目が留まりました。
1 最高気温が30度を超えたときには、冷房を使用することができる。
2 前項に規定する場合においては、ビールを飲むことができない。
どうやら、妻が新しいルールを定めたようです。「あ~あ、冷房を使用した日にはビール抜きか…」。夫はため息をつきました。「部屋が涼しいのだから、ビールは我慢するか…」。夫は自分に言い聞かせるようにそうつぶやくのでした。ところがある日、夫は妻の底知れぬ野望に気付かされることになったのです。
いつものように汗だくになって帰宅した夫は、居間に冷房が効いていないことを確かめると、冷蔵庫を開けました。そこには冷えたビールが並んでいます。その中の1本をつかんだとき、妻がその手を振り払いました。
「あなた、ルールを忘れたの!」
■「前項の場合において」と「前項に規定する場合において」
総務課勤務が長かった妻は理路整然とルールの解説を始めました。「前項に規定する場合」というのは「前項の仮定的条件の部分を受ける言葉でしょ。つまり、最高気温が30度を超えたときという場合を指すの、つまり、冷房を使おうが使うまいが30度を超えた日はビールは飲めないのよ!」
妻がこのルールを定めた狙いは、冷房の使用制限と合わせてビールの消費量を減らすことだったのです。なるほど、「前項の場合」と「前項に規定する場合」には、以下のような意味の違いがあります。これを踏まえて貼り紙を見ると、なるほど、そのとおり解釈できます。
前項の場合において | ⇒前項の内容全体を受ける |
前項に規定する場合において | ⇒前項のうちの仮定的条件の部分を受ける |
この違いを実際の条文で確かめてみましょう。次の労働保険徴収法8条2項の「前項に規定する場合において」は、次の①、②のうち、どちらを意味しているでしょうか?
①厚生労働省令で定める事業が数次の請負によって行なわれる場合
②元請負人のみを当該事業の事業主とする場合
○労働保険の保険料の徴収等に関する法律
(請負事業の一括)
第8条 厚生労働省令で定める事業が数次の請負によつて行なわれる場合には、この法律の規定の
適用については、その事業を一の事業とみなし、元請負人のみを当該事業の事業主とする。
2 前項に規定する場合において、元請負人及び下請負人が、当該下請負人の請負に係る事業に関
して同項の規定の適用を受けることにつき申請をし、厚生労働大臣の認可があつたときは、当該
請負に係る事業については、当該下請負人を元請負人とみなして同項の規定を適用する。
もちろん、答えは①となります。
※本記事は人事専門資料誌「労政時報」の購読会員サイト『WEB労政時報』で2012年8月にご紹介したものです。
吉田利宏 よしだとしひろ
元衆議院法制局参事
1963年神戸市生まれ。早稲田大学法学部卒業後、衆議院法制局に入局。15年にわたり、法律案や修正案の作成に携わる。法律に関する書籍の執筆・監修、講演活動を展開。
著書に『法律を読む技術・学ぶ技術』(ダイヤモンド社)、『政策立案者のための条例づくり入門』(学陽書房)、『国民投票法論点解説集』(日本評論社)、『ビジネスマンのための法令体質改善ブック』(第一法規)、『判例を学ぶ 新版 判例学習入門』(法学書院、井口 茂著、吉田利宏補訂)、『法令読解心得帖 法律・政省令の基礎知識とあるき方・しらべ方』(日本評論社、共著)など多数。近著に『つかむ つかえる 行政法』(法律文化社、2012年1月発行)がある。