2013年12月13日掲載

Point of view - 第9回 中島 豊 ―人事のプロの在り方とは? ──人事担当者に求められる「人事コンピテンシー」

人事のプロの在り方とは?
──人事担当者に求められる「人事コンピテンシー」

中島 豊 なかしま ゆたか
中央大学ビジネススクール 特任教授
1961年生まれ。84年東京大学法学部卒業後、富士通に入社。90~92年にミシガン大学ビジネススクールに留学、MBAを取得。リーバイ・ストラウスジャパン、ゼネラルモーターズ、ギャップジャパン、楽天、シティグループ証券で人事業務を担当。主な著書に『非正規社員を活かす人材マネジメント』(経団連出版)、『経営戦略』(中央経済社)等、訳書ならびに監訳に『組織文化を変える』(ファーストプレス)、『人事コンピテンシー』(生産性出版)がある。

 

グローバル調査に見る人事コンピテンシー

 人事担当者(人事のプロ)に求められる能力(コンピテンシー)とは何か? ミシガン大学 ビジネススクールのデーヴ・ウーリック氏とウェイン・ブロックバンク氏らは、過去25年間にわたって、人事コンピテンシー調査(HR Competency Study:HRCS)を世界中の人事のプロに対して行ってきた。この調査の結果として、国、地域の違いを超えた共通する要素が見いだされた。一方で、時間の経過とともに、次のような興味深い変化も見られた。
 1987年の最初の調査では、社内のポジションや、業界、地域にかかわらず、人事のプロが成果を出そうとする際に求められる次の三つのコンピテンシーが、まず明らかになっている。

①ビジネス知識:ビジネスの収益の源泉は何か、利益を上げるためにどのような資源を整える必要があるかについて知っている
②人事の職務を全うする:会社の人材に関わる仕事に対して責任を負う
③変革する:組織内における変革を監理する

 それから5年後の1992年の調査では、自ら期待値を設定し、かつそれを達成し、その上で関係者の信頼を獲得する「個人に対する信頼」という四つ目のコンピテンシーが追加された。さらに、1997年の第3回調査では、組織文化を創造し管理する「文化」というコンピテンシー領域が付け加えられた。
 米国でエンロン事件が起きた翌年の2002年調査では、人事コンピテンシーがビジネスに与える影響についても分析された。その結果、「ビジネス知識」「人事の職務を全うする」、そして「個人に対する信頼」が、ビジネスにおいて重要であると結論づけられた。さらに、外部の顧客と連携する「戦略への貢献」、人事の仕事における定型業務を支援するテクノロジーを理解する「人事テクノロジー」という二つの新しい要素も付け加えられるなど、大幅な変更が加えられた。また、この回では、「個人に対する信頼」が、人事のプロの個人業績を向上させるために一番影響を与えていることも示された。

個人業績とビジネス業績に大きく影響する「信頼される行動家」

 2007年の調査では、人事コンピテンシーがこれまでの変遷を踏まえて再整理され、[別図]の六つのコンピテンシーが示された。

[別図]人事担当者のコンピテンシー

  1. 信頼され、かつ行動するという「人事の矜持(きょうじ)」とも言うべき「信頼される行動家(Credible Activist)
  2. 企業文化の真の価値を認め、一つにまとめ、形づくる「文化と変革の執事」(Culture & Change Steward)
  3. 人材管理と組織設計の両方に関する理論、研究・調査、事例に精通する「人材の管理者/組織の設計者」(Talent Manager/Organization Designer)
  4. 現在と将来にわたって組織が市場でどのようにして「勝つ」ことができるかという洞察を持ち、それを具体化する包括的な戦略を立てる際に積極的に関わっていく「戦略の構築家」(Strategy Architect)
  5. 人材と組織の管理業務を遂行する「業務遂行者」(Operational Executor)
  6. ビジネスを行う社会的な意味や、置かれている状況を理解することによって、そのビジネスの成功に貢献する「ビジネスの協力者」(Business Ally)


 また、人事のプロの個人業績と所属するビジネス業績に与える影響の詳細な分析の結果、これら六つのコンピテンシーのうち「①信頼される行動家」が、個人業績とビジネス業績の向上に最もインパクトを与えることが分かった。それに続いて、順に「③人材の管理者/組織の設計者」→「②文化と変革の執事」→「④戦略の構築家」が重要な影響を与えていることも明らかになった。

日本の人事パーソンも「経営のテーブルに招かれる存在」となるべき

 この人事コンピテンシー調査は、北米、南米、ヨーロッパ、東南アジア、インド、中国といった世界規模で実施されているが、残念なことに日本はこれまで調査対象に含まれていない。そのため、ウーリック氏らの言う「人事コンピテンシー」に納得がいかない日本の実務家も多いのではないかと思われる。この違和感の主な原因として筆者は、海外と比較して、企業における日本の人事のプロの在り方が異なっていることがあるのではないかと考える。
 欧米を中心とした世界では、1980年代から企業競争力回復のために「戦略的人事」の必要性が説かれた。当時、世界経済で台頭していた日本企業と競争するために必要であると考えられたのである。しかし、「戦略的」という言葉によって、人事は経営の企図を実現することを使命とされ、人事のプロはビジネスの下請けの立場に置かれた。
 しかしながら、2001年以降、企業のガバナンスが見直される中で、人事の在り方は“ビジネスの従者ではなく、経営の一翼を担う存在になるべき”とされた。外部の顧客、投資家、そして地域や社会に直接貢献する存在に変化することで、企業の競争力向上に寄与する存在となることを目指すようになったのである。
 今日の日本では、ようやく「戦略的人事」が人口に膾炙(かいしゃ)するようになったが、その在り方はかつての欧米人事のような“経営の下請け”にすぎないことを危惧する。企業や産業の競争力回復のために、日本の人事のプロも「人事コンピテンシー」を強化し、「経営のテーブルに招かれる存在」となるべきときが来ていると考える。

[注]本稿で取り上げた人事コンピテンシー調査(HRCS)の結果の詳細は、“HR Competencies”(Ulrich, Brockbank, Johnson, Sandholtz, and Younger, 2007)に詳しい。邦訳は中島 豊『人事コンピテンシー』(生産性出版)として2013年8月に刊行されている。