山本紳也 やまもと しんや
プライスウォーターハウスクーパース株式会社
パートナー
第1回 | 「HR Transformation」とは |
第2回 | 外資系企業に見るHR Transformation実現のポイント① ―BP(ビジネスパートナー)の目指す姿 |
第3回 | 外資系企業に見るHR Transformation実現のポイント② ―CoE(センターオブエクセレンス)と OPE(オペレーショナルエクセレンス)が目指す姿 |
第4回 | 「日本企業の課題とこれから」 |
前回までの連載3回で、HRトランスフォーメーション(HRT)の全体像、その典型的機能であるBP(ビジネスパートナー)、CoE(センターオブエクセレンス)、OPE(オペレーショナルエクセレンス)について先進外資系企業の取り組み事例を参考に解説してきた。
では、日本企業はどうなのだろうか。日本企業が後れをとっているという話は随所で触れてきたが、連載最後となる今回は、なぜ日本企業が遅れているのか、うまくいかないのか、ではどうすれば良いのか――について、トライしているもののなかなかうまくいっていない日本企業事例を紹介しながら、一緒に考えたい。
“組織は作ってみたものの”企業
大手メーカーA社の例。事業の多角化とグローバル化の推進によりビジネスの国際化は進んだものの、その変化に本社部門が追い付けず、事業の管理とサポートが十分にできなくなってきた。人事部でもどうにかしなくてはいけないと話題にはなっていたものの、動けていなかったところ、社長からのトップダウンにより、思い切った人事部門の改革を行うこととなった。
まず、本社人事にすべての人事情報を集約すべく、統一システムの導入によってグローバルでの人事情報管理の一本化を図り、その情報を用いて人事事務運営を管理する「人事情報管理部」(OPE)を本社人事部に設置した。そして、社長からのトップダウン指示の下、企業理念や行動規範、さらには等級制度や評価制度など人事制度の統一をミッションとする「グローバル人事企画部」(CoE)が設置された。
各事業部門の人事について、事業子会社ではこれまで各社の人事が独自の施策を行っていた一方、本社組織内事業部には人事担当が存在したりしなかったりと、統一性がまったくなかった。そこで今後は、本社の管理の下で各事業部門がそれぞれの人事施策を実行するという戦略を構え、事業部人事(BP)の管理と指導を行う部署として、本社人事部門に「ビジネス人事管理部」が設置された。改革の全体像は、まさにHRTである。ところが、その改革は迷走し混迷してしまった。
まず、OPEに当たる人事情報管理部について、連載第3回で触れたように、情報管理とその情報を使った生産性の向上のためには「標準化」が不可欠である。A社では、情報管理のためのシステム導入に注力したものの、標準化に対する意識と努力が欠落していた。もともと、各国で管理している人事情報は異なる上、法的に要求される情報、管理に注意が必要な情報、文化的に管理が求められる情報の種類も、それらの情報の使われ方も各法人によって異なる。また、採用に関しては、その応募者情報の管理と精査の方法がさらに異なる。これらを精査し、標準化を十分に検討した上で、情報管理の仕様を決めることが何より不可欠だが、そのステップを踏まなかったA社では、いざ動き出してみると、各国・各事業部からのクレームや要求、問い合わせが殺到し、その対応に忙殺されて、本来の改革の目的さえ忘れられていった。
グローバル人事企画部(CoE)は、トップダウンにより本社で決定したことを各国・各事業部に徹底するミッションということで、実行すべき内容は当初からクリアだった。しかし、実際に動き出してみると、取り組みは予想以上に難航した。グローバル人事企画と銘打ったものの、もとは日本本社人事の一部署であり、モノの見方や考え方は歴史ある日本本社の考え方や終身雇用の慣行がベースになっていた。このため海外からは、現地を分かっていない本社が日本の考え方を押し付けている、と取られてしまったのである。また、人事制度についても労働市場が異なる中で、なぜ等級制度や評価制度を統一する必要があるのか、その理念や考え方を十分に説明できるだけの議論がされていなかったことに大きな問題があった。
最後に、ビジネス人事管理部は、何より“管理”という部の名前がビジネスパートナーたるBPの理念にマッチしていない。言うなればこれは、BPではなく“BP管理部門”である。前回まで解説してきたように、各部門の事業に合った人事戦略をBPが策定して実践し、それを本社CoEがバックアップするというのがHRTの基本的な考えであり、本来、BPは本社が管理するものではない。A社では、BPに当たる事業部人事を管理する部署を本社に設定した。これも一つの考え方とは言えるが、ビジネス管理部と事業部人事の権限と責任の線引きがクリアでなく、それぞれの考えが時には対立し、お互いが時には無責任になり、迷走することになってしまったのである。
“BPがBPになってない”企業
大手メーカーB社は、これまで事業部制組織であったものの、各事業部に人事部門は存在せず、本社人事部の施策運用を事業部総務がサポートしているだけであった。その一方、海外の事業法人は事業部門の下部組織として置かれ、それら海外事業法人には、当然それぞれの人事部が存在し、それぞれが独自運営を行っていた。
事業の多様化とグローバル化が進んでも、それが収益性向上とリンクするとは限らない。このため本社としては、どうにか各事業の人事機能の品質と生産性を向上させ、事業生産性の向上をグローバル単位で図りたいと考え、人事のビジネスパートナー(BP)制を採ることを決定した。
そこで本社人事は、それまで各事業本部で人事の担当をしていた総務部員を正規の人事担当に任命し、その人材がいない場合には、本社人事部の若手スタッフを事業部人事担当として各事業部門に出向させた。確かに、事業部門で人事専任の担当を明確にしたことは、一つの前進であった。しかし、その担当者に、ビジネス戦略に沿った人事戦略を考え、事業本部長の参謀となり得るような経験と知識と実行力があるのか? それまでバラバラに好き放題をしてきた海外事業法人の人事をリードするだけの力があるのか? 答えは明白であった。人事担当はいるものの、本社人事のメッセンジャーとなるだけで、何も実態は変わらなかった。
このB社の場合も、先のA社と本質的な課題は同じであろう。会社をどのように変えたくて、そのために人事部門の機能と組織をどのように変えたいのか――その理念と目的が、実働部隊に十分に浸透していない。各事業部門で事業部長と一緒になって、海外オペレーションも含めた事業の成長と最適化をサポートできる組織と仕組みを作るのがBPの役割であるのに、ジュニアな担当者を1人付けるくらいで何かが変わるはずがない。ところが、その本質を考えずに、トップから「ビジネスパートナー制を導入しよう」と言われると、「はい、分かりました」と、形だけそれらしく整え、組織図と紙だけが美しくなる。これでは事業は変わらない。
グローバルな事業体制の下で改革を進めるには、企業のトップ、事業のトップ、各地域・国の責任者から課題を聞き出し、各事業の企画を担っている人、各国の事情をよく分かっている人、そして人事の専門家でプロジェクトチームを結成し、十分に議論を行うことが欠かせない。その上で、事業を発展させるための組織の在り方、それぞれの役割責任、その責任を全うするために求められる知識・経験・能力を定義して、それに適した人材を調達配置しなくては、真のBPは機能しない。
“OPEでコスト高”企業
サービス業C社では、世界中の人事事務作業をアウトソーシング会社に委託して、人事部門の工数を世界中で半分にするという壮大な構想の下、HRTを実行した。2年にわたって膨大な工数を投入し、あらゆる人事情報の統一管理のために膨大なIT投資を行い、かつアウトソース会社にかなりな費用を支払った結果、本社の人事の人数は3分の1を減らすことに成功した。それまで、本社で言われていた「何で人事にあんなにたくさん人が必要なんだ。人事は生産性が低い」という陰口は聞こえなくなった。ところが、ふと気が付くと、海外現地法人では、アルバイトを含め人事の人数が増え、かつクレームや問い合わせが当初の予想をはるかに超えて殺到し、さほどコストダウンにもならず、結果、投資対効果(ROI)はまったく上がっていないことが分かった。
C社の場合もB社のケース同様、十分に各事業や海外法人の実態や要求を理解しておらず、“日本の常識”をベースに組織やシステムを構築したことが問題の原因と言える。日本では標準化したと思っていたものが、グローバルスタンダードとしては“標準化”とは言えず、決められたフォーマットに合わせたりそれによって管理をするために、かえって無駄な作業が増え、アルバイトを雇うという本末転倒な結果となっていた。
実は、OPEを有効にするための業務やシステムの標準化は、日本企業にとっては難題である。まず、本社では日本語であるモノを、当然、グローバルの統一管理では英語にする必要がある。かつ、日本には独特の他国では相容れない“日本の常識”があり、いくら本社がそうだからといっても、他国での業務を本社に合わせることができず、本社が他国に合わせるべきという難題が出てくる。これをどう合わせるのか(長年続けてきた本社の慣行を変えるのか)、あるいはダブルスタンダードで管理するのか、大きな方針の決定を求められることがある。
ちょっと考えればお分かりだろう。例えば、年度が4月に始まって3月の終わるのが都合良いのは、日本だけである。4月に新卒を一括採用するのも日本だけ。事業年度を無視して、6月と12月にボーナスを払うのも日本だけ。扶養家族の考え方、社会保険の在り方、税金の成り立ち、法制度まで含めて、日本に合わせるのが困難な事項は実に多い。事業の将来展開、経理の在り方、責任と権限の在り方など、すべてを考慮した上で改革のROIをしっかりと見極めて決定する必要がある。
HRTを成功・機能させるには
ここまで、「ダメだ、大変だ」と書いてきたが、人事の皆さんが頑張っていないわけではない。人事担当者は、よく勉強もされている。しかも、ここで紹介した事例3社は、他社に先駆けて新しいことにトライし、他社以上に前進している日本企業の事例である。
それでも、うまくいかないのはなぜか。何に気を付ければ良いのか。もちろん、日本企業特有の難しさの背景には、日本という独自の閉じた市場で成長してきたために、いろいろなビジネスプラクティスが日本特有であり、その中で築いてきた日本本社の成功パターンが海外では通用しない、あるいは、昨今のグローバル市場のモデルでは通用しなくなっているということがある。ただ、それは皆が何となくは気づいており、それを打破するためにHRTを含めいろいろなトライをしているはずである。
では、その上で、日本企業には何が欠けているのか。それは、“考える習慣”と“グローバル視点”ではないだろうか。ここまで書いてきたことは、別に難しいことではない。事業を成功させ、成長させるためにはどうすれば良いかの方法論の一つである。今回紹介した、うまくいっていない事例も、言われれば分かる話だし、言われなくても分かる話かもしれない。しかし、言われる前に自分たちで気づき、対応することを考えなかったのではないのか。実行に移す前に、十分に、“これでもか”というくらい考えることをしなかったのではないのか。
よく考えてみると、これは日本が最も得意としていたことだったはずだ。欧米以上に考えることにより、欧米以上の商品や生産性を築き上げたのではなかったのか。先代たちが考えて作り上げた成功モデルの上で長年成功を続けてきたことによって、“考える習慣”を忘れてしまったのではないのか。日本企業の人事から、よく「他社事例を聞きたい」と言われる。海外でもベンチマーキングという話はよく聞く。しかし、それはコピーすることではない。知識として他社事例を知った上で、自社モデルを考える参考にすることだったはずである。それが日本の得意技で、より良い商品、より生産性の高い方法論を築いてきたのではないのか。
ただし、今の時代、“考える”前提として、“グローバル視点”が求められる。日本で10年以上働き、日本語も堪能で、大手メーカーの人事部門を経験している外国人に、「このグローバル化の中で、分かっているのに実行できない、変化しているつもりなのにうまく機能しない、日本企業に何が一番欠けていると思うか」と聞いたことがある。その時の彼の回答は「日本人は視野が狭い。視点が低い」というものだった。要するに、口では“グローバル”という言葉を他の国以上に使っているのに、結局、“グローバル”という視点を持っていないということなのであろう。
皆さんも、グローバルという言葉を使いながら、「本社と海外」「海外現地法人をどう管理するか」という視点で話しているのではないだろうか? 事実、日本企業では本社と海外法人で何が違うかという入口から議論されることが多いのに対し、外資系企業では、あるべき世界標準を考えた上で、本社(他国法人と同様)をどう合わせていくかというステップで検討がされる。本社から海外を見るのではなく、宇宙から地球(globe)を見るという視点で物事を考えてみてもらいたい。すると、本社の位置づけや重要度も変わってくるのではないだろうか。その視点で、人事がどうあるべきかを考えてみていただきたい。
HRTに取り組まれるのであれば、上に言われたから、他社がやっているから、このままでは遅れるから、ではなく、「自社がどうなりたいのか」「10年後を考えると、今、何をどうしておくべきなのか」という視点から、一度じっくりと考えて青写真を描いてみていただきたい。当然、人事だけでやれることではないことが分かるだろう。1年や2年で何かが達成できるものでもないことも分かるだろう。かなり大変な作業で、担当者には本気で長期間コミットしてもらわなくてはいけないこともお分かりいただけるだろう。その上で、本当にやるのか、やるだけの意味(ROI)があるのか、しっかりと、“地球視点で考える”ところからまず始めていただきたい。
山本 紳也
プライスウォーターハウスクーパース株式会社 パートナー
慶應義塾大学理工学部卒、イリノイ大学経営学修士課程修了。筑波大学大学院 ビジネス科学研究科 客員教授。組織・人事に関わるコンサルティングに20年以上従事。人事戦略、人事評価制度構築、マネジメント研修業務、役員人事・役員報酬、組織再編や事業再生に伴う人事関連コンサルティング業務、人事機能組織変革、組織風土の改革、日本企業の海外進出・グローバル化に伴う人事コンサルティング、その他組織人事に関わる調査研究業務等に携わる。組織と個の新しい関係を生涯の研究テーマとする。
著書に、「新任マネジャーの行動学」(経団連出版)、「21世紀の“戦略型”人事部」(共著、日本労働研究機構)、他に、組織人事に関わる論文・講演多数。