2013年12月16日掲載

人事担当者のための法律読みこなし術 - 第20回 その他・その他の

 


吉田利宏  よしだとしひろ 元衆議院法制局参事


■吉田くんと山田くんは有望な社員なのか?

 条文の構造を理解するための用語シリーズ第2弾。今回は「その他」と「その他の」の違いです。法律用語については、あの手、この手で説明するのですが、「その他」と「その他の」の違いについては、「吉田くんと山田くんのお花見」の例文で決まりです。

 答えから先にいうとAです。
 「その他の」の場合は、「その他の」の前にある語が「その他の」の後にある語の一部に当たります。一方、「その他」の場合には、「その他」の前の語と「その他」の後の語は「並列」の関係にあります。
 これを例文に当てはめてみます。Aでは、吉田くんと山田くんは、若手の代表として名前を挙げられています。若手社員がどのくらいいるのか分かりませんが、吉田くんや山田くんは、若手の代表として真っ先に部長に名前を挙げられたのですから将来有望な社員に違いありません。
 しかし、Bの場合には、吉田くん、山田くん、若手という三者が並列関係にあります。せめてお花見の場所とりにでも役立ってくれたらいいという人として、吉田くん、山田くん、そして若手社員が挙げられているのです。吉田くんや山田くんは「今日は仕事をしなくてもいい~」などと喜んでばかりはいられません。



 わずかに「の」一文字の違いでこんなに大きな違いになるのです。
 「本当にそこまで考えて使い分けているの?」とまだ半信半疑の読者もいるかもしれません。では、次の労働安全衛生法の条文を見てください。同じ条の中に「その他」と「その他の」が混在しているのですから、あえて使い分けていることは明白です。

■プロっぽい読み方

 少しプロっぽいことをいうと、「その他・その他の」は政省令への委任規定との関係でも重要になります。次の条文は、労働基準法15条です。「賃金及び労働時間に関する事項その他の厚生労働省令で定める事項」の部分に注目してください。果たして、この厚生労働省令に「賃金や労働時間」は定められているでしょうか?
 答えはYESです。その他の前の「賃金や労働時間」は厚生労働省令で定める事項の例示として挙げられているのですから、この厚生労働省令には賃金も労働時間も規定されているはずです。労働基準法施行規則5条1項を見てみると、やはり規定されています。
 これがもし、「賃金及び労働時間に関する事項その他厚生労働省令で定める事項」とあったら、どうでしょう。厚生労働省令の内容も変わったはずです。賃金や労働時間に関する事項はすでに述べていますので、厚生労働省令であらためて規定する必要がないからです。


■あれれ! 憲法が…

 ここまで、「その他」と「その他の」の違いをいろいろ説明してきましたが、古い法令の中には「いい加減な例」も存在します。例えば、次の憲法の例などは、どちらも「その他の」のほうがふさわしいのではないかという気がします。まぁ、憲法は「ハート(理念)」を伝える法令ですから、細かいことを言うのはなしにしましょう。

 

※本記事は人事専門資料誌「労政時報」の購読会員サイト『WEB労政時報』で2012年7月にご紹介したものです。

吉田利宏 よしだとしひろ
元衆議院法制局参事
1963年神戸市生まれ。早稲田大学法学部卒業後、衆議院法制局に入局。15年にわたり、法律案や修正案の作成に携わる。法律に関する書籍の執筆・監修、講演活動を展開。
著書に『法律を読む技術・学ぶ技術』(ダイヤモンド社)、『政策立案者のための条例づくり入門』(学陽書房)、『国民投票法論点解説集』(日本評論社)、『ビジネスマンのための法令体質改善ブック』(第一法規)、『判例を学ぶ 新版 判例学習入門』(法学書院、井口 茂著、吉田利宏補訂)、『法令読解心得帖 法律・政省令の基礎知識とあるき方・しらべ方』(日本評論社、共著)など多数。近著に『つかむ つかえる 行政法』(法律文化社、2012年1月発行)がある。