2013年06月10日掲載

人事担当者のための法律読みこなし術 - 第14回 責務規定

 


吉田利宏  よしだとしひろ 元衆議院法制局参事


■順番が気になる

 若い人にとっての“選挙”といえば、AKB48の総選挙かもしれません。なんでも上位当選すると次のシングルのA面の曲を歌う権利を手にするそうです。しかも、1位に輝けば、センターの位置で歌うことが約束されるのですから、本人はもとよりファンも力が入ります。もともと、芸能界は人気が命。どの位置で歌えるか、どの順番で紹介されるかなどに敏感になるのは当たり前なのでしょう。
 順番が気になるといえば、責務規定です。責務規定とは、その法令の中で義務を果たすべき者の名を挙げ、その果たすべき義務を明らかにする規定のことをいいます。たいがい、目的規定や定義規定の次に置かれます。例えば、短時間労働者の雇用管理の改善等に関する法律では、次のような責務規定が置かれています。

○短時間労働者の雇用管理の改善等に関する法律
(事業主等の責務)
第3条 事業主は、その雇用する短時間労働者について、その就業の実態等を考慮して、適正な労働条件の確保、教育訓練の実施、福利厚生の充実その他の雇用管理の改善及び通常の労働者への転換(略)の推進(以下「雇用管理の改善等」という。)に関する措置等を講ずることにより、通常の労働者との均衡のとれた待遇の確保等を図り、当該短時間労働者がその有する能力を有効に発揮することができるように努めるものとする。
2 事業主の団体は、その構成員である事業主の雇用する短時間労働者の雇用管理の改善等に関し、必要な助言、協力その他の援助を行うように努めるものとする。
(国及び地方公共団体の責務)
第4条 国は、短時間労働者の雇用管理の改善等について事業主その他の関係者の自主的な努力を尊重しつつその実情に応じてこれらの者に対し必要な指導、援助等を行うとともに、短時間労働者の能力の有効な発揮を妨げている諸要因の解消を図るために必要な広報その他の啓発活動を行うほか、その職業能力の開発及び向上等を図る等、短時間労働者の雇用管理の改善等の促進その他その福祉の増進を図るために必要な施策を総合的かつ効果的に推進するように努めるものとする。
2 地方公共団体は、前項の国の施策と相まって、短時間労働者の福祉の増進を図るために必要な施策を推進するように努めるものとする

 ここでは、事業主→事業主の団体→国→地方公共団体という順で、その責務が規定されています。では、なぜ、この順番なのでしょう。もちろん、「人気順」なんてわけがありません。実は、この順、「法が期待する順」、言い換えれば「責任の重い順」で並べられているのです。

■責務規定の読み方

 労働法規の場合には、事業主、労働者、そして、国や自治体と、責務を果たすべき者の関係が比較的シンプルですが、これが複雑な場合、責務規定の順番がその法令を読み解く鍵になります。例えば、次は少し前に話題となった神奈川県の禁煙条例の例です。

○神奈川県公共的施設における受動喫煙防止条例
(県民の責務)
第3条 県民は、受動喫煙による健康への悪影響に関する理解を深めるとともに、他人に受動喫煙をさせることのないよう努めなければならない。
2 県民は、県が実施する受動喫煙の防止に関する施策に協力するよう努めなければならない。
(保護者の責務)
第4条 保護者は、その監督保護に係る未成年者の健康に受動喫煙による悪影響が及ぶことを未然に防止するよう努めなければならない。
(事業者の責務)
第5条 事業者は、その事業活動を行うに当たっては、受動喫煙による健康への悪影響を未然に防止するための環境の整備に取り組むとともに、県が実施する受動喫煙の防止に関する施策に協力するよう努めなければならない。
(県の責務)
第6条 県は、受動喫煙による県民の健康への悪影響を未然に防止するための環境の整備に関する総合的な施策を策定し、及び実施する責務を有する。
2~4 略

 この条例では、県民、保護者、事業者、県の順で責務規定が置かれています。受動喫煙を防止するためには、タバコを吸う人の責任が最も重いですから、県民の責務(喫煙者の責務とはせずに広く県民としたのもミソです)を冒頭にもってきています。また、被害防止条例の形をとっていますから、受動喫煙の一番の被害者である子どもを守るため、保護者の責務を次に置きました。そうして、事業者が受動喫煙防止の環境の整備に取り組むことを定め、最後に県の責務を規定しています。
 本来であれば、県の責務や事業者の責務が先に出そうなものですが、事業者の反対が多かった条例でもあり、できるだけソフトに県民の責務からスタートしたのだろうと思われます。


※本記事は人事専門資料誌「労政時報」の購読会員サイト『WEB労政時報』で2012年3月にご紹介したものです。

吉田利宏 よしだとしひろ
元衆議院法制局参事
1963年神戸市生まれ。早稲田大学法学部卒業後、衆議院法制局に入局。15年にわたり、法律案や修正案の作成に携わる。法律に関する書籍の執筆・監修、講演活動を展開。
著書に『法律を読む技術・学ぶ技術』(ダイヤモンド社)、『政策立案者のための条例づくり入門』(学陽書房)、『国民投票法論点解説集』(日本評論社)、『ビジネスマンのための法令体質改善ブック』(第一法規)、『判例を学ぶ 新版 判例学習入門』(法学書院、井口 茂著、吉田利宏補訂)、『法令読解心得帖 法律・政省令の基礎知識とあるき方・しらべ方』(日本評論社、共著)など多数。近著に『つかむ つかえる 行政法』(法律文化社、2012年1月発行)がある。