吉田利宏 よしだとしひろ 元衆議院法制局参事
■定義規定とは
法律の第1条には、たいがい「目的規定」が置かれるとお話ししました。実は、第2条も、多くの法律で同じ内容の規定が置かれています。それが「定義規定」と呼ばれるものです。定義規定とは、その法令で使われる主な用語を定義、説明した規定のことです。
例えば、次の「育児休業、介護休業等育児又は家族介護を行う労働者の福祉に関する法律」(以下「育児・介護休業法」といいます。)2条をご覧ください。「育児休業、介護休業、要介護状態、対象家族、家族」の五つの用語を取り上げ、定義をしています。
○育児休業、介護休業等育児又は家族介護を行う労働者の福祉に関する法律 (定義) 第2条 この法律(略)において、次の各号に掲げる用語の意義は、当該各号に定めるところによる。 一 育児休業 労働者(略)が、次章に定めるところにより、その子を養育するためにする休業をいう。 |
■略称規定との違い
もちろん、育児・介護休業法で使われている用語は、この五つに限られるわけではありません。しかし、定義規定が置かれる用語はこの五つだけです。それは、これらの用語が法律全体を通じて使われる大事な用語、いわば「主な登場人物」だからです。
例えば、2012年のNHKの大河ドラマは平清盛で、その役は松山ケンイチさんが演じていました。清盛は全編を通じての主人公ですから、配役表では真っ先に松山さんの名前が挙げられることでしょう。しかし、幼少期の清盛については、当然、子役が演じています。そして、この子役がなかなかの有名人なのです。たぶん放送局は配役表にこの子の名をどう載せるか頭を痛めたのではないかと思うのです。
法令でもこうした一部分にだけに中心的な役割を果たす登場人物(用語)があります。そして、こうした用語について、定義規定を置くかどうか悩むことがしばしばです。一般的には、こうした用語については、定義規定を置かず、最初に出てきたところで“定義規定らしきもの”を置いて対応することがなされます。それが「略称規定」といわれるものです。
育児・介護休業法でいえば、「子の看護休暇」という用語がそうです。第4章は「子の看護休暇」という章名が付けられるくらい中心的な用語ですが、他の場所ではあまり触れられていません。そこで、最初にこの用語を使うべき条文で略称規定を置いて説明がなされています。
○育児休業、介護休業等育児又は家族介護を行う労働者の福祉に関する法律 (子の看護休暇の申出) 第16条の2 小学校就学の始期に達するまでの子を養育する労働者は、その事業主に申し出ることにより、一の年度において五労働日(その養育する小学校就学の始期に達するまでの子が二人以上の場合にあっては、十労働日)を限度として、負傷し、若しくは疾病にかかった当該子の世話又は疾病の予防を図るために必要なものとして厚生労働省令で定める当該子の世話を行うための休暇(以下この章において「子の看護休暇」という。)を取得することができる。 |
■略称規定の注意点
ただ、略称規定というくらいですから、あまり略称としてかけ離れたものとならないことに注意を払う必要があります。法令の一部分でしか登場しなくても、略称から内容を推測できないような特殊な用語として使う場合には、やはり定義規定を置いて注意喚起する方法がとられます。
例えば、雇用保険法でよく使われる「失業」という用語です。全体を通じてよく使われる概念ですから定義規定が置かれていますが、もし、法律の一部分だけでしか使われなくとも、定義規定を置くべき用語のように思われます。
というのは、雇用保険法上、失業といえるためには、単に離職し、職業に就けない状態では不十分で、本人に「労働の意思と能力を有すること」が求められるからです。このように、一般的な使われ方とやや異なる意味を加えるなら、やはり定義規定を置くほうが無難でしょう。
○雇用保険法 (定義) 第4条 1・2 略 |
※本記事は人事専門資料誌「労政時報」の購読会員サイト『WEB労政時報』で2012年3月にご紹介したものです。
吉田利宏 よしだとしひろ
元衆議院法制局参事
1963年神戸市生まれ。早稲田大学法学部卒業後、衆議院法制局に入局。15年にわたり、法律案や修正案の作成に携わる。法律に関する書籍の執筆・監修、講演活動を展開。
著書に『法律を読む技術・学ぶ技術』(ダイヤモンド社)、『政策立案者のための条例づくり入門』(学陽書房)、『国民投票法論点解説集』(日本評論社)、『ビジネスマンのための法令体質改善ブック』(第一法規)、『判例を学ぶ 新版 判例学習入門』(法学書院、井口 茂著、吉田利宏補訂)、『法令読解心得帖 法律・政省令の基礎知識とあるき方・しらべ方』(日本評論社、共著)など多数。近著に『つかむ つかえる 行政法』(法律文化社、2012年1月発行)がある。