2013年04月09日掲載

人事担当者のための法律読みこなし術 - 第12回 趣旨規定

 


吉田利宏  よしだとしひろ 元衆議院法制局参事


■お作法無用の目的規定

 前回は目的規定の書き方の「お作法」について述べました。しかし、そんなお作法が無用な場合があります。
 例えば、男と女が出会った瞬間に「ビビッ」と感じたのなら、堅苦しいあいさつなど必要ありません。「なんかうまいもの食べに行こう!」。お互いの目を見て、そう言えば、すべてが通じるはずです。
 法令でいえば、行政機関を設置する場合の法律などがお作法無用の場合に当たります。組織を設置すること自体が法律の目的なのですから、まどろっこしい説明はもはや必要ないのです。
 次の厚生労働省設置法の例をご覧ください。「必要な組織を定めることを目的とする」で終わっています。もっと直截(ちょくさい)に、「設置」という見出しの条文を置いて、目的規定代わりにする例も見られます。労働保険審査官及び労働保険審査会法の例がそれです

○厚生労働省設置法
(目的)
第1条 この法律は、厚生労働省の設置並びに任務及びこれを達成するため必要となる明確な範囲の所掌事務を定めるとともに、その所掌する行政事務を能率的に遂行するため必要な組織を定めることを目的とする。

○労働保険審査官及び労働保険審査会法
(設置)
第2条の2 審査官は、各都道府県労働局に置く。


■目的規定に代わる趣旨規定

 また、目的規定のお作法が確立する前に定められた法律では、第1条の見出しが「趣旨」となっているものがあります。「目的規定というほどのものではありません」といった「恥じらい」が「趣旨」という見出しからは感じられます。なるほど、次の例では「何のための法律なのか」といった法の目的までは踏み込んで規定していません。

○労働保険の保険料の徴収等に関する法律
(趣旨)
第1条 この法律は、労働保険の事業の効率的な運営を図るため、労働保険の保険関係の成立及び消滅、労働保険料の納付の手続、労働保険事務組合等に関し必要な事項を定めるものとする。

■震災仕様?!

 最近の法律でも目的規定に代えて趣旨規定が置かれているものがあります。例えば、先の東日本大震災や原子力発電所の事故に対応するための一連の特例措置などを定めた法律がそうです。「被災者の○○を軽減することで、被災者の早期救済を促進し‥」などと表現できなくもありませんが、それでは、「恩着せがましい」感じが漂います。次の例などは、本来なら「目的」に当たる部分を先に述べることで、そうしたことを避ける工夫が見られます。こうした趣旨規定はある意味「震災仕様」といえるかもしれません。
 「君のために‥」「あなたを思って‥」。言葉を費やすよりも、黙って寄り添うことのほうが、思いが届くものなのです。

○平成二十三年原子力事故による被害に係る緊急措置に関する法律
 (趣旨)
第1条 この法律は、平成二十三年三月十一日に発生した東北地方太平洋沖地震に伴う原子力発電施設の事故(以下「平成二十三年原子力事故」という。)による災害が大規模かつ長期間にわたる未曽有のものであり、これによる被害を受けた者を早期に救済する必要があること、これらの者に対する特定原子力損害の賠償の支払に時間を要すること等の特別の事情があることに鑑み、当該被害に係る対策に関し国が果たすべき役割を踏まえ、当該被害に係る応急の対策に関する緊急の措置として、平成二十三年原子力事故による損害をてん補するための国による仮払金の迅速かつ適正な支払及び原子力被害応急対策基金を設ける地方公共団体に対する補助に関し必要な事項を定めるものとする。



※本記事は人事専門資料誌「労政時報」の購読会員サイト『WEB労政時報』で2012年2月にご紹介したものです。

吉田利宏 よしだとしひろ
元衆議院法制局参事
1963年神戸市生まれ。早稲田大学法学部卒業後、衆議院法制局に入局。15年にわたり、法律案や修正案の作成に携わる。法律に関する書籍の執筆・監修、講演活動を展開。
著書に『法律を読む技術・学ぶ技術』(ダイヤモンド社)、『政策立案者のための条例づくり入門』(学陽書房)、『国民投票法論点解説集』(日本評論社)、『ビジネスマンのための法令体質改善ブック』(第一法規)、『判例を学ぶ 新版 判例学習入門』(法学書院、井口 茂著、吉田利宏補訂)、『法令読解心得帖 法律・政省令の基礎知識とあるき方・しらべ方』(日本評論社、共著)など多数。近著に『つかむ つかえる 行政法』(法律文化社、2012年1月発行)がある。