吉田利宏 よしだとしひろ 元衆議院法制局参事
■根拠条文の引用ルール
ルールにはたいがい理由があります。しかし、時にはその理由が忘れ去られてルールだけが残ることがあります。今回、お話しする「『ただし書』まで引用する」というのもそういった類いの話です。実例を挙げてお話ししましょう。
レポートなどで記述内容の根拠条文を引用することがあるでしょう。例えば、次のような記述内容のとき、下記の労働基準法65条のどこまで引用するべきでしょうか?
(1)労働基準法は、産前産後の労働者に対する保護規定を置いている
(2)労働基準法は、産後の労働者に対する保護規定を置いている
(3)産後6週間経過後は本人が請求し、かつ医師が認めた場合には業務に就かせることができる
○労働基準法
(産前産後)
第65条 使用者は、6週間(多胎妊娠の場合にあつては、14週間)以内に出産する予定の女性が休業を請求した場合においては、その者を就業させてはならない。
② 使用者は、産後8週間を経過しない女性を就業させてはならない。ただし、産後6週間を経過した女性が請求した場合において、その者について医師が支障がないと認めた業務に就かせることは、差し支えない。
③ 使用者は、妊娠中の女性が請求した場合においては、他の軽易な業務に転換させなければならない。
【答え】
(1)労働基準法65条
(2)労働基準法65条2項
(3)労働基準法65条2項ただし書
(1)は問題ないでしょう。65条は、3項も含めて広い意味で産前産後の労働者の保護規定です。ですから、65条全体を根拠条文とできそうです。(2)は少し迷ったかもしれません。根拠条文を65条としてもよさそうですが、条文というのは「項単位で押さえる」という原則がありますから、内容が2項だけにとどまるなら、65条2項とするべきでしょう。問題なのが(3)です。「項単位で押さえる」というなら、(3)も、「65条2項」とするべきということになります。しかし、「ただし書」については、わざわざ明示して引用するのが普通です。「65条2項ただし書」と引用するのがよいでしょう。この「ただし書」の特別な扱いは、一部改正法のルールから由来します。
■一部改正法での改正部分の捉え方
もし、労働基準法65条1項と2項の「6週間」を「7週間」に改正する必要が生じたとします。すると、「項単位で押さえる」という原則どおりなら、改正条文は、次の(A)でよいことになります。ところが実際には(B)で書かれることになるのです。
(A)労働基準法第65条第1項及び第2項中『6週間』を『7週間』に改める。
(B)労働基準法第65条第1項及び第2項ただし書中『6週間』を『7週間』に改める。
65条2項に「6週間」という文字は1カ所しかありません。「ただし書中」と特定しなくても問題ないのですが、「ただし書まで引用する」というルールがあるのです。
どうしてそうなのか‥。
「項というのは文章の区切りだけれど、その項の中にさらに区切りがあるから」。そう説明する人もいます。しかし、項の中に区切りがあるのは、「ただし書」ばかりではありません。次の労働基準法15条1項を見てください。やはり、項の中に文章の区切りがあります。一般的に「明示しなければならない」までを「前段」と、それ以下を「後段」と呼びます。しかし、「ただし書」と違って、前段とか後段とかという言葉は、それを使わないと改正場所を特定できないとき以外には引用しないのが普通です。たとえ、15条1項の「厚生労働省令」という文言を改正しようとする場合にも「15条1項後段中‥」とはいわず、単に「15条1項中」で十分とされているのです。
(労働条件の明示)
第15条 使用者は、労働契約の締結に際し、労働者に対して賃金、労働時間その他の労働条件を明示しなければならない。この場合において、賃金及び労働時間に関する事項その他の厚生労働省令で定める事項については、厚生労働省令で定める方法により明示しなければならない。
②・③ 略
理由は分かりません。しかし、「『ただし書』まで引用する」。それがルールなのです。
※本記事は人事専門資料誌「労政時報」の購読会員サイト『WEB労政時報』で2012年1月にご紹介したものです。
吉田利宏 よしだとしひろ
元衆議院法制局参事
1963年神戸市生まれ。早稲田大学法学部卒業後、衆議院法制局に入局。15年にわたり、法律案や修正案の作成に携わる。法律に関する書籍の執筆・監修、講演活動を展開。
著書に『法律を読む技術・学ぶ技術』(ダイヤモンド社)、『政策立案者のための条例づくり入門』(学陽書房)、『国民投票法論点解説集』(日本評論社)、『ビジネスマンのための法令体質改善ブック』(第一法規)、『判例を学ぶ 新版 判例学習入門』(法学書院、井口 茂著、吉田利宏補訂)、『法令読解心得帖 法律・政省令の基礎知識とあるき方・しらべ方』(日本評論社、共著)など多数。