中川繁勝 なかがわしげかつ エスジェイド代表、人財育成プロデューサー
企業業績が厳しくなると社内にコスト削減の波が起こる。残念ながら、間接部門に位置づけられる人材育成部門は早い段階でコスト削減の対象となってしまう。キャッシュアウトを押さえつつも人材育成としての研修は継続が求められるのだが、そこで浮かび上がってくる対策が「研修の内製化」であろう。しかしそれは、人材育成担当者にとって“これまで外注してきたことを社内で行う”というだけにとどまらない、新たなるチャレンジとなる業務なのだ。今回は研修の内製化の現状と課題についてフォーカスしてみよう。
●景気と共に揺れる内製化
近年で言えばリーマンショックの後に研修の内製化の話がそこかしこから聞こえてきた。私が取り引きのある研修会社でも、顧客企業の研修内製化の動きを受けて、それまでの研修がキャンセルになったり、コンテンツだけ提供してほしいというリクエストがあった。社内講師で進めるので、それに合わせた研修プログラムの開発や社内講師トレーニングを頼みたい――という話が浮かび上がってきていたようだ。
社内で繰り返し実施する研修の場合、その都度外注するよりも研修会社に一度コンテンツを作ってもらい、それを社内講師で繰り返し実施するほうがコストは圧倒的に安くつく。人材育成にかかるコストは大幅に削減され、経営の求める予算内に納めることも実現できるだろう。
私自身も、ある会社向けに研修コンテンツを提供した。講師候補者への説明と簡単なデモセッションも実施した。当時、同じような研修プログラムの内製化はその企業でいくつもあったようだ。
業種を問わず、景気の悪化と業績の低下や危機感に合わせて浮かび上がる研修の内製化。しかし、それがうまくいかないケースもよく耳にする。内製化していた研修プログラムを外注に戻すケースが現れてくることでそれが分かる。内製化から外注への揺り戻し現象が発生しているのだ。各社が内製化に邁進(まいしん)する中で、不安を抱いていたある研修会社の経営者に伝えたことがある。「長くは続きませんよ。また外注に戻りますよ」と。そして、実際にそのように動いている傾向が見られる。揺り戻しは確実に起こっているのだ。
●内製化に伴い育成担当者が抱える課題
これまで外注で実施していた研修を内製化することによって、コストは下がるが、育成担当者の負荷は上がる。悲しい話だ。
いままでは外部の研修会社に目的や概要を伝えておけば、研修のプロである彼らがうまく仕立て、専門の講師をつけて研修を実施してくれていた。それを今度は自分たちでやることになるわけだ。仕事の内容が変わるという点で育成担当者にとっては一つのチャレンジになる。さらに、どうやって研修を作るのか、どうやって講師としてデリバリー(研修の実施)するのか――が要検討テーマとして浮かび上がってくる。いままでは端で見ていたりリクエストを上げたりするだけだった人たちが、自らやる立場になる。これはなかなかハードルが高い。
人材育成部門には潤沢に人材がいるわけではない。現状でも少ない人数でさまざまな業務を分担してがんばっている方々が多いのが実情だろう。そんな人たちが研修を設計し、中身を作り、実際にデリバリーまでこなすのはムリがある。
そこで、社内の別の部署の人に講師をお願いしようというケースも出てくる。社内にはさまざまな専門家やベテランの社員がいる。彼らを活用しようというのだ。しかし頼まれるほうにしてみても、本来の仕事がある。そこに研修の講師という畑違いの仕事をやれと言われて「はい、そうですか」と簡単に首を縦に振ってくれるわけではない。根気よく説得したり、社内の人脈を使ったりと、あの手この手を使って了承していただかなくてはならない。これはこれで大変な仕事である。
首尾よくOKをいただいたとしても、知識と経験のある人が教え上手とは限らない。研修を実施してみたものの、受講者からの評判はいまいちということもある。さらに、その方が異動になってしまったり、退職してしまったり、業務が多忙になったために研修に立てないというケースも出てこよう。そうなるとそれまでの努力は元の木阿弥(もくあみ)。また社内講師を捜さなくてはならないし、同じクオリティで研修を実施してくれる方がなかなかいないというのも問題になる。人が育っていない、という現場の事実を育成担当者が痛いほど感じることになるのだ。
会社の事情で内製化を始めたものの、会社の事情で人が動いて継続が難しくなる。そのたびに育成担当者にしわ寄せが来るようにも感じる。コスト面だけ見ればプラスに見えるのだが、視野を広げてみると内製化によるマイナスの面も見えてくるのだ。
●内製化するのか、外注するのか
では内製化はしないほうがいいのかというと、必ずしもそうではない。内製化に適する研修プログラムとそうでないものの見極めをすれば、内製化もうまく働くのだ。上から言われたからといってなんでもかんでも内製化するのはよろしくない。それは育成担当者が思考停止している現れだ。研修には内製化できるものと内製化すべきでないものがあることを育成担当者自身が認識して、見極めていく必要がある。その目利きこそ育成担当者に求められるスキルであり役割であろう。
研修内製化の判断の基準として、(1)社内にエキスパートがいること、(2)自社独自の技術やノウハウの内容であること、(3)どんな講師が実施しても一定のクオリティが保たれること、の三つで考えてみることをお勧めする。
(1)社内にエキスパートがいること
対象となる研修の内容をよく知り、経験も豊富なエキスパートがいることが求められる。中身をよく知る人がいなければ内容は作れない。エキスパートが複数いれば、彼らの知識とノウハウを共有化、標準化することで伝えるべき内容が作られる。これは研修のためになるだけでなく、同時に社内ノウハウの集約と整理にもなる。このプロセスはエキスパート本人たちにとってもいい機会になる上に、研修にも大いに役立つ内容が生まれるので一石二鳥なのだ。
(2)自社独自の技術やノウハウの内容であること
一般的な内容であれば外部も内部も知識にさほどの差はない。よって、一般的な内容に関しても内製化はできるのだが、より適しているのは自社独自の技術やノウハウという外部にない内容の研修だ。これこそ社内のノウハウ伝承の格好の機会となる。そうなると提供の仕方も1日や2日の研修にこだわる必要はなくなり、2時間程度のワークショップを週に一度実施したり、映像化して社内ネットワーク上で視聴できるようにしたりすることもできよう。
(3)どんな講師が実施しても一定のクオリティが保たれること
そしてなんと言っても、属人化させないということだ。誰がやっても一定のクオリティや効果が出るように作れるかどうか、なのだ。「○○さんしか知らない」「○○さんだから分かる」という内容では、当の本人の業務都合に研修が振り回されることになる。これを回避するために、講師の自己流ではなく誰がやっても同じようにできるために進め方のガイドを作ることや、講師のトレーニング、ナレッジの伝承などが必要になる。
担当講師のレベルアップも必要だ。育成担当者からのフィードバックや社内講師同士での意見交換を基にさらなるスキルアップをする機会を設けたり、時には外の講師を見てもらうことで教えるためのスキルアップを図ってもらったりする必要もある。そういうことができる環境までを用意できるかどうかが、研修を内製化した後にうまく継続できるかどうかを左右するのだ。「そこまでは無理」と判断できるのであれば内製化は考え直したほうがいいかもしれない。音楽のように1回作って繰り返しリプレイするようにはいかないのだ。
●内製化の副次的メリットも考慮して見極める
内製化にはキャッシュアウトを減らすというコスト削減の他にメリットがある。
実は研修というのは受講者よりも講師のほうが学ぶ機会になるのだ。筆者が実際に内製化に取り組んでいた時の事例を紹介しよう。その時は講師が単なる講師だけではなく研修製作にまで関わっていた。数時間の研修コンテンツを作るのに、講師は平均してその5倍以上の時間をかけて作り込みを行っていた。自らの知見を振り返って整理し、分かりやすく伝えられるように再構築をするためだ。このプロセスで講師の頭の中にある情報が整理されると共に、曖昧になっていた情報を改めて調べて明らかにする。つまり、勉強をしているのである。研修というのは本来は受講者が学ぶために実施するのであるが、内製化においては講師を担当する人自身がそれ以上の学びの機会を得ることになる。この時は、複数の社内講師から「勉強になった」という言葉をもらった。
外部講師による研修では一般的な解説であったり他社事例が紹介されるわけだが、社内講師で研修を行えるということで、事例が身近になり臨場感が上がる。真剣さも増す。これは受講者にとっては分かりやすさにもつながり、研修自体の評価も上がろう。
そんな副次的効果も含めて、内製化すべき研修を見極めていきたい。
●考える人材育成担当者に
会社組織に属している以上、景気に伴う会社の方針に従わざるを得ないことはあるだろう。しかしながら、
「会社がコストを下げろと言うので、研修の外注をやめた」
「中でやれと言われたので内製化を進めることにした」
――という具合に、上からの指示で言われるままに動いていてはいい結果は残せそうにない。人材育成の現場の実情をよく知る育成担当者こそが、自ら考えて判断し動いていく必要があろう。若手社員には“自分で考えて動きなさい”とか“自律しなさい”とか言っている育成担当者が、実はよく考えずに言いなりで動いていたりするのはプロとして恥ずかしい。育成担当者としての考えを持ち、意見をしていく必要があるのではないだろうか。内製化にしても外注するにしても、目的を持った上で手段を選び、最終的に学ぶ人たちのためになる仕事をしていきたい。
※本記事は、人事専門資料誌「労政時報」の購読者限定サイト『WEB労政時報』にて2012年3月に掲載したものです
中川繁勝 なかがわしげかつ エスジェイド代表、人財育成プロデューサー
システムエンジニア、ネットワーク技術者養成のマーケティングを経て、ITコンサルティング会社の人財開発マネジャーとしてコンサルタントの育成に従事した後、独立。現在は、研修講師としてロジカルシンキングやプレゼンテーション等のコミュニケーション系研修を提供するとともに、人財育成を支援するためのコンサルティングサービスも提供している。NPO法人人材育成マネジメント研究会理事。ワールド・カフェをはじめとした対話の場の普及を促進するダイナミクス・オブ・ダイアログLLPのパートナーとして、各種ワールド・カフェとワールド・カフェ・ウィークの開催を推進。また、場活流チェンジリーダー塾にてメンターとしてリーダーの在り方を養成する活動にも従事する。