2013年01月25日掲載

育成担当者のための 今月の注目トピック - 第10回 研修の企画から実行までの一連のフローを再考する

 


中川繁勝  なかがわしげかつ エスジェイド代表、人財育成プロデューサー


 職種ごとに、あるいは階層ごとに研修を企画。年間計画を作り、スケジューリングする――このあたりまでは机上での作業だろう。だが育成担当者の苦労はこれにとどまらず、目的に合った研修を市場から見つけ、研修会社と話をし、プログラム内容を確認しなければならない。よければ契約して研修をお任せすることになる。
 そんな一連の業務を、育成担当者はどのように進めていくのがいいのだろうか?

●ニーズを知る

 育成担当者は管理部門に属することが多いが、自席に座ってできることは実は少ない。研修を企画する段階では机の上で考えるが、企画の前段階でニーズを知ることからその仕事は始まる。
 ニーズとは誰のニーズか。
 それは、①受講者、②現場の上長/組織(部門)、③経営者――のいずれかのニーズと言えるだろう。育成担当者は、事前にこの人たちのところへ赴き話を聞いておかなければならない。そう、待っていては始まらない。いつも自分から動かねばならないのだ。
 受講者は社員そのものだ。育成担当者は企画前に多くの社員と話し、研修のニーズを探る。その際に「どんな研修が欲しい?」などと尋ねても、育成担当者にとっていい返事は返ってこないだろう。ここで育成担当者がすべきなのは、社員である彼らが普段どんな仕事をし、何に悩み、どんな知見やノウハウを得ているのかを、できるだけ細かく情報収集することだろう。
  受講者は研修のプロではない。したがって、自分のスキルアップに必要な研修が何かという判断はしにくいはずだ。例えば、「コミュニケーション研修」というリクエストがあったとしても、受講者の真のニーズが「話すこと」にあるのか、「聞くこと」にあるのか、「書くこと」にあるのか、「読み取る」ことにあるのかは分からない。受講者の視野は育成担当者よりも狭いのだ。
  まずは受講者の業務を把握し、何ができていて何ができていないのかを確認する。そうすることで初めてどんなスキルセットが必要なのかが見えてくる。ニーズは現場にあるのだ。社内のさまざまな部署のメンバーと知り合いになり、気軽に話せる関係を作っておくといいだろう。何気ないつぶやきやぼやきの中に本音は隠れているものだ。その本音の言葉を拾って企画に盛り込んでいこう。
 現場の上長/組織(部門)のニーズについても同様だ。現場で何が起こっているかを知らずして、効果的な研修の企画は難しい。現場の部長さんなどと知り合いになり、関係作りをしておく必要がある。
 経営者については直接話ができるに越したことはないが、それがかなわない場合には、会社の方針や目標などに沿って考えてみることが重要だ。研修の方針と方向性を合わせておく必要があるだろう。

●見極める

 企画した研修は社員自らが講師を担当すると、費用はグンと抑えられる。そうは言っても、社員が講師を務められない研修もよくある話だ。その場合には外部の研修会社に最適な研修を探しにいくことになる。研修の企画に沿った研修会社、研修プログラム、そして講師を選びたい。では、研修会社はどう見極めて選べばいいのだろうか。
 コスト削減を求められている人材育成部門は少なくない。そのような状況で数十万円のコストを払いつつ、「失敗したね」「ダメだったね」というコメントが出てくると目も当てられない。そのようなことがないように、まずは研修会社の営業を見てみよう。このときに、研修プログラムを「売りに来ている」営業マンなら願い下げだ。例えば、会って話をするなり「御社の育成でお困りのことは何ですか?」と切り出し、こちらの回答に合わせて「それなら弊社にはこんな研修プログラムがあるんですよ」と、パンフレットやカタログをすぐに取り出して開くような営業マンだ。要するに売る気満々なのだ。
 育成担当の視点で考えてみれば、欲しいのは社員のスキルアップだ。そのために研修会社には育成のよきパートナーになってもらいたいし、そうあるべきだと私は思う。重要なのは、「研修を売る」のではなく「社員を育てる」という意識が感じられるかどうかだ。育てる意識の高い人はさまざまな相談にも応じてくれる。しかしながらそうではない営業マンは「売ること」に重きを置いているのだ。質問に対する育成担当者の回答にどれだけ共感してくれるかは、指標の一つと考えてもいいだろう。育成担当者と気持ちのそろわない担当者は、自社の育成にとってメリットもコミットも少ないだろう。
 さらに、いい講師をつかむ必要もある。育成担当者が外部に研修を依頼する際には、必ず担当者と会うことが必要だ。講師には大きく2種類いる。
 一つは、決められた内容を名調子で粛々と進めていく人だ。名調子は結構なのだが、そこに熱意や気持ちがこもっていないと魂の入らない研修になってしまう。ただこなしている、という印象が残る。
 もう一つは、目的に合わせて臨機応変に進め方ややり方を変えていける人だ。受講者のレベル、男女などの違いに沿って話し方、進め方、ワークの実施時間や方法なども考えて進めていける人だ。こういうタイプは目的を社員のスキルアップに置いているので、いつも「どうしたら分かるだろうか」という疑問を持ちつつ業務に臨んでいる。こういう講師であれば大いに育成担当の力にもなるだろう。

●見届ける

 さて、研修が始まったら研修会社にお任せしてしまって、自分はたまっている仕事を進めるような育成担当者も散見される。ここはぜひ研修にアテンドしよう。ご担当者が部屋の後ろで見学しているだけでも、研修の現場には緊張感が漂う。それは受講者に対してだけではなく、やっている講師についても同じだ。ご担当者が見学しているというだけで、「手を抜けない/いい加減なことは言えない/信頼感、安心感を醸し出さねば」などなど、さまざまなモチベーションのスイッチが入る。忙しいとついついお任せして自席に戻るご担当者も見かけるが、受講中の受講者の状況や反応などは、残念ながら受講後アンケートには現れない。本音を書く人はなかなか少ないからだ。百聞は一見にしかず。自分の目で見て講師と研修内容の善しあしを判断し、受講者の反応を見極めよう。そうすることで研修に対する知見も広がるのだ。

●誰よりも学ぶ

 研修という“ものを教える立場”にいる以上、育成担当者は社内で一番学ぶ人でなければならない。ロジカルシンキング、コミュニケーション、ファシリテーション、交渉術、チームワーク、リーダーシップ。どれも学ぶ場を自分で体験していれば、見極めの力にもなるし、それがどんなシーンで活(い)かされるのか、どんな職種で効果を発揮するのかを身をもって知ることができる。そうすることで研修の必要性や有用性を、自信をもって社内に説明できるのだ。
 研修にアテンドすることで受講者と同じ視点に立って学ぶこともできる。これは役得でもある。こういう機会は大いに利用したい。
 知識やスキルを学ぶことで、現場の苦労も分かるし、現場視点で話をすることもできるだろう。
 育成担当者は、「学ぶ」ことの見本を社内に示す気持ちで精進してもらいたい。

●報告する

 研修後にやるべきだが見落としがちなのが、受講者の職場上長への報告だ。研修を客観的かつ全体的に捉えたときに、上長の部下である受講者がどんな振る舞いをしていたのか。上長からは見えない部分の情報を提供し、部下評価を支援することにより、信頼を得られるだろう。お互いの距離が縮まり、困ったときには相談し合える相手となろう。


 残念ながら育成担当者は楽のできる商売ではない。しかしながら、社員のスキルアップのために、という熱いミッションを持ってさえいれば苦にならないし、できないことはない。自分の本気度確認のためにもできるだけ多く動いて、上から下まで多くの社員に慕われる育成担当者になっていただきたい。
 成果のバロメーターは、社員の方々が自分のところに仕事や人間関係の相談に来てくれるかどうか、だ。人材育成担当者は、会社で働く人々がよりよく働き、よりよい成果を出せるように支援する立場にいる。彼らの仕事上の「困った」を何でも助けられるようになることを育成担当者のミッションとしていこう。

※本記事は、人事専門資料誌「労政時報」の購読者限定サイト『WEB労政時報』にて2012年1月に掲載したものです

中川繁勝中川繁勝 なかがわしげかつ エスジェイド代表、人財育成プロデューサー

システムエンジニア、ネットワーク技術者養成のマーケティングを経て、ITコンサルティング会社の人財開発マネジャーとしてコンサルタントの育成に従事した後、独立。現在は、研修講師としてロジカルシンキングやプレゼンテーション等のコミュニケーション系研修を提供するとともに、人財育成を支援するためのコンサルティングサービスも提供している。NPO法人人材育成マネジメント研究会理事。ワールド・カフェをはじめとした対話の場の普及を促進するダイナミクス・オブ・ダイアログLLPのパートナーとして、各種ワールド・カフェとワールド・カフェ・ウィークの開催を推進。また、場活流チェンジリーダー塾にてメンターとしてリーダーの在り方を養成する活動にも従事する。