2012年08月22日掲載

トップインタビュー 明日を拓く「型」と「知恵」 - 喫茶店が持つ多彩な役割。「場所提供」で地域貢献も――株式会社銀座ルノアール 代表取締役社長 小宮山文男さん(下)

 


 

  
撮影=小林由喜伸

小宮山文男 こみやま ふみお
株式会社銀座ルノアール 代表取締役社長
1949年東京都生まれ。東海大学政治経済学部卒業後、半年ほど米国各地を回る。
大阪で喫茶修業、炉端焼き店の店長を経て、銀座ルノアールに入社。監査役、営業部長を経て、2002年に常務。03年に社長に就任。赤字業績を黒字転換させて再軌道に乗せる。新メニューの開発や新たな店づくりのアイデアも豊富で、「ホスピタリティサービス」の社内徹底に力を注ぐ。

他業界からの参入も目立つカフェや喫茶店だが、長く続く店は少ない。
時代が変わっても不可欠なのは、お客が落ち着いて利用できる“居心地”だ。
高齢化時代の喫茶店の役割も考え、この秋、新たな店をオープンする。

取材構成・文=高井尚之(◆プロフィール

 大学生のアルバイトとして、昔も今も家庭教師と並ぶ人気職種が、飲食店のウエーターやウエートレスだろう。ルノアール各店にも学生アルバイトは働いており、辞めた人を対象に「退職者アンケート」も行っている。
「昔はさまざまな意見がありましたが、現在は『勉強になりました。ありがとうございます』という素直な声が多いですね。いい社会勉強になったのならよかったな、と思います」
 銀座ルノアール社長の小宮山文男さんはこう話す。
 接客業はいろんな意味で「お客に鍛えられる」(筆者も学生時代に痛感した)。その経験が、対人コミュニケーションに役立つはずだ。

店長として、難しさを学んでもらう

 この仕事に興味を持ち、銀座ルノアールへの入社を希望する人も多い。ジャスダック上場企業というのも採用の追い風になり、応募者の両親の支援も得やすいという。
「応募者にはあえて『飲食業は大変だよ。朝は早いし夜は遅いし』と言いますが、それでも志望されます。やはり学生時代に接客経験を持つ人が多いですね」

 約60倍の倍率を突破して入社した銀座ルノアールの新卒者は、まずは全員が店舗配属となる。現場の実態を身体に刻み込ませた上で、次のステップに進ませるわけだ。
「まずは3年で店長を目指すよう教育しています。人の上に立つ難しさや苦労も知っていただきたいからです。他人を教える立場で、自ら率先して多くの課題と直面してこそ、ビジネスパーソンとして鍛えられる。それが本当の人材教育だと考えています」

 サラリーマンでも、店長は“一国一城の主”。店の運営管理から売り上げまで責任を持つ。
 とはいっても若手店長は少ない。年配の常連客も多いゆえ、人生経験が浅いと難しいのだろう。現在、店長の平均年齢は32歳と、一定の社会経験を持つ世代が担っている。
 ちなみに取材にご協力いただいた「喫茶室ルノアール」中野北口店店長の川鍋孝弥さん(エリアマネージャー兼任)は、入社20年めだった。

 もともと飲食業は、伝統的に徒弟制度が残る業種だ。特に喫茶店よりも調理技術が求められる料理店やレストランでは、厨房の調理人が威張っており「調理場神様、ホールは奴隷」という言葉もあったほど。最近は薄まったが、店によっては悪しき慣習も残る。
 こうした窮屈な上下関係を嫌い、ケーキやパン職人の若手が次々に独立して、自分で店を開業したのも、2000年頃からの“カフェブーム”の一翼を担った。同時期に進んだ年功序列の完全崩壊など、社会状況の変化やIT化の進展もあり、一般の企業に近づいている。

 自社の取り組みについて、小宮山さんはこうも話す。
「この間も役員会後の意見交換で、社会問題となっている『いじめが会社の中で起きると、どういう現象となるのか』という話が出た。『それはセクハラやパワハラだろう』という意見で一致し、よりいっそう労務問題を考えようという話になりました」
 一般には、少ない人員で店を運営すれば、1人当たりの負荷が高まり、連続勤務をするなど働く環境が厳しくなり職場は荒れかねない。これもまた従業員のストレスを生み、パワハラにつながりやすい。


●さらなる飛躍を目指し、労務問題、人材育成にも力を注ぐ

 ルノアールでは「週休2日、残業は禁止、有給休暇の完全消化も推進」を掲げる。小宮山さんは3カ月に一度は全115店を回るように心掛け、笑顔がすてきな店舗スタッフには、会社として「ハッピースマイル賞」も贈るという。

くつろげる空間が「おもてなし」

 前回も紹介したが、喫茶室ルノアールを象徴するサービスが「注文したドリンクがなくなる頃に出てくるお茶」だ。昔から利用者の間では「30分たつと出てくる」とか、「お茶が出されると『帰れ』という合図」といった“都市伝説”があった。
 小宮山さんは笑いながら話す。「何分たったら出すという決まりはなく、お客さまの状況を見て出しています。もちろん帰っていただきたい合図ではありません。『どうぞ、ゆっくりおくつろぎください』という気持ちを込めているのです」
 常連客はよく知っており、中には何杯ものお茶を飲んで、何時間も過ごす人もいるとか。


●「おくつろぎください」という気持ちが込められたお茶

 都心の低価格セルフカフェでは効率性を重視して、お客の平均滞在時間が十数分という店もある。固い椅子の採用で回転率を上げようともする。
 ルノアールはこうした戦略とは逆で、座り心地のよい椅子を用意し、滞在時間の長さも気にしない。店内には新聞も置き、居心地を提供することでリピーターや常連客を多く獲得している。

 昔から中高年男性に支持された店ゆえ、伝統的に喫煙客も多い。店ではタバコも販売しており、これは「手持ち分が切れた時にお客さまご自身で買いに行かれるよりも、すぐに提供できるサービスの一環」だという。
「最盛期はタバコ関連の売り上げだけで年間1億円を超えていました。現在は半分以下に減りましたが、それでも喫煙されるお客さまには喜ばれています」
 時代とともに男女の気質の変化も感じている。
「男性喫煙客の多くは、ドリンクを飲んでからタバコを取り出します。逆に女性は、席についてすぐタバコに火をつける方も目立ちますね」

 喫煙率の低下により、喫煙席と禁煙席の比率も見直す。喫茶室ルノアール中野北口店は6月4日に改装して、全114席の構成比を「喫煙席60席、禁煙席54席」に改めた。
 男性の喫煙率が全体の約3分の1、男女合計では4分の1にまで下がったご時勢の中、それでも基本は、喫煙席と禁煙席が半々。肩身が狭い喫煙客にはありがたい店だ。小宮山さんは「店で一服したい方とタバコが苦手な方、それぞれの居心地を大切にしたい」と話す。


●ドアは完全に間仕切りして排気環境も整え、お客の快適性を追求する

「マイ・スペース」の団体客利用

 喫茶店という業種が、これまでの歴史の中で担った役割の一つに“場所提供”がある。
 例えば、戦後の一時期に人気を呼んだ「歌声喫茶」は、ロシア民謡や唱歌などを音頭や指揮に合わせて合唱した店だった。「ジャズ喫茶」は、ジャズ演奏を聴きながら飲食をした。中央フロアでゴーゴーが踊れる「ゴーゴー喫茶」や「ロカビリー喫茶」では、当時の若者が音楽に合わせてダンスやノリを楽しんだ。
 現在のカラオケやクラブの前身ともいえるが、当時はその役割を喫茶店が担ったのだ。

 こうした場所提供を“温故知新”すれば、新たなビジネスチャンスも生まれる。
 例えば喫茶室ルノアールやカフェ・ミヤマに併設される個室として、貸会議室「マイ・スペース」がある。もともと企業の会議室不足の受け皿として始めた事業だ。
 部屋の広さにより利用できる人数は異なるが、最低2時間からの利用。室料も店舗の立地や広さによって違い、1時間当たり1100~2100円。ワンドリンクを注文するのが基本で、5時間ごとに最低1回は追加注文するルールとなっている。


●会議から個人のサークル活動まで、気軽に利用できる「マイ・スペース」

 中野北口店に併設する「マイ・スペース」の室料は1時間当たり1100円。利用可能人数は5~10人だ。
 例えば出席者8人の会議で2時間使い、全員がアイスコーヒーを注文したと仮定して利用料金を計算してみると、6680円(=1100円×2時間+560円×8人)となる。
 都心のホテルやレンタル会議室の利用に比べて格安なので、出版業界ではインタビューで使う場合もある。ちなみに2日前までに注文すれば、仕出し弁当の取り寄せも可能だ。

 小宮山さんはこう説明する。
「都心の店では会議で使われるケースが多いですが、俳句や短歌などサークル活動で使われるケースも目立ちます。会合でのご利用は大歓迎ですが、基本は『貸会議室』なので、物品の販売などはお断りしています。みなさんご理解の上で利用されるようになりました」

“ノマド族”が好む、落ち着き

 ネット環境が進展すればするほど、モバイル機器を持参して職場の外で作業することが増えた。今や出張中のホテルの部屋だけでなく、移動時の新幹線車中も仕事場の一つだ。
 ノートパソコンやスマートフォンなど、モバイル片手に喫茶店やファストフード店で仕事をする人を“ノマド族(ノマドワーカー)”と呼ぶ。ノマドとは遊牧民の意味だ。
 ルノアールでも、こうしたお客の利用が増えている。

「最近は女性ビジネスパーソンの利用も多いですね。基本的には無線LAN接続と電源を提供すればいいので、『喫茶室ルノアール』『Cafeルノアール』『カフェ・ミヤマ』『ニューヨーカーズ・カフェ』、そして『マイ・スペース』と全業態で利用できる環境を整えています。一部の店舗にはコピー機も設置しています」

 カフェ・ミヤマでは、一人客が落ち着ける座席レイアウトにもしている。ファストフード店でもモバイル環境は整うが、座席の快適性は劣る。
 ちなみにマクドナルドなどファストフード店が、コーヒーの味やモーニングサービスに力を入れるのは“カフェ・喫茶店の客を取り込む戦略”だ。逆にファストフードができないサービスを提供することで、喫茶店も応戦する。商品とサービスの価値と価格に満足したお客が、どちらを選ぶかで優劣は決まる。


●「カフェ・ミヤマ」では、一人客が落ち着ける座席レイアウトを採用

「小宮山社長の情熱はすごく、気がついたらどんどん変革していく」(ある社員)
 その基本となる考えは「人生の結果=考え方×熱意×能力」だ。これは稲盛和夫氏(京セラ創業者、日本航空取締役名誉会長)から学んだもの。
「稲盛さんの著書である『生き方』という本の一節にあったものです。能力があっても努力しなければダメ、能力や熱意があっても間違った考え方だったら成功できないという言葉が非常に印象に残っており、日々実践しようと心掛けています」

地域の「コミュニティー」となりたい

 数年前、大手企業のシンクタンク所長に話を聞いた際、こんな内容を語っていた。
「少子高齢・人口減少の時代といわれるが、もっと切実な数字があります。2007年から日本の世帯構成は、夫婦と子どもの標準世帯の数を超えて『1人暮らしが最多世帯』となっていることです。このうち東京都が約4割ですが、全国47都道府県で1人暮らし世帯の構成比は上昇中。時代を反映して若者ではなく、特に女性高齢者の1人暮らしが多い。近い将来、これが消費生活の部分で影響を及ぼすでしょう」
 現在、1人暮らし世帯は、総世帯数の3割を超えている。日中にセルフカフェや低価格のラーメン店に行くと、1人で来店する高齢者もよく見かける。

 そうなると期待されるのが「高齢者が利用しやすいカフェ」だろう(ただし、シルバーやシニアといったキーワードを打ち出した瞬間に、お年寄りは行かなくなる)。
 小宮山さんは、こんな将来像を明かす。
「高齢者夫婦のどちらかが先に亡くなり1人になると、会話をしなくなります。私も双方の両親の介護経験がありますが、活動的な女性よりも男性高齢者のほうが心配です。そこで地域で孤立させない、コミュニティースペースとしての喫茶店の役割を考えています」

 その第1弾として本年秋のオープンを目指して、埼玉県朝霞市で郊外型喫茶店の準備を進めている。敷地面積は約400坪。駐車場も備えた大型店だ。都心型の便利な立地で展開してきた銀座ルノアールの新業態だが、目的は地域との共生にもある。
 同社の経営理念には「1杯のコーヒーを通じて、お客さまにくつろぎとやすらぎを感じていただける、ホスピタリティサービスを提供することで社会貢献する」を掲げている。今回の新店は、これを具体化させようとするものだ。

「高齢者のお客さまに『今日はいい天気ですね』といったひと言をかけながら、水やドリンクを持っていく。そのうちに、なじみとなり、高齢客同士の談笑ができれば理想ですね。そうすれば喫茶店が場所の提供だけでなく、情報の交換場所にもなります。
 もちろん当社の従業員がコミュニティーの大切さを理解した上で、お客さまと対話できる能力も求められますから、よりいっそうの人材教育に力を入れていきます」
 これが実現し、多くの店が展開されるようになった時には、都会のオアシスが深化した“地域のコミュニティースペース”となるのだろう。


●今秋、“高齢者が利用しやすいカフェ”をオープン予定、地域の「コミュニティー」を目指す

 

■Company Profile
株式会社銀座ルノアール
・創業/1955(昭和30)年  ・設立/1964(昭和39)年
・代表取締役社長 小宮山 文男
・本社/東京都中野区中央4-60-3
 (TEL) 03-5342-0881(代)
・事業内容/カフェ・喫茶など飲食店の経営、煙草及び喫煙具の販売
・代表商品/『喫茶室ルノアール』『Cafe ルノアール』『カフェ・ミヤマ』
・従業員数/1434人(2012年7月20日現在)
・企業サイト http://www.ginza-renoir.co.jp/

◆高井尚之(たかい・なおゆき)
ジャーナリスト。1962年生まれ。日本実業出版社、花王・情報作成部を経て2004年から現職。「企業と生活者との交流」「ビジネス現場とヒト」をテーマに、企画、取材・執筆、コンサルティングを行う。著書に『なぜ「高くても売れる」のか』(文藝春秋)、『日本カフェ興亡記』(日本経済新聞出版社)、『花王「百年・愚直」のものづくり』(日経ビジネス人文庫)、『花王の「日々工夫する」仕事術』(日本実業出版社)、近著に『「解」は己の中にあり 「ブラザー小池利和」の経営哲学60』(講談社)がある。