中川繁勝 なかがわしげかつ エスジェイド代表、人財育成プロデューサー
「チームワークってどういうことなのかが分かりました」
「仲間を支え、支えられるということが実感できた」
「○○さんのあの一言がうれしかった」
「自分はいままで心から人を信頼してなかった」
「自分自身を見つけることができました。大いに反省。でもうれしいです」
笑顔と歓声のなかでイキイキと動いている参加者を見ることができるのは、人材育成担当者としてもこの上ない喜びだろう。さらにアンケートに学びや気づきの言葉が並んでいたらなおさらだ。
今回はそんな結果がもたらされる体験型の研修をご紹介しよう。
●担当者の目にも新鮮な、スポーツをモチーフにした研修
人材育成のご担当者の皆さんは、これまでの研修を改善しながら確実に実施していく一方で、違うやり方や研修はないものか――と、いつも新しい学びの機会を探している。研修参加者に前向きに取り組んでもらい、かつ大いに学んでもらえる研修はないものだろうか、と。私は仕事柄、いつもそんな人材育成担当者の視点で研修や講師をウォッチしているが、2年ほど前に興味深い研修を見つけた。タグラグビーを使った研修だ。
ラグビーと聞くと、がっちりした体つきの男達が頭からぶつかり合ったりタックルしたり、泥だらけになってコートを暴れ回る乱暴なイメージが浮かぶ。ボールはなぜか楕円形で、投げたり蹴ったりするわりには、ゴールはボールを地面にタッチするという地味さ。ルールもなじみがない。
タグラグビーとは、読んで分かるようにラグビーの一種ではあるが、イメージしているような荒々しい競技ではない。老若男女で楽しめる簡易版ラグビーだ。参加者は腰に巻いたベルクロ(マジックテープ)製のベルトに、長さ30cmほどの帯状の「タグ」をつけてプレーする。このタグを取ることがタックル代わりになるのだ。タグが一定回数以上取られた場合、そのチームから攻撃権が相手チームに移動する。タグを取ったり取られたりしながら、ボールを持って走り、パスをしてゴールを目指す。ゴールラインの向こうにボールをタッチすれば得点になるのはラグビーと同じだ。
タックルという危険性を排除したことにより、だれでも楽しめる競技になり、現在は小学生を対象とした大会も多く開かれているようだ。
さまざまなことを、プレーを通して体験しながら学べるというのが、タグラグビーをモチーフにした研修の魅力だろう。ファシリテーター次第では非常に深い学びや気づきを促すことができる。
●友達作りからチームワーク、リーダーシップまで
スマイルワークス株式会社(http://www.smileworks.co.jp/)では「ビジネスに効くラグビー体感型チームワーク研修」として多くの企業・団体向けにタグラグビーを使った研修を提供している。同社では単にビジネスパーソンにこの競技をプレーしてもらうだけではなく、(1)その前後に講義やワークを加え、研修の意図を伝えるとともに、(2)タグラグビーとつなげるためのレクチャーを事前に行い、また(3)参加者間で感想を共有することで学びにつなげる時間を取るなどして、参加者に多くの気付きを得てもらえるようなさまざまな仕掛けを用意している。
パターン1:新人研修で活用
例えば、このタグラグビー研修を新人研修で活用する企業がある。タグラグビーを通して仕事の意義、大事なこと、そして仲間と一つになって目標に向かって進むことを体感してもらっているようだ。研修実施後に生まれることの多い、仲間同士の絆(きずな)も魅力だ。
おもしろいことに、ラグビーは後ろにしかパスができないという悩ましいルールがある。ところがこれが仕事に通ずるのだ。ボールを自分たちの仕事やお客様からの注文に見立ててみよう。
担当者がボールを持って前に走る。仕事を受注してプロジェクトを前に進めていると考えられる。目の前に敵が立ちふさがりどうにもならなくなる。あるいは、タグを取られてパスせざるを得ない状況に追い込まれる。――これは、プロジェクトに困難が立ちふさがり、自分の力ではどうにもならなくなった状況に似ている。
ボール(仕事)を自分より後ろにいる仲間に投げる。いや、仕事の場合は投げてはいけない。パスするのだ。追い込まれてしまって「エイヤ!」と闇雲(やみくも)に後ろに投げても仲間がいるとは限らない。相手がいることを確認し、声をかけ、コネクションが成立してから相手が取りやすいボールを出す。――これは、いわば仕事の引き継ぎと同じだ。職場におけるコミュニケーションでも、適当に投げられては受け取るほうはかなわない。受け取る側の身になってパスを出してくれれば取りやすいし、戦略的にいい位置にパスを出してもらえるかもしれない。
ボール(仕事)を受け取った人は、とにかくゴールへ向かって前へ走る。仲間からつなげてもらった仕事だ。「いい仕事をする」とはタグラグビーでは「前へ多く進むこと」でもある。ゴールへ近づくことがチームへの貢献にもなる。パスを受け取ったのに前進せず、その場でだれか次の人にパスしようなどと考えてはNG。なぜなら後ろにしかパスができないので、その場でパスしてしまうと仕事がどんどん後戻りしてしまうことになるのだ。――これは、開発業務等での手戻りの痛さを実感する疑似体験となる。あるいは、だれかの貢献をフイにしてしまうことを体験できる。こういうことを通じて、何が仕事をするうえで大事なのかを実感してもらう機会となり得る。
パターン2:リーダーシップ研修として活用
また、タグラグビーをリーダーシップ研修として活用する企業がある。この場合、まずはキャプテンを決めて作戦を練る。リーダーたるキャプテンがチームに指示する。それに基づいてメンバーが動く。しかし、うまくいかない。改善案や作戦をリーダーが指示する。だが、うまくいかない。――そんなことを経験しながら一人ひとりが気づいていくのだ、お互いの関係性やリーダーシップ、フォロワーシップの意味と大切さを。どうしたらメンバーが動いてくれるのか。どうしたらよりよいチームになるのかを。
プレー後の振り返りの場では、通常ならば講義で話されるような内容が参加者自身の口から出てくることも多いという。時には、自分の過去の失敗談を引き合いに出し、なぜあれがうまくいかなかったのかを共有したり、失敗に至るまでのプロセスの“謎解き”が始まることもある。もちろん、ファシリテーターによる講義を入れることで、より理解は深まっていく。
パターン3:個人開業の歯科医とスタッフの研修に活用
スマイルワークス社の事例ではないが、個人開業の歯科医とそのスタッフを対象としてタグラグビー研修を実施した例がある。歯医者さんは一人で診察・治療をしているのではなく、さまざまなスタッフと連携して進めていく必要があるのだそうだ。まさに職場のチームワークが重要であり、チームワークの良さは患者さんの満足度にもつながるという。
元ラガーマンという、歯科医向けのコンサルタントがタグラグビーを使った研修を実施したところ、普段あまり話をしたり自分を表に出さないスタッフがチームで重要な役割を演じたこともあり、歯科医も交えてお互いに助け合ったり連携したりすることの大切さを実感できたという。研修後のアンケートには、どれも枠一杯に感想や気づき、そして感謝の想(おも)いが書かれており、中には紙面が足りず裏にまで書いている人もいたのだとか。それだけ参加者が効果を実感できたのだろう。筆者もアンケートの一部を見せてもらったが「すごい」の一言だった。当のコンサルタント曰(いわ)く、「講義形式でやっていたらここまで行かなかった」とのこと。タグラグビーの研修は、人の心に直結し、チームワークへの気づきを深く落とし込む力があるらしい。
●なぜ体験型研修なのか
講義形式の研修であれば、頭ではなんとなく理解したような気になってしまう。ところがタグラグビーを通して体と心で感じてしまったことは、自らの中からわき上がってきたものであり、講義で聞く話とは腹落ち感がまるで違うのだ。子供のころを思い出してもらいたい。思い出されるのは授業で習った内容よりも、夏休みの思い出だったり、運動会のリレーで優勝したことだったり、修学旅行の楽しい夜ではないだろうか。どうも私たちの脳は、感情や感覚を伴った記憶は強く残るらしいのだ。
タグラグビーはゲームだ。身体を動かすゲームだ。身体を動かしながら感じた仲間との楽しい試合のひととき、失敗、笑い、意見の衝突。すべてが感情を伴っている。理屈だけではない。だから記憶にも残るし、忘れ得ぬ経験となる。
もう一つ、体験型研修ならではの重要なポイントがある。それは、タグラグビーのように瞬発力を求められるスポーツの中では「嘘(うそ)をつけない」ということだ。講義型の研修や教室内でのコミュニケーションワークならば、多少自分を装うこともできるし、実際にはできていないことも頭で分かっていればそれらしく話もできる。ところが、ゲームはキックオフの瞬間から動き続ける。そのとき自分がどのポジションにいるか、どんな声を掛けているのか、相手のプレーや仲間のプレーに対してどんなことを思うのか。――それは頭で理解して行っている行動ではない。自分の無意識の行動の現れなのだ。無意識にやってしまっていることは、きっと職場でもやってしまっているだろう。そこを学ぶのだ。プレーを写真やビデオに撮って振り返ってみれば、嫌でも自分の姿を客観的に観察することになり、普段は気づかない自分自身を見ることになる。これは本人にとってはいささか痛い経験となるが、だからこそ気付きも大きい。チームごとにプレーを振り返るだけでも十分に気づき合える場ができる。実際に筆者は何度もタグラグビーに参加し、似たような経験をしている。何度やっても学びになる。ぜひ人材育成担当の皆さんにも体験していただきたい。その良さを身体で感じていただけるはずだ。
●タグラグビーが「あり」ならば
体験型ということであれば、何もタグラグビーにこだわることもない。工夫次第で他のスポーツでもできるかもしれない。
同じようにチームワークやリーダーシップを養うための体験型研修はいくつかある。いずれも端から見ていると遊びのように見えてしまい、そこで敬遠してしまう人材育成担当者もいるようだが、それはなんとももったいない話だ。体験型研修を体験しないで何が分かるのか、と筆者は考える。
いつもの味気ない研修室では職場の感覚から抜けきれず、凝り固まった考え方しかできないかも知れない。タグラグビーをはじめとした体験型研修のように、研修室を飛び出し、仕事とは違う環境の中でリラックスして自分自身をさらけ出すことで、本当の自分に出逢(であ)い、気付きが生まれる。仲間との絆も生まれる。自分を知るということは他者との関係を良くすることにつながるのだ。
研修参加者の多くは、現場で仕事をしている時が一番学ぶ事があるという。まさに体験しているからだ。研修の在り方も、研修室の中で講義する「学校スタイル」で進めるだけでなく、部屋を飛び出し、まったく違うアプローチで参加者に気づいてもらうことを考えたい。学びは講義中に起きているんじゃない。体験の中で起きているのだから。
※本記事は、人事専門資料誌「労政時報」の購読者限定サイト『WEB労政時報』にて2011年8月に掲載したものです
中川繁勝 なかがわしげかつ エスジェイド代表、人財育成プロデューサー
システムエンジニア、ネットワーク技術者養成のマーケティングを経て、ITコンサルティング会社の人財開発マネジャーとしてコンサルタントの育成に従事した後、独立。現在は、研修講師としてロジカルシンキングやプレゼンテーション等のコミュニケーション系研修を提供するとともに、人財育成を支援するためのコンサルティングサービスも提供している。NPO法人人材育成マネジメント研究会理事。ワールド・カフェをはじめとした対話の場の普及を促進するダイナミクス・オブ・ダイアログLLPのパートナーとして、各種ワールド・カフェとワールド・カフェ・ウィークの開催を推進。また、場活流チェンジリーダー塾にてメンターとしてリーダーのあり方を養成する活動にも従事する。