2012年10月23日掲載

人事担当者のための法律読みこなし術 - 第6回 原始附則と一部改正附則

 


吉田利宏  よしだとしひろ 元衆議院法制局参事


■友美さんのささやかな楽しみ

それはささやなか楽しみであった。友美は、毎週末、決まって、そのドーナツ店に立ち寄った。アルコールをたしなまない彼女にとって、ドーナツは1週間分の仕事のご褒美だったのである。
楽しみはドーナツを食べることだけではない。立ち寄る度に、スタンプが増えるポイントカードもまた彼女に希望を与えていた。店のマスコットをかたどったスタンプが30個そろえば、白いマグカップがもらえる。そのマグカップは、いかにも自分の持ち物としてふさわしいと友美は思った。

 もし、そんな紙のポイントカードが廃止されてしまったらどうでしょう。友美さんならずとも、ガッカリする人は多いはずです。なるほど、スタンプなんて、今時流行りません。ただ、それにしてもです。いままでカードを大切にしてくれたお客様への配慮は欠かせません。お店が新たに磁気のポイントカードに切り替えるというのであれば、スタンプを何らかの形で新しいポイントに換算する措置が必要でしょうし、もう、景品の交換を終了するのであれば、かなり前から新制度導入の時期をお客様に知らせておくべきということになります。

■附則の規定事項と「お作法」

 法令の場合、こうしたことを規定するのが附則です。この附則の規定順序には「お作法」ともいうべきものがあり、次のような事項を、次のような順で規定するのが普通です。

 ①施行期日
 ②その法令の施行に伴い他の法令を廃止する必要があればその規定
 ③経過措置
 ④他法令の改正が必要ならその規定


 友美さんの通うドーナツ店では後日、「新ポイントカード誕生」のポスターが貼られていました。やはり、新しい磁気のポイントカードの導入が決まったようです。そして、そのポスターには次のような注意書きがありました。

 ①新ポイントカードは2012年4月1日からスタートします。
 ②これに伴い旧ポイントカードは同日をもって廃止いたします。
 ③ただし、旧ポイントカードによる景品の交換は2012年10月1日まで可能です(在庫品切れの際はご容赦ください)。同日までに交換されなかったポイントは新ポイントカードにそのまま移行することができます。


 その後、友美さんのドーナツ店通いに拍車がかかったのはいうまでもありません。

■労働契約法の原始附則

 ちなみに、労働契約法の施行時(平成20年3月1日)の附則(原始附則)を示すと以下のようになります。

 1条  施行期日
 2条  労働基準法の一部改正
 3条  地方公務員法の一部改正
 4条  地方公営企業法及び地方独立行政法人法の一部改正
 5条  公益通報者保護法の一部改正
 6条  日本年金機構法の一部改正


 しかし、六法では、附則1条しか掲載されていないか、附則2条以下は「省略」とされているはずです。附則2条以下は、いわゆる「他法改正」です。一般に、「○○の一部を改正する法律」は、その法律の施行とともに改正内容は○○法に溶け込みます[参考1]。したがって、わざわざ掲載する必要はないと判断したのでしょう。

■一部改正附則

 さて、附則は新しく法令が施行されたときに置かれるばかりではありません。いわゆる改正法令にも置かれます。こうした附則を原始附則と区別する意味で「一部改正附則」といいます。ある一部改正附則を特定するときには「平成23年改正法附則」などと表現します。
 一部改正附則も先ほど示した「お作法」どおりに規定されています。原始附則同様、その内容はさまざまですが、少なくとも施行期日の定めはあるのですから、改正の都度、一部改正附則が増えていくことになります[参考2]。

 以前、職場の後輩は「一部改正附則って金魚のフンみたいですね」とのたまわっておりました。しかし、これは歴史と伝統ある労政時報の原稿。「一部改正附則は法令改正の年輪である」と、格調高く締めておきましょう。

 参考1 一部改正の内容が施行とともに溶け込む例

 労働基準法の一部を改正する法律

 労働基準法(昭和22年法律第49号)の一部を次のように改正する。

(前略)

 第36条第2項中「労働時間の延長の限度」の下に「、当該労働時間の延長に係る割増賃金の率」を加える。

 第37条第1項に次のただし書を加える。
  ただし、当該延長して労働させた時間が1箇月について60時間を超えた場合においては、その超えた時間の労働については、通常の労働時間の賃金の計算額の五割以上の率で計算した割増賃金を支払わなければならない。

(中略)

   附 則
 (施行期日)
第1条 この法律は、平成22年4月1日から施行する。

■施行後の労働基準法の条文(赤字が改正内容が溶け込んだ箇所)

(時間外及び休日の労働)
第36条 使用者は、当該事業場に、労働者の過半数で組織する労働組合がある場合においてはその労働組合、労働者の過半数で組織する労働組合がない場合においては労働者の過半数を代表する者との書面による協定をし、これを行政官庁に届け出た場合においては、第32条から第32条の5まで若しくは第40条の労働時間(以下この条において「労働時間」という。)又は前条の休日(以下この項において「休日」という。)に関する規定にかかわらず、その協定で定めるところによつて労働時間を延長し、又は休日に労働させることができる。ただし、坑内労働その他厚生労働省令で定める健康上特に有害な業務の労働時間の延長は、1日について2時間を超えてはならない。
○2 厚生労働大臣は、労働時間の延長を適正なものとするため、前項の協定で定める労働時間の延長の限度、当該労働時間の延長に係る割増賃金の率その他の必要な事項について、労働者の福祉、時間外労働の動向その他の事情を考慮して基準を定めることができる。
(以下、略)

(時間外、休日及び深夜の割増賃金)
第37条 使用者が、第33条又は前条第1項の規定により労働時間を延長し、又は休日に労働させた場合においては、その時間又はその日の労働については、通常の労働時間又は労働日の賃金の計算額の2割5分以上5割以下の範囲内でそれぞれ政令で定める率以上の率で計算した割増賃金を支払わなければならない。ただし、当該延長して労働させた時間が1箇月について60時間を超えた場合においては、その超えた時間の労働については、通常の労働時間の賃金の計算額の五割以上の率で計算した割増賃金を支払わなければならない。
(以下、略)



参考2 労働基準法の一部改正附則の例

附則 抄
附則 (昭和22年8月31日法律第97号) 抄
附則 (昭和24年5月16日法律第70号) 抄
附則 (昭和24年5月31日法律第166号)
附則 (昭和25年12月20日法律第290号)
附則 (昭和27年7月31日法律第287号) 抄
附則 (昭和29年6月10日法律第171号)
附則 (昭和31年6月4日法律第126号) 抄
附則 (昭和33年5月2日法律第133号) 抄
附則 (昭和34年4月15日法律第137号) 抄
附則 (昭和37年9月15日法律第161号) 抄
附則 (昭和40年6月11日法律第130号) 抄
附則 (昭和42年8月1日法律第108号) 抄
附則 (昭和43年6月15日法律第99号) 抄
附則 (昭和44年7月18日法律第64号) 抄
附則 (昭和47年6月8日法律第57号) 抄
附則 (昭和51年5月27日法律第34号) 抄
附則 (昭和58年12月2日法律第78号)
附則 (昭和59年12月25日法律第87号) 抄
附則 (昭和60年6月1日法律第45号) 抄
附則 (昭和60年6月8日法律第56号) 抄
附則 (昭和60年7月5日法律第89号) 抄
附則 (昭和62年9月26日法律第99号) 抄
附則 (平成3年5月15日法律第76号) 抄
附則 (平成4年7月2日法律第90号) 抄
附則 (平成5年7月1日法律第79号) 抄
附則 (平成7年6月9日法律第107号) 抄
附則 (平成9年6月18日法律第92号) 抄
附則 (平成10年9月30日法律第112号) 抄
附則 (平成11年7月16日法律第87号) 抄
附則 (平成11年7月16日法律第102号) 抄
附則 (平成11年7月16日法律第104号) 抄
附則 (平成11年12月8日法律第151号) 抄
附則 (平成11年12月22日法律第160号) 抄
附則 (平成13年4月25日法律第35号) 抄
附則 (平成13年7月11日法律第112号) 抄
附則 (平成13年11月16日法律第118号) 抄
附則 (平成14年7月31日法律第98号) 抄
附則 (平成14年7月31日法律第100号)
附則 (平成14年8月2日法律第102号) 抄
附則 (平成15年7月4日法律第104号) 抄
附則 (平成16年6月2日法律第76号) 抄
附則 (平成16年12月1日法律第147号) 抄
附則 (平成17年10月21日法律第102号) 抄
附則 (平成18年6月21日法律第82号) 抄
附則 (平成19年12月5日法律第128号) 抄
附則 (平成20年12月12日法律第89号) 抄


※本記事は人事専門資料誌「労政時報」の購読会員サイト『WEB労政時報』で2011年11月にご紹介したものです。

吉田利宏 よしだとしひろ
元衆議院法制局参事
1963年神戸市生まれ。早稲田大学法学部卒業後、衆議院法制局に入局。15年にわたり、法律案や修正案の作成に携わる。法律に関する書籍の執筆・監修、講演活動を展開。
著書に『法律を読む技術・学ぶ技術』(ダイヤモンド社)、『政策立案者のための条例づくり入門』(学陽書房)、『国民投票法論点解説集』(日本評論社)、『ビジネスマンのための法令体質改善ブック』(第一法規)、『判例を学ぶ 新版 判例学習入門』(法学書院、井口 茂著、吉田利宏補訂)、『法令読解心得帖 法律・政省令の基礎知識とあるき方・しらべ方』(日本評論社、共著)など多数。