2012年07月25日掲載

人事担当者のための法律読みこなし術 - 第3回 前文・目次

 


吉田利宏  よしだとしひろ 元衆議院法制局参事


■条文の前に置かれることがある「前文」

 「鷹狩りの帰路に立ち寄られたお殿様が、当家のきなこ餅をたいそうお気に召し、『ひなには稀なる餅じゃ』とのお言葉を賜ったことから、『ひなまれ餅』と名付け、以来、みなさまのご愛顧を賜っております。」
 ごく普通の「きなこ餅」でも、こんな由来書きがあると、味わいも違ってくるというものです。各条文の前に置かれることがある「前文」も法律制定の由来を示すことでは同じです。法律の場合、由来といえば、その法律が求められた背景ということになるでしょう。これに加えて、前文では法律の方向性や理念というべきものが記されます。
 例えば、高齢社会対策基本法では、社会システムを高齢化社会にふさわしいものとする必要性を述べた後、こう結んでいます。

○高齢社会対策基本法(平成7年法律第129号)
 (略)、そのためには、国及び地方公共団体はもとより、企業、地域社会、家庭及び個人が相互に協力しながらそれぞれの役割を積極的に果たしていくことが必要である。
 ここに、高齢社会対策の基本理念を明らかにしてその方向を示し、国を始め社会全体として高齢社会対策を総合的に推進していくため、この法律を制定する。

 ただ、法律の背景や理念などはわざわざ前文を置かなくとも目的規定や基本理念についての規定で足りるものです。ですから、ほとんどの法律で前文はありません。では、前文が置かれる法律はどのようなものか? それは、高齢社会対策基本法の前文にある「社会全体として高齢社会対策を総合的に推進していくため」との文言がヒントになります。一つの行政分野にとどまらないような幅広い施策や措置を行うときこそ、「芯になる考え方」を示す必要があります。それが前文の意義なのです。一般的に基本法と呼ばれる法律に置かれることが多いのもそうした理由によります。近ごろは、基本条例などの制定が多くなったこともあり、条例においても前文が置かれることが多くなりました。

■条文の前に置かれることがある「目次」

 各条文の前に置かれるものといえば、ほかに「目次」があります。前文や目次がある法律では、まず題名があって、次に目次、その次に前文が置かれるという順になります。
 目次の役割は、本のそれと同様です。全体の内容を見渡したり、読みたい部分(条文)を見つけるのに使われます。
 ただ、法令のすべてに目次があるわけではありません。一般的には、条文数が多く、条文をいくつかの「章」に分けている(これを「章立てにする」といいます)ような法令に目次は置かれます。
 ただ、どれくらいの条文数となると章立てにするかというと、ハッキリした基準はありません。「本則の条文が20条前後」というのが一つの境となりますが、条文を章というグループ分けしやすいかどうかでも違ってくるからです。試しに、労働関係法規について調べてみると、次のような結果が出ました。

目次あり・章立てあり   目次なし・章立てなし
労働時間等の設定の改善に関する特別措置法、高齢社会対策基本法 16条  
労働契約法 19条 地方公営企業等の労働関係に関する法律
駐留軍関係離職者等臨時措置法 20条  
賃金の支払の確保等に関する法律 21条  
  22条 中小企業における労働力の確保及び良好な雇用の機会の創出のための雇用管理の改善の促進に関する法律


 目次は、まれには一部改正法令にも付けられることがあります。次の目次は、いわゆる地域主権の改革のための一部改正規定を束ねた法律ですが、関係する省庁ごとに条文を章立てにしていることが分かります。

○地域の自主性及び自立性を高めるための改革の推進を図るための関係法律の整備に関する法律案(平成23年第105号)
   目次
     第一章 内閣関係(第一条-第十三条)
        中略
     第八章 環境省関係(第百六十六条-第百八十九条)
     附則

 そうそう、冒頭の「ひなまれ餅」です。本当に食べたくなってしまっていたら、ごめんなさい。私の作り話なのです。

※本記事は人事専門資料誌「労政時報」の購読会員サイト『WEB労政時報』で2011年10月にご紹介したものです。

吉田利宏 よしだとしひろ
元衆議院法制局参事
1963年神戸市生まれ。早稲田大学法学部卒業後、衆議院法制局に入局。15年にわたり、法律案や修正案の作成に携わる。法律に関する書籍の執筆・監修、講演活動を展開。
著書に『法律を読む技術・学ぶ技術』(ダイヤモンド社)、『政策立案者のための条例づくり入門』(学陽書房)、『国民投票法論点解説集』(日本評論社)、『ビジネスマンのための法令体質改善ブック』(第一法規)、『判例を学ぶ 新版 判例学習入門』(法学書院、井口 茂著、吉田利宏補訂)、『法令読解心得帖 法律・政省令の基礎知識とあるき方・しらべ方』(日本評論社、共著)など多数。