吉田利宏 よしだとしひろ 元衆議院法制局参事
人事担当者が業務を遂行する上で、労働基準法をはじめとする労働関係法律を理解し、解釈し、実務に落とし込むことは必要不可欠なスキルの一つです。しかしながら、体系的に学んだり、人から教えてもらったりといった経験がある人は、極めて少ないのが現実でしょう。
そこで本企画では、人事担当者に法令の仕組みや見方、読みこなしのコツ、解釈のポイントなど法令を読む・理解するスキルを、肩肘を張らずに学んでいただくことを目的としています。しかしながら、単に教科書的な展開では飽きてしまい、テーマ自体が“硬い”ので、できるだけ柔らかく、分かりやすくをコンセプトに、日常生活での例を引用しながらエッセー風に解説していただきます。著者は、衆議院法制局で15年にわたって法律案や修正案の作成に携わった経験を持つ吉田利宏さんです。ぜひご覧ください。
※本記事は、人事専門資料誌「労政時報」の購読者限定サイト『WEB労政時報』で連載中の同記事を第1回から再掲してご紹介するものです。
■題名の基本ルール
今号から、法令の構成から解釈の仕方まで法律にまつわるいろいろな話をしていこうと思います。末永く(!?)お付き合いください。
トメ、トム、ムメオ、ウシ…私が子供のころ、おばあさんの名前といえば、カタカナ書きの「ヘンテコ(失礼!)」なものが多いものでした。今はそんな名前にはめったにお目にかかれないので、こうした名前も昔の「流行り」だったのでしょう。
一部改正法の題名の付け方
流行りといえば、法律の題名にも流行りみたいなものがあります。題名というのは、法律の名前のことです。民法だとか、労働基準法などというのがこの題名に当たりますが、流行りがあるともいえるのは一部改正法の題名です。もちろん、一部改正法についての題名にだって付け方の基本ルールがあります。それは次のようなものです。
②三つ以上の法律を本則で改正する場合には、メインの法律の題名だけを挙げて残りは「等」で表す。
例えば、近年、成立した厚生労働省関係の法律を例にとっても、ちゃんとこのルールは当てはまります。雇用保険法と労働保険の保険料の徴収等に関する法律(労働保険徴収法)を改正する法律には、「雇用保険法及び労働保険の保険料の徴収等に関する法律の一部を改正する法律」(平成23年法律第46号)という題名が付けられていますし、「雇用保険法等の一部を改正する法律」(平成22年法律第15号)は、雇用保険法、労働保険徴収法、特別会計に関する法律の三つの法律の改正部分から成り立っています。
法律の題名にも流行りがある!?
ところが、中には「介護サービスの基盤強化のための介護保険法等の一部を改正する法律」(平成23年法律第72号)といった、変わり種の題名も見受けられます。これは、介護保険法を含め七つの法律を同時に改正する法律ですが、先ほどのルールからいえば、単に「介護保険法等の一部を改正する法律」としてもよさそうなものです。しかし、改正する法律の数が多いことから、改正の趣旨を分かりやすく伝えるため「介護サービスの基盤強化のための」と付け加えられています。
実は、「流行っている」のは、こうした「何のための改正か」という改正趣旨が書き加えられた題名なのです。改正趣旨を題名に加えることは以前からありました。しかし、その割合が増えているように感じるのです。「分かりやすいからいいじゃないか!」との声があることでしょう。しかし、ものによっては、この「分かりやすさ」が要注意なのです。そんなに一言で趣旨を言えるものばかりでないし、そもそも法律の内容で語るべきところを、題名に語らせているところに、一抹の怪しさを感じるのです。
「夏の疲れたお肌のための基礎化粧品セット」。そんな魅力的な名前に魅かれて買ったところが、「夏の疲れたお肌」とは特に関係ない化粧品も入っていたということがあるかもしれません。よく内容を確かめないと「夏の終わりに売ってしまいたい化粧品セット」を買わされることになります。
■法律には法律番号を併せて記す
もう気が付いたかもしれません。「雇用保険法等の一部を改正する法律案」(平成22年法律第15号)のように、法律の題名は最初に引用したときに法律番号を併せて記すのが普通です。「(平成22年法律第15号)」というのは、平成22年の15番目に公布された法律であることを示しています。
こんなふうに、題名に法律番号を添えるのには、法律を特定する意味合いがあります。全国には「鈴木一郎さん」や「田中二郎さん」がたくさんいらっしゃるに違いありません。大病院の待合室で「鈴木一郎さん~」と呼ぶと、複数の人が立ち上がるなんてこともあるかもしれません。そんなとき、「昭和48年10月22日生まれの鈴木一郎さん~」(これは、マリナーズのイチローです)と生年月日と組み合わせれば、まず、間違えることはありません。題名に法律番号を付す意味もこうしたことにあるのです。
一部改正法では「同姓同名」の法律が生じることがある
法律の改正が頻繁に行われるようになり、近ごろは、同じ題名の法律がしばしば現れます。試しに、この10年の間における「雇用保険法等の一部を改正する法律」という題名の法律を調べてみると、(平成22年法律第15号)のほかにも、(平成12年法律第59号)、(平成15年法律第31号)が存在することが分かります。一部改正法については、題名付けのルールからいっても、「同姓同名」の法律が生じるのは仕方がないことです。しかし、区別は法律番号でできるのですから、無理して題名で区別する必要はありません。
「無理な言い訳をしようとするとうそになるわ」。あるドラマでそんなセリフがありましたが、寡黙さゆえの誠実さというものも世の中にはあるのです。
吉田利宏 よしだとしひろ
元衆議院法制局参事
1963年神戸市生まれ。早稲田大学法学部卒業後、衆議院法制局に入局。15年にわたり、法律案や修正案の作成に携わる。法律に関する書籍の執筆・監修、講演活動を展開。
著書に『法律を読む技術・学ぶ技術』(ダイヤモンド社)、『政策立案者のための条例づくり入門』(学陽書房)、『国民投票法論点解説集』(日本評論社)、『ビジネスマンのための法令体質改善ブック』(第一法規)、『判例を学ぶ 新版 判例学習入門』(法学書院、井口 茂著、吉田利宏補訂)、『法令読解心得帖 法律・政省令の基礎知識とあるき方・しらべ方』(日本評論社、共著)など多数。