百瀬 大志 ももせ たいし
株式会社リクルートマネジメントソリューションズ
サービス開発部 研究員
第1回の記事では、研修効果に対する問題意識と、効果向上の発想転換について記述させていただいた。その記事の最後に紹介した、研修効果を向上させるための施策について、弊社ではこれまでWEBを用いたさまざまな研究を行い、サービス向上に活用してきた。今回はそうした試みの事例とその結果について、ご紹介したい。
今回紹介する事例では、弊社の提供するマネジメント研修の受講者(53名)に対し、研修前に1回(自身の属性や職場の現状等についてのアンケート)、研修後に3回(研修直後の計画策定・1カ月後の振り返りアンケート・2カ月後の振り返りアンケート)のワークを、WEB上で実施した。
またワークの間には、施策の進捗を伝えるメールを受講者全員に週1回定期的に送信し、ワークの回答締切の直前には、未回答者に対して記入促進メールを送っている。
■80%を超える受講者が職場で実践
今回の事例で、受講者が研修1カ月後・2カ月後に回答する振り返りアンケートでは、研修直後に策定した自身の行動計画について、どの程度実践できているか、また実践によって自身や周囲への変化は起こっているか、という主旨の設問に回答していただいた。これにより、行動計画(P:Plan)の実践状況(D:Do)を振り返り、そこから見えてきたことを踏まえて、次の実践行動につなげていく(S:See)、という受講者のPDSサイクルを促進するのが狙いである。
それぞれの振り返りアンケートにおける回答内容のうち、実践率(1カ月後:「実践してみたか」/2カ月後:「実践を続けているか」に対してYesと回答した受講者の割合)と変化認知率(「実践による自分自身の変化を感じているか」にYesと回答した受講者の割合)を、[図表1]に示す。
[図表1]研修後1カ月/2カ月後の実践率・変化認知率
研修1カ月後 (振り返り) |
研修2カ月後 (振り返り) |
|
実践率 | 86.8% | 84.9% |
変化認知率 | 84.9% | 81.1% |
ご覧のように、いずれも80%以上と高い数値になっている。研修2カ月後の振り返りが1カ月後と同程度の実践率・変化認知率となっていることからも、受講者の多くが自身の立てた行動計画を実践し、またそれを通じてさまざまな変化を実感しながら、PDSサイクルを回している、ということが言えるのではないだろうか。
■実践による変化と振り返りを通じた成長
さて上記において、振り返りアンケートで「実践している」「変化があった」と答えている受講者が、具体的にはどのようなことを実践し、どのような変化を感じているのかについても、研修効果を向上させるという意味では、知っておきたいところである。
振り返りアンケートでは、実践内容および変化の内容についても、フリー記述という形で具体的に回答していただいている。[図表2]でその回答内容の一部(2名分)を紹介させていただく。
いずれの受講者も、行動計画の実践を通じて、まず1カ月後の振り返りである程度の変化を捉えている。そして、そこからさらに実践を継続し2カ月後に振り返ったときには、より高い意識・視点を持っていることが、回答内容から見て取れる。
こうした意識の変化を起こすきっかけとして、振り返りアンケートの項目構成も重要と考えている。研修効果を測定するためのアンケートであれば、実践/変化の有無をYesかNoかで聞くことに主眼が置かれるが、今回のアンケートでは、振り返ることによって受講者自身が変化を実感し、気付きを得ることで次の一歩につなげることを狙っている。そのため、択一式の設問だけでなく、受講者が自己の実践を振り返り、変化を見いだし、その要因やポイントを整理する――という思考プロセスに沿った設問構成を心掛けた。
つまり、振り返りの機会を提供する本来の目的は、受講者の実践の有無をチェックするだけではなく、これまでの実践を通じて起きた変化を改めて文章化することで、自分にとって実践内容にどのような価値・意味があったのかを整理し、確信することで受講者の成長につなげることにあると考える。そうした形で2カ月間の実践を促進した結果が、上記の事例のように、受講者にとって意識・視点の向上という形で現れたものと見ている。
■メールによるリマインド効果
研修を終えて職場に戻ると、日常業務に埋もれてしまい、研修で得た意欲・意識を忘却してしまう…ということは、これまで幾度となく指摘されてきた。過去の事例においても、ワークへの回答率は平均して60~70%前後に留まっており、実践内容や自身の変化を振り返る場に、いかにしてより多くの受講者を連れてくることができるかが、本施策の大きな課題であった。
そこで、今回の事例では、週1回全員にワークの進行状況などを連絡するメールを送信し、またワーク未回答者には回答促進メールを送信した。受講者のPDSのタイミングに沿って定期的にメール送信を行うことで、実践への取り組み意識を喚起するとともに、PDSサイクルを回すためのペースメイキングも狙ったものである。
その結果として、今回の各ワーク(4回)について、全受講者に対する回答完了者の割合は[図表3]のようになった。
[図表3]各ワークの回答率
研修前 | 研修直後 (計画策定) |
研修1カ月後 (振り返り) |
研修2カ月後 (振り返り) |
98.1% | 92.5% | 92.5% | 86.8% |
いずれも90%以上、あるいはそれに近い高回答率を記録している。今回は対象者がいずれも管理職層ということで、研修後職場に戻ってからは多忙な日々が続いていたと思われるが、その中でもこのようにほとんどの受講者が、ワークへの回答を行っている。
とはいえ、業務上毎日多くのメールをやり取りする受講者にとって、今回のような業務に直接関わらないメールを開き、読み、必要なアクションを起こすというのは、心理的負荷も高い。弊社では過去の研究を通じて、メールの役目を限定し、かつ受講者にとってできるかぎり負荷の少ない形で必要な情報を伝えることで、優先的にアクションを起こしてもらえる形式を追求した。すなわち、メールに掲載するのは
1)スケジュールの確認(施策の進捗状況)
2)受講者自身がいつまでに何をすべきか(ワーク締切日とサイトのURL)
――という情報に絞り込んでいる。特にワーク締切日を目につく形で載せることは、受講者にとって「しっかりやらなければならない」という意識付けになることが、過去の受講者インタビューなどからも明らかになっている。
■受講者の勇気ある一歩を後押し
今回の試みのような高い回答率・実践率および変化認知率は、まず受講者一人ひとりが研修で得たものや、研修で向上した意欲を職場に戻った後も持続し、そして日々の多忙な業務の中であっても、勇気を出して最初の一歩を踏み出した結果である。
そのような受講者の行動・意識に対し、ワーク回答を通じた振り返りの機会や、メール等によるリマインドを提供することで、実践に向けた後押しが可能であることが、今回の試みから改めて明らかになったといえる。次回は、職場実践支援のポイントを整理するとともに、今後に向けた課題について述べていきたいと思う。
※本記事は、人事専門資料誌「労政時報」の購読者限定サイト『WEB労政時報』にて2011年11月に掲載したものです
百瀬 大志 ももせ たいし
株式会社リクルートマネジメントソリューションズ
サービス開発部 研究員
リクルートマネジメントソリューションズにて、eラーニングコンテンツの開発などを経て現職。適性検査やアセスメントセンターなど、企業における人材評価・能力開発サービスの開発に従事。
現在、実践支援プロジェクトにて研修の効果・価値を高めるための施策の研究・開発も担当。
■リクルートマネジメントソリューションズ http://www.recruit-ms.co.jp/