2012年06月20日掲載

要員・人件費最適化への道 - 第4回 人事の中期計画(人事中計)の策定(完)

激闘!ある人事部長の3カ月

 


山本 奈々 やまもと なな 
デロイト トーマツ コンサルティング株式会社 シニアコンサルタント


前回のあらすじ》

 社長からの「人件費10億円削減」の“勅命”への対応に引き続き、営業部門強化に向けた必要人材の育成・確保の方法も検討が終わり、ほっと一息ついたX氏。これで「人事改革チーム」としてのミッションを果たすことができた――と安心していたのだが…。

■計画は、作っただけでは実行されない

 「本当にありがとうございました。あなた方の協力により、無事『人事改革チーム』としてのミッションを果たすことができました」
 第2回中間報告後の最初のミーティングで、X氏は、これまで共に悩み苦しんだTF(タスクフォース)のメンバー、そしてコンサルタントに向けて、感謝の言葉を述べた。
 X氏の脳裏には、2カ月前に社長から、「売上高人件費率0.35ポイント抑制」の目標を告げられた時から今日までの苦悩の日々が、走馬灯のように駆け巡っていた。これから、育成に向けた取り組みを進めていくなど、まだまだやるべきことは山積みではあるが、ひとまずはやり切った…!――そうX氏が感慨に浸っていたその時、コンサルタントの口から、思わぬ発言が飛び出した。

 「まだです。このまま、それぞれの取り組みをバラバラに進めていくだけでは、計画倒れになってしまう可能性があると思われます。これまでの検討の結果を全て『人事中計』に落とし込み、その実現を担保するための仕組みを作り上げることが必要です」

 人事中計…?――聞きなれない言葉に、X氏は首をかしげた。
 「人事の中期計画のことです。中期経営計画を実現し、貴社として目指すべき姿を実現するためには、中長期的な組織人事のあるべき姿を描いた上で、その実現に向けた道筋、例えば、採用計画や育成プランなど、年度ごとのアクションプランに落とし込むことが必須なのです。そして、それらは、“人事部としての取り組みではなく、人事部以外の部門も巻き込んだ、全社としての取り組みである”と、社員全員に認識されなければなりません」
 「また、これらの計画が、計画どおりに実現されているか、それをモニタリングし、チェックできるマネジメントの仕組みを持つことも必要です。例えば、いくら人事部主導で再配置や採用抑制を行ったとしても、人員を削減した部署が、独自に派遣社員を雇うなどしてしまっては、人員削減をした意味がなくなってしまいます。こうした状況の発生を防ぐためにも、何らかのモニタリングの仕組みを導入し、牽制(けんせい)機能を働かせることも必要であると考えられます。これらを全て検討して、初めて『人事改革チーム』としてのミッションを果たすことができたといえるのではないでしょうか」

 人事部としての取り組みではなく、会社全体としての取り組み――コンサルタントの言葉に、X氏は、一気に現実に引き戻される思いがした。
 確かに、これまでの経験を踏まえると、各部門の意見をある意味押さえ込み、人事部としての主張を通すことは、非常に困難であることは目に見えている。しかし、今後は、社内のあらゆる部署を巻き込みながら、さまざまな打ち手を実行し、望む状態を実現していかなければならない。
 しかし、それをどうやって…?――改めて具体的なアクションを迫られ、再び途方に暮れるX氏に対し、コンサルタントは次のようにアドバイスした。

■全社、そして部門の観点からのKPIの設定

 「全社を巻き込んだ動きを作り出すためには、KPI(筆者注:Key Performance Indicator-目標の達成度合いを確認するための先行指標)を設定し、それを全社共通の目標値として掲げる――という方法が有効です」
 コンサルタントの提案はこうだ。
 まず、毎年の売上高・利益目標に対して、施策を実行した場合の要員・人件費の状態を試算し、年度ごとの生産性の目標値を算出する。そして、その目標値を、全社共通の全社人事KPIとして設定する――というのである。
 「全社人事KPIの目標値は、各施策の進捗(しんちょく)状況に応じて設定する必要があります。そして、設定した全社人事KPIの値は、売上や利益と同じく、毎回の経営会議で必ず報告し、施策の進捗状況を常に確認できるような状態を作り出しましょう」
 コンサルタントの助言に基づき、X氏は、まず、今後必要な施策の洗い出しを行い、各施策をいつまでに実施するべきか――というロードマップを作成することにした。
 X氏としては、「地域限定社員制度」(第2回参照)はすぐにでも導入したい、という思いが強かったが、メンバーからは、「社員に対して納得感のある制度を設計し、さらに、反発を招かないよう、制度導入の趣旨や考え方を含めて、きちんと説明を行うことが必要である」という意見も挙がっていた。こうした点を踏まえて、ロードマップの作成に際しては、同制度の導入時期を来期以降に持ち越すことが望ましい――といった、施策実施の「必要性」に加えて、「実現可能性」の観点も意識しながら、慎重に検討を行った。
 そして、完成したロードマップに基づき、各施策の効果発現時期とそのインパクトをシミュレートし、中期経営計画の計画値と照らし合わせることで、年度ごとの全社人事KPIの目標値を設定した。

 コンサルタントは、続けてこう助言する。
 「全社人事KPI以外にも、さまざまな観点からKPIを設定し、マネジメントに活用することが可能です[図表1]。全社人事KPIは、人事部で常にモニタリングする必要がありますが、それを展開することで、施策ごとの進捗状況を確認することもできます。また、部門ごとに展開することで、部門に対する牽制機能として活用することも可能ですよ」



 部門に対する牽制機能としては、ぜひとも活用したいが、人事部から押し付けられた目標値に対して、部門は反発するのではないか――X氏はコンサルタントに問い掛けた。
 「大丈夫です。まずは、次のようなポイントを押さえながら目標値を設定することで、人事KPIの目標値を、全社的な取り組みの一環として、部門に認識してもらえるようにしていきましょう」

【KPI目標値設定のポイント】
全社の中期経営計画の実現に資する項目・目標値とすること
経営企画部や部門を巻き込み、経営計画と事業計画の両方を踏まえた目標値を設定すること
部門だけでは達成し得ない目標値を、人事部がサポートすることで達成可能にする態勢を整えること

 「また、部門も人事部も、一緒になって目標値を検討できるようなプロセスを整備して、部門が自発的に目標達成に向けて取り組むことができるようにしてきましょう。そのためには、次のようなステップで、目標値を検討するとよいでしょう[図表2]

Step1:各部門への、許容人件費・人員数(全社)および全社人事KPI目標値の提示
-中期経営計画を踏まえた許容人件費や人員数、経営として想定している人材マネジメント施策などを部門に提示し、今後の要員・人件費の在り方に関する会社の方向性を共有する
Step2:各部門での、必要人員数・人件費(部門)および部門人事KPIの目標値の検討
-要員・人件費やKPI目標値について、まずは各部門で検討を実施し、そのニーズを明らかにする
Step3:各部門での検討内容の確認・再検討
-あらかじめ定められた許容人件費・人員数と、各部門からのニーズとの整合性を確認し、必要に応じて部門に対して修正依頼を行う(その際、必要に応じて、人事部・経営企画部から、許容人件費・人員数の枠内に収めるための施策を提案する等のサポートを行うことも考えられる)

 ・・・なるほど、これまでは人事部で検討したものを、ただ部門に提示するだけだったが、それを「一緒に検討する」という形にすることで、部門に「自分たちで検討し、設定した目標値」として認識してもらう、ということか――コンサルタントが説明した手順を見て、進捗プロセスのイメージが次第に具体化し始めたX氏であった。
 早速、同氏は、S部門をパイロットとして、コンサルタントの提案したステップで、同部門のKPI目標値の検討を実施した。X氏・同部門の部長とも、初めての試みであるため、なかなかスムーズに進まなかったが、それでも、最終的には、S部門の目標値を、人事部・S部門双方合意の下、策定することができたのである。
 これはいける――X氏は、S部門との検討の際に気づいた幾つかの課題を、自身のTF(人事改革チーム)に持ち帰り、全社展開に向けて、より具体的な検討を進めるのであった。

 さらにX氏は、部門ごとに1人当たり生産性および人件費効率の目標値を定め、それを人員配置基準として、部門長の評価項目の一つとして取り入れることとし、基準を徹底させる仕組みを整備することとした。
 これで、これまでの検討を無駄にすることなく、断固たる意思をもって改革を推し進めることができる――同氏はそう確信し、社長以下経営陣に対する最終報告に臨んだのであった。



 報告を終えたX氏の目に、腕を組み、目をつぶって深く考え込むような社長の姿が飛び込んできた。
 まさか、自分の報告に何か問題があったのだろうか――。
 数秒の沈黙の後、社長が目を開き、X氏の目をまっすぐに見て、こう言った。
 「素晴らしい。これからの我が社の成長のためには、この仕組みが必要であるということがよく分かった。これを徹底し、実現するには、相当の困難が伴うだろう。だが、中計の実現というだけでなく、今後の我が社の発展のためにも、ぜひ実現させてほしい」
 X氏は、今度こそ一つの大きな仕事をやりきった充実感を、そして、これまでよりもさらに大きな使命感を胸に、会議室を後にするのであった。

(完)


※本記事は、人事専門資料誌「労政時報」の購読者限定サイト『WEB労政時報』にて2011年10~11月に掲載したものです