2012年07月12日掲載

育成担当者のための 今月の注目トピック - 第3回 人材育成担当者に求められる「質」とは何かを考える

 


中川繁勝  なかがわしげかつ エスジェイド代表、人財育成プロデューサー


 人材育成のキャリアの浅い担当者は、意外に多い。そういったキャリアの浅い方々は「どういう風にこの仕事をしていけばいいのか」「どういったスキル、役割が求められているのか」と悩み、試行錯誤を繰り返しているのではないだろうか。
 そこで今回は、人材育成担当者のあるべき姿や成長、求められるクオリティ等について、ある外資系製薬会社のベテラン人材育成部長(以下、【育成部長】)と、多くの人材育成担当者とお付き合いのある研修会社の営業の方(以下、【研修会社】)に、ホンネのお話を聞いてみた。

 

●人材育成担当者として成長するためには、まず何をすることが効果的なのでしょうか?

【育成部長】担当者としての仕事には、企画や研修の事務局業務もありますが、まずは自分で講師として立ってみることが重要です。そうすると、いろんなものが見えてくるんです。講師のプレゼンテーションがうまくできていたり、話がうまかったりしても、だから研修が効果を上げるわけではありません。
 受講者の“腹落ち感”は、職種や役職によって違います。その違いの実感をつかんでいれば、講師ではなく担当者として研修を見ていても、どこをどうしたらいいのかがよく分かってくる。教える立場に立てば、講師の気持ちも分かりますし、それが準備にも現れます。例えば、ホワイトボードのマーカーのインクの出具合のチェック、PCをどこに置くのか。立ち位置を踏まえての講師用テーブルの出し方、ものを置く位置などに配慮が出てくるんです。
 そういう意味では、当社の担当者は研修後の懇親会の企画や司会もします。かかわれるすべての過程について、受講者の学びや気づきにつながる機会として捉え、ベストを尽くします。

【研修会社】教える立場に立ったことのない担当者は、レッスンプランやカリキュラムを見ても、ピンと来ないようです。何が行われるのか想像しにくいからでしょう。

どんな仕事においても「相手の立場に立って」というのは重要な要素。人材育成担当者は何かしら教える機会を持つのが良さそうだ。



●人材育成担当者として、最低限押さえておきたい基本スキルとは?

【育成部長】業務でPCを使うことはいまや常識。グラフを作ったり、表のデータのソートをしたりするくらいは普通にできてほしいですね。そういうところで余計な時間を取ってほしくない。本来の業務以前の作業ですから。
 人材育成担当者はそういう基本事項を教える立場でもあったりしますから、基本的なPCリテラシーはクリアしていてほしいですね。
 また、社員のお手本にもなっていただきたい。プレゼンテーションやメールの書き方など、「さすが」と思われるようにしておいてもらいたいです。日夜勉強が必要ですね。

納得である。普段、研修をオブザーブ(研修受講者・講師以外の立場で同席し、運営状況や受講者の反応などを観察すること)することで、多くの知識を得ることができる。それを踏まえて、日常業務で活かすことを率先して行っていただきたい。
受講者に「まず、あなたができてないじゃないか」と指摘されないように。



●人材育成の位置づけをどう考えればよいのでしょうか?

【育成部長】人材育成は企業の重要な戦略の一つです。どういう戦略でこの研修をやっているのかを人材育成担当者自らが理解し、それを研修の場において受講者に説明することが必要です。そうすることで受講の目的意識がハッキリします。当然ですが、「こういった研修メニューがいま旬だからやる」は、なし。企業風土・文化に根ざした研修をやるべきだし、そこをもっと吟味して企画を練るべきです。
 個々の担当者も、“会社の将来の片棒を担いでいる”という意識で、育成責任をしっかりもってほしいですね。社長に成り代わって、というくらいの意識で考えてほしいです。
 また、部署外の社員と「目線が合う」ことは重要です。例えば営業と目線が合うか、開発部門の人たちと目線が合うか、新人と、あるいは部長職の方々とはどうだろうか。人材育成部門の目線が現場のニーズと一致していなければ、効果の望める研修は提供できません。

人材育成担当者は、会社の全部をもれなく見ないといけない。特に人事部の中に人材育成部門があるのであれば、社内のいろいろな部署とかかわってもいけるだろう。
社内のさまざまな事情・状況を知ることは、受講者を知ることでもある。それらは、社内の人材に対するニーズや今後の研修の種を見つけることにもつながる。社内に対する発信力も変わる。「受講者がどんな言葉に引っ掛かってくるか」が分かっていれば、本当に必要なワードを必要な人に届けることができるだろう。



●研修業者に発注するとき、何を決め手にすればいいのでしょうか?

【育成部長】個人的には、(1)営業担当者、(2)講師の順で判断しています。
 営業担当者と話していて、「あ、この人なら」とひらめくことがあります。直感ですが、うちに合うかどうかを感じて決めます。営業担当者が良くなくても、講師に魅力を感じてオファーすることはあります。

無理に売り込んでこない、というのも条件の一つとして上がった。研修プログラムを押し付けてくるように前面に出してくる営業担当者は、数字を求めてはいるが、こちらの会社の社員の成長は求めていなかったりする。顧客志向が感じられなかったり、人材育成にかける思いが伝わらないと、取引相手としても、大事な人材の育成を預ける相手としても不安が残る。



●プログラム自体に大きな差はない場合は、講師のどこを見て判断したらいいのでしょう?

【育成部長】外から来る講師と打ち合わせwoすると、相手は目的や参加者の状況を聞いてきます。事務局側がそれを説明するわけですから、事前にしっかりと把握しておく必要があります。参加者をよく知っておく必要もあります。社内のコンセプト、意識の確立のさせ方、研修に臨んでくる人たちのマインドセットもしっかり押さえておかないと、外部への説明ができません。
 そこの意識のすり合わせが講師とうまくいかない場合は、断ることもあります。研修を提供する立場としての責任と考えれば当たり前の話でしょう。講師が考える研修のゴールと自分たちのゴールが合っていないとね。講師の人気だけでは頼みません。研修のいい/悪いは、事務局側の責任でもあるわけですから。

【研修会社】あえて講師を4人一組で送り込んだことがありました。その際は、お客様のニーズがあまりハッキリしていなかったので、振れ幅の大きな組み合わせとしたのです。「受講者と同じ視点で話せるかどうか」が重視されていたため、相手に合わせた話ができるかどうかが大事でした。

【育成部長】社内講師であれば、自社の現状に見合った適切な用語や言葉を選んで研修をやってくれます。しかし、外部に頼むとそこにハードルがあることを感じますね。使う言葉にズレを感じたりする。
 肌感覚に合うか合わないかという問題もあるでしょうね。いわゆる「熱い講師」がいたとしても、自社に合うかどうかは別です。営業支店と本社でも別。そういうところも気をつけながら講師をアサインしないといけません。

テクニカルな要素ではなくヒューマンな要素で選ばれていることに驚く方もいるのではないだろうか。担当者としては、営業の話を聞いたら、次に講師と直接会って、どんな人なのか、どういう考えをする人なのかを確認したい。研修自体に大差がなければ決め手は「人」なのだ
また、事前に自分自身が自社のこと、参加者の事情、会社のねらいや研修のコンセプト等をしっかり把握しておく必要がある。当然ながら、講師に丸投げはいけない。



●外部の研修会社が、「やる気になる」担当者ってどんな人なのでしょうか?

【研修会社】「あなたに任せますから」と言ってもらえるとやる気になります。それは信頼の現れでもありますから。こちらも赤字では困るけれども、ギリギリやれるところまでやってあげようという気になりますね。
 ほどよい課題や緊張感を与えてくれる人や、うまく研修の企画業務に巻き込んでくれる人もうれしいですね。「今年のテーマは“希望”だよ。希望の次には何が見える?」という問いを投げ掛けられたことがありましたが、お客様が深く考えていることが分かり感心すると共に、巻き込んでくれていることをうれしく思ったものです。
 逆に困るのは、お客様の中でのチームワークが悪いケース。そもそも、人材育成部門のチームワークが悪いってどうかと思います。それから、思いつきでものを言う担当者も勘弁していただきたい。こちらは振り回されちゃうんです。


 いかがだっただろうか。個人的には、人材育成担当者は社内通でもあり、業界通でもある必要があろうと思う。当然、業務を知っていることは大前提だし、これからの時代はITリテラシーも高めておく必要がある。情報や知識は網羅的に知っておきつつ、最後は営業担当者や講師との人間関係で決まることも多い。さらに言えば、人材育成担当者は、人と人との関係性のセンスを高め、コミュニケーション能力を磨く必要があると感じている。
 一方では、経営者と同じ視点で人材戦略を考え、それを実施していく必要もある。会社組織をマクロにもミクロにも把握しながら取り組める「人材育成」という業務は、魅力にあふれてはいないだろうか。2~3年で異動することなく、多くの人に長く務めてもらいたいと筆者は願っている。そしてそのほうが、受講する社員も質の高い人材育成を受けることができるのではないだろうか。

※本記事は、人事専門資料誌「労政時報」の購読者限定サイト『WEB労政時報』にて2011年6月に掲載したものです

中川繁勝中川繁勝 なかがわしげかつ エスジェイド代表、人財育成プロデューサー

システムエンジニア、ネットワーク技術者養成のマーケティングを経て、ITコンサルティング会社の人財開発マネジャーとしてコンサルタントの育成に従事した後、独立。現在は、研修講師としてロジカルシンキングやプレゼンテーション等のコミュニケーション系研修を提供するとともに、人財育成を支援するためのコンサルティングサービスも提供している。NPO法人人材育成マネジメント研究会理事。ワールド・カフェをはじめとした対話の場の普及を促進するダイナミクス・オブ・ダイアログLLPのパートナーとして、各種ワールド・カフェとワールド・カフェ・ウィークの開催を推進。また、場活流チェンジリーダー塾にてメンターとしてリーダーのあり方を養成する活動にも従事する。