2012年05月01日掲載

人事パーソン要チェック! 新刊ホンネ書評 - [2]『ディーセント・ワーク・ガーディアン』―沢村 凛 著

  双葉社 2012年1月


 「人は、生きるために働いている。だから、仕事で死んではいけないんだ」労働基準監督官である三村は、〈普通に働いて、普通に暮らせる〉社会をめざして、日々奮闘している。行政官としてだけでなく、時に特別司法警察職員として、時に職務を越えた〈謎解き〉に挑みつつ――(本書口上より抜粋)。

 主人公が労働基準監督官という珍しい小説です。ある県庁所在地の地方都市の労働基準監督署に勤める主人公が、かつての同級生で、同じ地元の警察署所属の刑事と組んで、企業内で生じた事故や事件の真相を探っていく6話シリーズの連作となっています。

 刑事とタッグを組んでの主人公の活躍であるため、刑事ドラマっぽいノリですが、労働基準監督官の仕事をよく取材しているように思われます。建設現場や工場内の安全衛生管理の問題についてもよく調べられており、そのため一定のリアリティを保っているように思いました。

 零細の建設下請け会社の作業現場で起きた死亡事故の背景にあったものは何か、印刷会社に勤める夫の毎日の帰宅が遅いため長時間残業の疑いがあると訴えてきた妻の真意は――といった具合に、いかにもそこかしこにありそうなモチーフの事件が続きます。

 ややそれぞれの事件に“小粒”感を抱きながらも読み進むと、第5話は、無人化工場内での殺人事件の謎解きであり、さらに第6話は、主人公自身が大きな策略の渦に巻き込まれ、罷免の危機に瀕するという(背後関係の設定が現実的かどうかはともかく)、エンターテインメント性の強いプロットとなっていて、“読み物”としての面白さにも工夫されているように思いました。

 タイトルの「ディーセント・ワーク」とは、国際労働機関(ILO)が21世紀の目標として掲げるもので、作者は作中で主人公に「まっとうな」働き方という日本語訳が一番ぴったりすると言わせていますが、その「まっとうな」働き方、働く者の「まっとうな」権利とは何かを考えさせられるものにもなっています。

 辞職を迫られた主人公が、最後に、自分自身の「まっとうな」権利は、自分自身の努力で保持しなければならない、という自覚に目覚める――という落とし込みはうまいと思われ、爽快感が感じられました。

 ただし、主人公の家庭内のことや妻との関係もあって、寂寥(せきりょう)感も残る結末となっており、労働基準監督官というのも一家庭人なのだなあと、何となく今までより身近に感じられるようになりました(甘いか?)。

 企業小説では、池井戸潤氏の『下町ロケット』(2010年/講談社)が直木賞を受賞しており、労働問題に近いモチーフの小説では、少し前のことになりますが、リストラ請負会社の社員を主人公とした垣根涼介氏の『君たちに明日はない』(2005年/新潮社)が、山本周五郎賞を受賞しています。

 『君たちに明日はない』も短編の連作で、単行本でPart3まで刊行されています。このシリーズも、もう少し書き溜めるとテレビドラマ化されるかも。そうしたら、労働基準監督官を主人公とした初めての連続ドラマになるのだろうなあ。

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※本記事は人事専門資料誌「労政時報」の購読会員サイト『WEB労政時報』で2012年3月にご紹介したものです。  

【本欄 執筆者紹介】
 和田泰明 わだ やすあき

 和田人事企画事務所 人事・賃金コンサルタント、社会保険労務士

1981年 中堅広告代理店に入社(早稲田大学第一文学部卒) 
1987年 同社人事部へ配転
1995年 同社人事部長 
1999年 社会保険労務士試験合格、2000年 行政書士試験合格 
2001年 広告代理店を退職、同社顧問(独立人事コンサルタントに) 
2002年 日本マンパワー認定人事コンサルタント 
2003年 社会保険労務士開業登録(13030300号)「和田人事企画事務所」 
2004年 NPO生涯教育認定キャリア・コンサルタント 
2006年 特定社会保険労務士試験(紛争解決手続代理業務試験)合格 
    
1994-1995年 日経連職務分析センター(現日本経団連人事賃金センター)「年俸制研究部会」委員 
2006年- 中央職業能力開発協会「ビジネス・キャリア検定試験問題[人事・人材開発部門]」策定委員 
2009年 早稲田大学オープン教育センター「企業法務概論」ゲストスピーカー