公開日 2011.06.24 和田東子(HRDジャーナリスト)
心理学(しんりがく)
これまで人材マネジメントは、心理学の多数の成果を基礎理論として発展してきた。ここでは人材マネジメントの基礎知識として、現代心理学の流れを紹介する。
心理学の成立は、ヴィルヘルム・ヴント(Wilhelm M.Wundt)がライプチヒ大学に世界で最初の心理学実験室を設立した1879年だといわれている。
ヴントの功績は、当時哲学と切り離すことのできなかった心理学に、生理学の実験的手法を導入したことである。実験室という整えられた環境下で、被験者が自分の心理を分析し(内観)、人の意識がどのような心的要素によって構成されているのかを明らかにしようと考えた(構成主義)。
ヴントらの構成主義に対して、全体的に働く心の機能に注目したのが機能主義である。今日の教育学に大きな影響を与えたジョン・デューイ(John Dewey)、デューイの弟子でシカゴ学派の中心となったジェームズ・エンジェル(James Angell)などが中心人物であり、エンジェルは習慣、記憶、注意といった一連の意識過程を研究した。
20世紀初頭にはヴントの実験心理学に対する批判から、三つの主要な学派が形成された。「行動主義心理学」「精神分析学」「ゲシュタルト心理学」である。
行動主義の始祖はジョン・ワトソン(John B.Watson)である。ワトソンはデューイ、エンジェルの教え子であり、一定の刺激に対する反応を測定する「行動主義心理学」を提唱した。古典的行動主義としては、「パブロフの犬」で有名な、ロシアの生理学者イワン・パヴロフ(Ivan P. Pavlov/レスポンデント条件づけ)などがいる。
パブロフの研究は「学習」に関する示唆を多くの研究者に与え、1930年代以降「新行動主義」に引き継がれた。特に自発的な反応を研究したバラス・スキナー(Burrhus F.Skinner)の「オペラント条件づけ」、報奨と罰の効果を明らかにした「強化理論」等が有名である。スキナーの研究は臨床心理学における行動療法や、教育学におけるプログラム学習に応用されていった。
人間の無意識の領域に目を向け、人の行動の裏にある心理現象に論理的な説明を試みたのが「精神分析学」である。創始者であるジークムント・フロイト(Sigmund Freud)、カール・ユング(Carl G.Jung)など、広く知られた心理学者が多いのは、それだけ“人”に関するわたしたちの理解を大きく変えた証明でもある。
「ゲシュタルト心理学」は、人間の心理現象を総体としてとらえようとした。ヴォルフガング・ケーラー(Wolfgang Kohler)はチンパンジーの実験を通して、学習は条件づけや模倣だけではなく、ひらめき的思考の飛躍(洞察)によって起こることを示した。ケーラーのいう洞察は、「Ah-Ha!(アーハ)」ともいわれる。
1950年代になると情報科学、コンピュータ科学が発達し、心理学も大きな影響を受けた。1960年代には認知過程の解明を目指す「認知心理学」が成立した。人間の心理を情報処理過程ととらえてモデル化し、コンピュータを使ったシミュレーション実験なども行われるようになった。
認知心理学の流れとは別に1960年代にアメリカで大きな勢力となったのが、「人間性心理学」である。この立場に立つ人々は、個人の自由意志や自発性などを重視し、人間性全体をとらえようとした。人材開発分野で有名なアブラハム・マズロー(Abraham H. Maslow/欲求5段階説)、クライエント中心療法を提唱したカール・ロジャース(Carl R. Rogers)らがその旗手である。
教育学の観点からも注目されるのは「発達心理学」である。人間が生まれたときから行動がどのように変化していくのかを研究するもので、子供の研究に大きな足跡を残したジャン・ピアジェ(Jean Piaget)、情緒的発達の研究を行ったジョン・ボウルビー(John Bowlby)が重要である。
今日、発達心理学、社会心理学、比較心理学、個人差心理学などが、心理学の主要分野として目されているが、認知心理学、生物心理学なども盛んである。心理学は今後も人材マネジメントを含む隣接分野と密接に関係しながら、多様な展開を見せるに違いない。
■参考文献
『マンガ心理学入門』ナイジェル・C・ベンソン 著
『はじめて出会う心理学』 長谷川寿一、東條正城、大島尚、丹野義彦 著